更新日:2021/01/08

    未来予測にとどまらず、その人にとってより良い未来へと導く。
    「行動モデル」が実現するパーソナルアシスタント倉島 健
    NTTサービスエボリューション研究所
    特別研究員

    最適なタイミングで適切な情報を提示することでヒトの意識を変化させ、より良い未来が訪れるような行動を促してくれるパーソナルアシスタント。その実現のためには未来を正確に予測したうえで、ヒトにどう働きかければ行動が変わるかを理解する必要があります。今回は、不合理な判断を含むヒトの意思決定のメカニズムを内包し、”人間らしい”行動をシミュレート可能な「行動モデル」の構築に取り組む、倉島健特別研究員にお話を伺いました。

    ヒトの意思決定や行動を再現する「行動モデル」とは

    研究されている内容について教えてください。

    人間の行動メカニズム解明と数理モデル化をテーマとして研究を行っています。
    行動経済学等の人文・社会学的知見、つまり人間の行動を考えるといった観点からの知見と、都市における人の移動データや購買データなどの実データとの両面を活用し、ヒトの行動をシミュレート可能な「行動モデル」を構築することで、ヒトのより良い意思決定を実現しようという取り組みです。
    研究は3つのパートに分かれています。ひとつめは不合理な判断を含むヒトの意思決定のメカニズムを解明する「メカニズム解明」。そしてふたつめは解明したメカニズムを骨組みとしてヒトの意思決定や行動を再現する「行動モデル」を構築し、行動予測やシミュレーションを行う「モデリング・予測」。そして最後に、悪い未来が予測される場合にその要因を特定し、ヒトの意識を自然に変化させて行動を促し、より良い未来へと導く方策を探索する「行動変容策の探索」です。

    図1;人間の行動メカニズム解明と数理モデル化の研究
    図1;人間の行動メカニズム解明と数理モデル化の研究

    例えばある人が自宅の周りを毎朝ランニングすることを日課にしているとします。ところがある日、出張がありそれが途切れてしまった。人間は継続することに価値を見出しますから、いったん途切れてしまうとそのままやめてしまうかもしれません。人間をよく知るパーソナルアシスタントはその可能性に気づいています。そこで、自動的に出張先周辺で魅力的なウォーキングコースを探し出し、適切なタイミングで「今朝は日課のランニングができませんでしたね。代わりに今晩、このコースを散歩してみませんか?」と提示する。そしてこの働きかけにより無理なく運動を続けることができた―――この研究により、将来的にはこういったことが可能となるかもしれません(図1)。

    現在はどこまで研究が進んでいるのでしょうか。

    現在は「メカニズム解明」を念頭に置きつつ、主に「モデリング・予測」に取り組んでいます。
    モデリングはモデル、つまり模型を作る研究です。通常は「人間はこう行動するはず」という仮説を立ててモデルの作成を進めますが、それでは分析者のバイアスがかかってしまい、きちんとしたモデルは構築できません。そこでモデル作成の前段階として、立てた仮説が正しいかどうかを確認するデータ分析を入念に実施しなければなりません。時には数千枚におよぶプロットや図表をエビデンスとして用意することもあります。仮説ありきでヒトを分析すると、想像の範囲内の答えしか得られません。意外な、思いもかけないような発見をするには、一切の仮説を持たずにデータやパターンを眺めたり、さまざまなデータをさまざまな角度から分析し記録したりといった取り組みも重要です。

    そして実際の行動モデルの構築には機械学習技術を利用します。モデルにはブラックボックスとホワイトボックスのふたつの種類が存在します。深層学習(ディープラーニング)に代表されるブラックボックスは前提知識がまったくない状態から大量のデータを用意してモデルを自動的に作成しようというアプローチです。私はよく人体に例えるのですが、骨格のない状態から人体を作り上げるイメージです。対してホワイトボックスは、骨格を作ったうえで肉付けをしてモデルを作り上げるイメージ。基本となるメカニズムを解明し数理化したものを骨格とし、その人のデータを用いた機械学習技術で肉付けし、その人らしいモデルを作成しようというアプローチです。
    どちらのアプローチを採用するかは研究領域によっても異なりますが、本研究ではヘルスケアや人命にかかわる部分への支援を考慮しているため、説明可能性が担保されやすいホワイトボックスでのアプローチを取っています。また、ホワイトボックスの場合は例えば「こういう場合、ヒトはこういう行動を取りがち」など、モデリングの前段階である「メカニズム解明」での知識も実際のサービス運用などに活用できるという利点もあります。さらに、骨格の部分をデータから学習する必要がないため、学習データを軽量化できるメリットもあります。
    こうしたことから、「メカニズム解明」と「モデリング・予測」の両輪を回しつつ研究を進めていくことが建設的であると考え、研究を進めています。

