更新日:2021/06/11
現在の情報通信ネットワークの課題として、「柔軟性の欠如」があげられます。例えば拠点間で新たに光ファイバ回線を設定しようとする場合、かなりの手間が掛かるでしょう。また、それぞれの拠点で異なる光伝送装置が使用されている場合には開通自体が困難となります。今回は、従来のネットワークを固定的な「道路」に例えるならば、自由に切り替え可能な「線路」のようなネットワークの構築を目指して「大規模計算基盤のための光パス設計技術」の研究に取り組む井上武特別研究員にお話を伺いました。
これまでNTTが管理してきた通信路は「道路」のようなイメージでした。固定的に光の伝送路を設け、その上を「パケット」という形に細切れにしたお客様のデータ(車)がそれぞれの宛先に進んで行く。通信量が少ない、つまり図1のパケットを運ぶトラックの数に対して道路が十分に広いときにはこれで問題はありませんでした。また、一人ひとりを見れば利用状況はまちまちでも、町単位、一万人単位で見れば、例えば「朝から徐々に通信量が増えていき、夜寝る前にピークを迎え、深夜には通信量が少なくなる」「大手検索サイト、有名動画配信サイトなどに向かう信号が多い」など特定の傾向があり、利用状況をある程度予測することも可能でした。
ところが、近年ではユーザーの行動も多様化し、さらに通信量自体も年々数十%の勢いで増加しています。当然、渋滞の発生が懸念されていますが、道路は一度敷いたらそう簡単には作り変えることはできません。また、新しい伝送路を敷くにも数か月単位の時間が必要です。そこでこうした「固定的な道路」という考え方が通信の可能性自体を狭めているのではないか、という考え方が出てきたのです。
従来の「道路」に対して、これからのネットワーク像は「線路」のイメージです。電車を想定していただけると分かりやすいと思いますが、線路は基本的に電車専用のため渋滞しません。ただし、車ほど多くの数を走らせることはできませんから、一度に多くの人が利用するにはレールを数多く通す必要があります。
また、必要に応じてあたかも線路のポイントを切り替えるように1分、1時間などこれまでと比較すると非常に短い時間で切り替えることも必要です。
こうしたネットワークを実現するため、未来ねっと研究所では構成技術の研究を進めています。
研究所内で光の専門家が集結している「トランスポートイノベーション研究部」では、広帯域の光信号を送る研究、図1で言えばレールを増やすことにあたる研究を行っています。イメージとしては今まで数十本程度しかレールを引けなかったスペースに、数百本、数千本のレールを引けるようにするような研究をしています。
そして私の所属する「フロンティアコミュニケーション研究部」では、レールをうまく切り替えるような技術の研究開発を行っています。本日はその中から、「通信ビルにおける光ファイバ配線切替装置群の効率的な網構成技術」および「光パス伝送モード自動最適化技術」の2つの技術について簡単に紹介します。
通信ビルから他のビルや他の事業者まで新たに光伝送路を通す場合を考えてみましょう。
例えば図2の左図では、左下から入ってきた赤色の光ファイバを右下の光ファイバに繋ごうとしています。しかし、途中の配線切替装置は、3つのバツ印で表されるように右下へと繋げられません。これを「ブロック」、または日本語で「閉塞」と言いますが、そうした場合、従来のアプローチでは右図のように切替装置を追加して開通させることを考えていました。しかし、この方法では高価な配線切替装置を数多く設置する必要があり、経営上好ましいとは言えません。
そこで、最適な配線切替装置数を数学的な方法で決定する技術を開発しました。具体的に言うと、今まで階層構造を取ることが一般的であったネットワークの構成を見直し、下位から入ってきた光信号が上位を経由せずに折り返すことを許可したり、ブロックの発生を完全に防ぐのではなく、例えば100万分の1など運用している間には「ほぼ起こりえない」と言えるくらい低い発生確率である場合には許容したりすることで、効率的な網構成を探索します。
これには数学の中でも、特にパズルを解くような分野の数学を活用しました。「離散数学」や「グラフ理論」といった言葉をお聞きになったことのある方もいらっしゃるかもしれません。
この技術により、実際に、光ファイバが20,000本入っている状態で毎年数千件の接続要求が寄せられると想定したネットワークにおいて、5時間の計算により切替装置の台数を42%削減できることを証明しました。
「光ファイバ配線切替装置群の構成技術」により接続先に常に空いているポートが1本以上存在することが保証されたとしても、すぐに光伝送路を開通することができるとは限りません。
まず、光信号を送受信する伝送装置のベンダーが異なる場合、それぞれに規格が異なるため、従来は通信を行うことができません。しかし、送信先を切り替えることを考えた場合には、異なるベンダーの装置であっても標準的なインターフェースを使用して制御する必要があります。また、要求する速度や伝送距離、通信品質に応じて通信を最適化する必要もあります。例えば、距離が近いにも関わらず強力なレーザーを発射すれば、受光器が壊れてしまうでしょう。また、隣接する信号との干渉を防ぐ必要もあります。
