バックキャスティングとは?フォアキャスティングとの違いややり方を紹介

      バックキャスティングとは、最初に目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現するための道筋を未来から現在へとさかのぼって記述するシナリオ作成の手法です。現在を始点として未来を探索するフォアキャスティングと比較して、劇的な変化が求められる課題に対して有効とされています。
      この記事では、バックキャスティングとフォアキャスティングのそれぞれの意味、バックキャスティングの事例とやり方、およびバックキャスティングによる未来予測について詳しく解説していきます。(公開日:2021/11/12 更新日:2024/03/18)

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      1. バックキャスティングとは?

      バックキャスティングとは、最初に目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現する道筋を未来から現在へとさかのぼって記述する、シナリオ作成の手法です。現在を始点として未来を探索するフォアキャスティングと対置されます。
      フォアキャスティング型のシナリオ作成手法を採用すると、現在の延長上に将来を描くことについて有効ですが、現在とは全く異なる未来を描くことは困難です。
      それに対して、バックキャスティング型のシナリオ作成手法は、現在の状況を前提とすることなく、描きたい将来を定義します。そのため、劇的な変化が求められる課題に対して有効とされています。
      バックキャスティングはSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)の課題解決など、長期にわたる行動を要する計画の策定に活用されます。2007年~2009年に発表された『2050日本低炭素社会シナリオ』などはそのひとつの代表といわれます。企業においても、持続可能な経営を考える際には、バックキャスティング型の手法を活用するとよいでしょう。

      2. バックキャスティングとフォアキャスティング

      それでは、バックキャスティングとフォアキャスティングについて詳しく見ていきましょう。

      2-1. 正反対の思考であるバックキャスティングとフォアキャスティング

      バックキャスティングとフォアキャスティングは「正反対」ともいえる思考法です。図はバックキャスティングとフォアキャスティングのそれぞれの意味を示したものです。

      (バックキャスティングとフォアキャスティング)
      (バックキャスティングとフォアキャスティング)

      フォアキャスティング型の手法においては、社会構造をはじめとするさまざまな要因について、現状を前提として出発します。将来の目標は明示せず、「できるところからやる」という立場を取ります。フォアキャスティングは主に現在の技術やビジネスモデル、マネジメントなどの改善時に活用されます。
      だだし、この場合に実現される将来像は現状からの積み上げの結果として描かれたものだけであり、その未来像が望ましいものである保証はありません。そもそも、フォアキャスティングにおいては「望ましい未来像」について検討されません。
      それに対してバックキャスティング型の手法では、最初に望ましい未来像についてイメージを描きます。次に、その未来像を実際に実現するためにはどんな施策が必要かを、未来から逆算して考えていくわけです。
      現状の施策で十分かがまず吟味され、足りない場合はどんな取組みが有効か、またどのような施策を組み合わせれば効果が高まるかなどが検討されます。脱炭素化など広範囲な変革が求められる課題では、社会・経済活動をどのように変化させる必要があるかも議論されます。
      以上のように、「どのような未来が起き得るか」を想定するフォアキャスティングと「実現したい未来はどのように達成されるか」を考えるバックキャスティングは対照的な思考法です。バックキャスティングはフォアキャスティングでは想定できない未来像を描くことが可能となるため、大きな変革、劇的な変化が求められる課題に対して有効とされています。
      ただし、決してフォアキャスティングが古くて劣り、バックキャスティングが新しくて優る、というわけではありません。両者は問題解決のための2つの方法なのであり、それぞれが有効となる課題に対してケースバイケースで適用されます。

      3. 【事例紹介】2050 日本低炭素社会シナリオ

      バックキャスティングの具体的な事例として、「2050日本低炭素社会」シナリオチーム(国立環境研究所・京都大学・立命館大学・みずほ情報総研)により2007年~2009年に発表された『2050日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス70%削減可能性検討』を紹介します。
      この研究は、日本を対象とし、2050年に想定されるサービス需要を満たしながら、主要な温室効果ガスであるCO2を1990年に比べて70%削減する技術的なポテンシャルが存在することを、バックキャスティングの手法を用いて明らかにしています。
      シナリオの検討手順は以下のようになっています。

      1. 日本社会経済の2050年における未来像を描写
      2. 想定した未来像におけるCO2排出量の導出
      3. 未来像を実現するための12の方策の提示

      3-1. 日本社会経済の2050年における未来像を描写

      2050日本低炭素社会シナリオでは、2050年における日本社会経済として、AとBの2つのシナリオが想定されます。

      • シナリオA(活力・成長志向型)
        活発な、回転の速い、技術志向の社会
      • シナリオB(ゆとり、足るを知る型)
        ゆったりでややスローな、自然志向の社会