    今後の展開について教えてください。

    今後は、より「人間らしく」、リアルにふるまう行動モデルを実現したいと考えています。ヒトの持つ直感の機構を内包できれば理想的ですね。実際のヒトの意思決定や行動にさらに近づけることで、より予測精度を高めることが目的です。そのうえで、データ分析で得られた知見を活かし、どういう支援をすれば効果的に行動変容につなげられるのか、という「行動変容策の探索」へとつなげていきたいと思います。
    これまでは主に「人の未来を予測するAI」についての研究がされてきましたが、それを「未来を変えるAI」の研究へと発展していきたいと考えています。例えば行動モデルのシミュレーションにより好ましくない未来が予測された場合には、Well-beingな状態に向かうような行動・意思決定を促すといった具合です。最終的には、その人にとってのWell-beingな状態を正しく理解し、個人の思考のクセやその人がどういった経験をしてきたのかといったことまでを踏まえ、上手にそこへと導くパーソナルアシスタントの開発につながれば良いな、と期待しています。
    もちろん選択は各個人の持つ大事な権利ですから、強制的ではなく自発的な判断を促すことへの配慮は必要となります。

    これからの研究には、ひらめきの組み合わせが重要

    AIに関する研究の動向についてどうお考えでしょうか。

    行動予測や情報推薦、情報検索といった分野において、今後もビックデータやニューラルネットワークの影響は依然として大きいと考えています。一方で、よりサイエンス的な側面として、非常に大量の人間に関するデータが得られるようになったことは興味深いと感じています。それらのいわゆるビッグデータを解析することにより、長年にわたりその分野で研究されてきた理論や現象への理解が一層深まるからです。行動経済学のプロスペクト理論や意思決定論についても、人々の選択に関する実データの集積、特に長期間に渡って観察された個人レベルでのデータの蓄積に伴い、今後、ホワイトボックスな行動モデルや効果的な行動変容につながるような知見が数多く得られるのではないかと期待しています。

    研究の中で、「NTTの強み」をお感じになったことはありますか?

    サービスエボリューション研究所は、数あるNTTグループの研究所の中でも比較的サービスに近い立場の研究所です。そのため、実際にグループ内でサービスに携わっている方にお話を聞いて研究テーマのヒントを得たり、将来必要となる技術を把握したりといったことが可能です。以前、さまざまな人の行動履歴を用いて都市の観光ルートを推薦するシステムの研究に携わったことがありますが、実際にこのアイディアはビジネスに近い立場の方とのディスカッションの中で着想を得たものです。
    また、私は2016年4月より1年1か月間にわたり米国スタンフォード大学で客員研究員として活動しました。これは研究の遂行に必要なリソースがNTTグループ内になければ外部の方と一緒に研究をする体制を整えることもできるということのひとつの証左ではないかと思います。
    真の意味でゼロから何らかのパーツを生み出すという取り組みは長い歴史の中である意味やりつくされた感もあります。今後は異なる分野の考え方をうまく組み合わせ、「あ、なるほど」というひらめきを生むような取り組みが重要となるのではないでしょうか。そうした面で、NTTにはさまざまな専門家と議論しながら創造的な仕事ができる環境があります。そういった懐の深さがNTTの強みかな、と思います。

    この研究にご興味を持たれた方へのメッセージをお願いいたします。

    この研究プロジェクトには、数理統計学、機械学習、データマイニングはもとより、行動経済学、社会科学、心理学まで、さまざまな研究領域の方が関わっています。
    異なる知識や背景を持つ人たちと連携することは研究のやり方や知識背景の共有などの点で苦労もありますが、お互いを尊重しつつ粘り強く意識を合わせ、協力することにはやりがいを感じますし、そこから何か思いもかけないものが生まれてくるのではないか、とワクワクしながら日々、研究を行っています。
    一般的に「メディア」は音声、言語、映像などを指すことが多いですが、私は「行動、選択」もその人がどのような人かを暗黙的に伝えるメディアのひとつだと捉えています。こうした考え方は古くも新しく、データの集積に伴ってこれからも盛り上がってくる研究領域だと思います。事実としての人間の行動履歴から、人間の内面、価値観を考えることに興味をお持ちの方、新しい学術分野を創っていきたい、というチャレンジ精神をお持ちの方とはぜひ一緒に仕事をしたいなと思っています。

    ◆PROFILE:
    NTTサイバーソリューション研究所(2006年~2012年)、米国スタンフォード大学 客員研究員(2016年~2017年)、NTTサービスエボリューション研究所(2012年~)。2015年 日本データベース学会 上林奨励賞。2011年 電子情報通信学会 ライフインテリジェンスとオフィス情報システム研究会(LOIS)研究賞。2008年 電子情報通信学会 第19回データ工学ワークショップ(DEWS2008)優秀論文賞。

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