そこで、標準的なインターフェースのみを使用して通信に使用する伝送モードを自動で最適化できる技術を開発しました。
具体的には、図3に示すように、まず弱い信号である初期設定用光パスで伝送路の状態を把握します。その後、光協調制御コントローラに拠点Aおよび拠点Bから通信に関するパラメータ情報を収集し、最適なパラメータの組み合わせを計算し、エンドユーザの要求に応じた光パスを開通させるという流れです。
ソフトウェアによりネットワークを定義するSDN(Software Defined Network)などの興隆に加え、各分野でのオープンソース化への動きもあり、現在はこうした技術の必要性がますます高まっています。
先ほどの技術が数学的なアプローチであったのに対し、こちらの技術はソフトウェア的なアプローチと言えるでしょう。
これらの技術により、渋滞しない通信路を必要な人、必要な時に届けることができます。IOWNの3つの主要技術分野のひとつである「オールフォトニクス・ネットワーク(APN: All-Photonics Network)」もこのような考え方から立脚しているのではないかと思います。
例えば遠隔会議システム。昔に比べれば画質は格段に向上したものの、実際に会うこととはやはり差があります。また、やりとりに多少の遅れがあるため、話はじめるタイミングが重なってしまったりと、やはり「離れている感」はまだ残っていると個人的には思っています。その点、APNでは人間が処理できる情報量をすべて送受信することができるため、「リモートでもできる」から「リモートであることを意識させない」という時代になるのではと期待しています。また、現時点ではまだ難しい、例えば遠隔手術のような通信の遅れにシビアなアプリケーションも利用できるようになるのではないでしょうか。
今回は2つの技術を紹介しましたが、実はどちらもまだ実用化には至っていません。むしろ「やっとスタート地点に立った」と言ったほうが近いでしょう。
例えば「光ファイバ配線切替装置群の構成技術」では、引き込む光ファイバの数が固定されている場合には有益ですが、ネットワークは絶えず大きくなるものです。大きくしようとした時には設備を追加したり組み替えたりといった必要が生じますが、すでに配線切替装置には光信号が走っています。パケット通信と比較しても光通信を止めたり移動したりすることは難しいため、稼働したまま拡張するような方法を探りたいと思っています。難しい問題ですが。
また、「光パス伝送モード自動最適化技術」にも課題はあります。今回は伝送路の両端、送信側と受信側の設定のみに話を限定しましたが、実際の光通信は両端だけで実現できるものではありません。例えば20~30キロメートルを超えると、光信号が弱まるため「アンプ」と呼ばれる装置で信号を増幅する必要があります。その他、「フィルター」と呼ばれる装置など、一般的には、経路上のすべての機器を併せて制御しないと最適な通信は実現できません。
さらに日々の保守運用プロセスと合わせて考えると、かなりいろいろな条件が入り組んだ複雑な問題と言えます。これはほぼすべての関係者が抱いている実感ではないでしょうか。
NTTの研究環境は非常に充実しています。特に情報通信ネットワークに関しては、必要な設備はほぼ揃っていると言ってよいでしょう。例えば光伝送に関する装置、光信号を送信する装置などは、以前に比べてかなり安価になったとはいえ大学の1研究室で揃えることは難しいでしょう。
その点、NTTでは実際の装置を使用して研究や検証を実施することができます。これはNTTグループの大きな強みと言えるでしょう。
「情報通信ネットワーク」と聞くと、電気信号を扱う電子工学的なイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思います。しかし、私の研究に数学や情報工学などの色合いがあることからも分かるように、非常に幅広い分野と言えます。もちろん電子工学は重要な分野ですが、現在の情報通信ネットワークは「ただ信号を送るもの」ではないため、それを管理するソフトウェア・プログラミングの技術、数学的な裏付け、時には経済学的な観点などさまざまな知見が必要となります。
自分の知見を社会インフラの一部として実現する、自分の知見を活かして社会インフラを支える、ということに魅力を感じる方がいらっしゃれば、ぜひ挑戦してほしいと思っています。
(今回はリモートにてインタビューを実施しました)
◆PROFILE:
2000年NTT入社。科学技術振興機構 ERATO湊離散構造処理系プロジェクトERATO研究員(2011年6月~2013年6月)、NTT未来ねっと研究所(2013年7月~現在)、早稲田大学 基幹理工学部 非常勤講師(2016年9月~)、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(2020年3月~)