      シナリオA・Bそれぞれの国土・都市のシナリオ、経済・産業に関するシナリオは次に示すとおりとなっています。

      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』国土・都市のシナリオ)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』国土・都市のシナリオ)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』経済・産業に関する叙述シナリオ)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』経済・産業に関する叙述シナリオ))

      また、シナリオA、シナリオBのそれぞれについて、2050年に想定される産業部門別国内生産額は次のとおりです。

      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』2050年における産業部門別国内生産額)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』2050年における産業部門別国内生産額)

      3-2. 想定した未来像におけるCO2排出量の導出

      次に、想定した未来像であるシナリオAとBのそれぞれについて、CO2排出量が計算されます。そのためにまず、2050年の産業構造下でさまざまな生産を行うための技術を約600の技術リストから選択します。
      主要なものは次の表に示されるとおりです。

      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』主な対策技術のリスト)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』主な対策技術のリスト)

      これらの技術を稼働させるために必要なエネルギー需要量を二次エネルギー(電力、液体、ガス、その他)の形で推計した上で、それらのエネルギー需要を満足する供給側エネルギーの組み合わせを選択したものが次の図です。

      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』70%削減を可能にする需要削減・供給側エネルギー構成例)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『2050 日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス 70%削減可能性検討』70%削減を可能にする需要削減・供給側エネルギー構成例)

      以上の検討により、『2050 日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス 70%削減可能性検討』においてはシナリオA、シナリオBともに、技術開発利用の加速によりCO2を約70%削減することは可能と結論付けています。また、そのための対策費用として「7兆円~9兆9,000億円が必要」との試算も行っています。

      3-3. 未来像を実現するための12の方策の提示

      以上のように、未来像の詳細な検討が定性的・定量的に行われたところで、それを実際に実現するためにはどの時期に、どのような手順で、どのような技術や社会システム変革を導入すればよいのか、またそれを支援する政策はどのようなものがあるかが、下図に示す「12の方策」として提示されます。

      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『低炭素社会に向けた12の方策』低炭素社会に向けた12の方策)
      (出典:「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム『低炭素社会に向けた12の方策』低炭素社会に向けた12の方策)

      これら12の方策は、互いに整合性を持っています。ある対象分野での低炭素化を進めるために講じた技術的対策、社会制度改革、推進施策の効果は、ほかの対象分野での低炭素化を進めるものともなるからです。
      また、削減のためにはいくつもの技術的・社会的障壁があるため、それらを取り除くためには順序だった手順で時間をかけて取組む必要がでてきます。

      それぞれの方策については、「めざす将来像」と「実現への障壁と段階的戦略」および「行動の手順書」がそれぞれ詳細に記載されています。さらには、対策費用最小化のためにどのような道筋で導入すべきかの定量的な検討も行われています。

      4. バックキャスティングの具体的なやり方

      企業が持続可能な経営を取り入れていこうとする際にも、バックキャスティング型のシナリオ作成手法は有効です。
      2015年9月の国連サミットでSDGsを掲げる「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、全国連加盟国はSDGsを達成すべく力を尽くすこととされています。
      また、近年では機関投資家を中心に、従来の財務情報だけでなく、ESG(Environment=環境・Social=社会・Governance=企業統治)をも考慮した投資を行う流れも急速に広がっています。
      企業にとっては、SDGsやESGへの対応を怠ると、投資対象から外されるなどの社会的リスクが発生します。また、SDGsの目標を事業機会として捉え、新たな事業を構築していくことも検討の余地があるでしょう。
      神崎昌之『サステナブル経営におけるバックキャスティングとライフサイクル思考の活用』によれば、SDGsなどの目標に企業が対応する場合、そのやり方としてフォアキャスティングとバックキャスティングの2つがあります。
      次の表は、気候変動を緩和するための対応を企業が行う場合の、フォアキャスティング型とバックキャスティング型の対応をそれぞれ示したものです。

      (出典:神崎昌之『サステナブル経営におけるバックキャスティングとライフサイクル思考の活用』企業による気候変動への緩和策的対応)
      (出典:神崎昌之『サステナブル経営におけるバックキャスティングとライフサイクル思考の活用』企業による気候変動への緩和策的対応)

      表によれば、社会的なリスクや規制によって「見える化」された、比較的短期で実行できる環境制約への対応にはフォアキャスティングが有効とされています。
      それに対して、想定される環境制約化でのビジョンとロードマップの作成およびその実行など、長期的視点に立たなければ実行できないものについては、バックキャスティングが有効とされています。
      和田春菜ほか『持続可能社会に向けたバックキャスティング型シナリオ作成手法の提案』によれば、バックキャスティング型のシナリオ作成プロセスは以下の3ステップとされています。

      1. 問題設定
      2. ロジックツリーの構築
      3. シナリオ全体構成の決定

      4-1. 問題設定

      バックキャスティング型のシナリオを作成するにあたっては、最初に問題設定を行います。シナリオ作成の目的や、シナリオにより達成したい目標を明記し、達成すべき未来像をはっきりさせます。

      4-2. ロジックツリーの構築

      次に、シナリオの未来像へ至る道筋を描くため、未来像の達成に必要な出来事、状態などを挙げ、それを因果的に逆方向に整理することで「ロジックツリー」を構築します。
      ロジックツリー構築では、シナリオの目標を始点とし、その目標を達成するための出来事、状態を始点からツリー状に記述していきます。ツリーを末端から始点へ向かってさかのぼれば、目標達成までの一連の流れが表現されることになります。
      たとえば、神崎昌之『サステナブル経営におけるバックキャスティングとライフサイクル思考の活用』によれば、米国のタイルカーペットメーカーであるインターフェース社は、1994年に「自社の環境負荷をゼロにする」ことを目標とし、その達成のために以下のような施策を実行しています。

      • 廃棄物をなくすよう努力する
      • サプライチェーンへの働きかけを通じて環境負荷の低い排出へ移行していく
      • エネルギー効率の向上と再生可能エネルギーの活用
      • 自然の生態系で排出物が別の生物に摂取されることを手本とした、クローズドループリサイクルの実現
      • 通勤・物流・拠点のそれぞれにおいて効率性の高い運輸とする
      • 従業員・サプライヤー・顧客・コミュニティの協調システムの構築
      • 環境にかかわる外部不経済性を考慮したコストと価格設定による資源生産性の最大化

      企業でロジックツリー作成を行う際には、上のような施策の一つひとつがツリーのそれぞれの枝になり、それらをより細かく分解することにより、目標達成に向けた一連の流れとして表現していくことになるでしょう。

      4-3. シナリオの全体構成の決定

      ロジックツリーが整理できたら、キーイベントの選択、ストーリーラインの作成を行います。

      キーイベントの選択

      キーイベントとは、目標達成を大きく決定付ける施策です。ロジックツリーで挙げられた施策のなかから選択します。

      ストーリーラインの作成

      選択したキーイベントごとにストーリーラインを作成します。ストーリーラインでは、ロジックツリーでは表現しきれなかった現在の流れや、目標達成による副作用、目標達成の障害となる事象、目標達成に必要な状態間の相互作用などを盛り込みます。
      また、ストーリーラインでは目標達成が可能かを検証するため、現状から未来までを順方向で記述します。

      5. バックキャスティングによる未来予測

      バックキャスティングは、未来予測を行うためにも活用されはじめています。最後に、このバックキャスティングによる未来予測の概要を見ていきましょう。

      5-1. バックキャスティングによる未来予測とは

      一般に未来予測は天気予報などを例として、現在を起点として行うフォアキャスティング型の手法が採用されます。実際に天気予報は、数日後、あるいは数週間後などの短期的な未来予測には有効です。
      しかし、天気予報は未来になるほど精度が低下していきます。フォアキャスティング型の手法では未来になればなるほど不確定要素が増すからです。そこで、「2050年」などの遠い未来を予測するためには、未来を起点としたアプローチであるバックキャスティング型の手法が有効となってきます。
      バックキャスティングとは前述のとおり、フォアキャスティングが「どのような未来が起き得るか」の推測であるのに対し、「実現したい未来はどのように達成されるか」の推測です。その推測に従って計画を立て、計画を実行し、実現したい未来が達成されれば、結果としてそれは「未来が予測できた」と考えられることになります。

      5-2. 可能性が高い未来を絞り込むため「制約条件」が必要

      もちろん、未来を起点とするバックキャスティング型の手法では、どのような未来でも前提にできます。そこで、前提とする未来を選択する際に一定の「制約条件」を設定します。
      制約条件としては、不確定要素が少ないものが選ばれます。たとえば、予期せぬ急激な変動が起こる可能性が低い人口の変動や、いったん合意されれば数十年にわたってその合意が守られることが見込める国際政治上の合意事項などは、制約条件として盛り込めます。
      制約条件を課すことにより、起こる可能性が高い未来を絞り込めます。その未来を選択肢して提示することにより、社会や企業に有益な未来シナリオの提供が可能となります。

      6. まとめ

      • バックキャスティングとは、最初に目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現するための道筋を未来から現在へさかのぼって記述するシナリオ作成手法のこと。
      • 現在から未来を探索するフォアキャスティングと比較して、劇的な変化が求められる課題に対して有効とされている。
      • バックキャスティングの手法を活用した『2050日本低炭素社会シナリオ』では、「温室効果ガス70%削減は可能」とし、そのための12の方策を提案している。
      • バックキャスティングの具体的なやり方は、問題設定、ロジックツリーの構築、シナリオ全体構成の決定の3ステップ。
      • バックキャスティングによる未来予測の取組みがはじまっている。

      参考文献

      日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
      必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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