更新日:2019/09/12

    スタジアムなど、スマートフォン・タブレットが密集する環境でも通信速度を向上させる無線LAN技術NTTアクセスサービスシステム研究所

    スタジアムや駅といったあらゆる場所で、無線LANの利用が増えています。みなさんも、日頃から、カフェや空港において、無線LANを活用されているのではないでしょうか。しかし、無線LANに接続してはいるものの、「通信速度が遅い」と感じることはありませんか。そこで、研究所では、スマートフォンやタブレットが密集する場所でも通信速度を向上させる「分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術」を開発しました。スタジアムにおける実証実験では、従来と比較して2倍以上の通信速度の伝送に成功しています。開発者であるNTTアクセスサービスシステム研究所の石原浩一氏から、技術の詳細や研究の成果、今後の展望について伺いました。

    話し手

    石原 浩一 氏いしはら こういち
    NTTアクセスサービスシステム研究所
    無線アクセスプロジェクト
    主任研究員
    博士(工学)

    プロジェクトの背景

    無線LAN間の電波干渉が通信速度低下の主な原因

    スマートフォンやタブレット端末の爆発的な普及と、データダウンロードや動画などの大容量コンテンツの増大に伴って、無線LANの利用は増加の一途をたどっています。たとえば、あるスタジアムで数万人を超える人々が無線LANに接続し、スマートフォンやタブレット端末でYouTubeや4K動画を視聴したとします。一人あたりのデータ量は大したサイズではありませんが、数万人分となるととんでもないサイズになります。こうした多人数が同時に無線LANを利用するためには、無線LANのアクセスポイントを数百個の単位で設置していく必要があります。
    しかしながら、アクセスポイントを高密度に設置すると、近くのアクセスポイント同士が同一の周波数チャネルを共用してしまい、無線LAN内で電波の干渉が発生してしまいます。その結果、通信速度が大幅に低下するという現象が起こっているのです。
    このような背景から、スタジアムやキャンパス、駅、ショッピングセンター、集合住宅など、アクセスポイントが多数設置される環境においても、大容量の無線通信を実現する技術が求められていました。我々は、無線LANから発生する電波の干渉そのものを低減することで、通信速度の向上を目指しました。

    インタビューの様子

    プロダクトの開発

    制御機能を搭載したアクセスポイントとコントローラで干渉電波を低減

    本技術は、「D-SAS(※1)制御機能」と「D-SAS(※1)対応無線リソース制御機能」という2つの要素技術で実現しました。

    図1 分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術の概要
    図1 分散スマートアンテナ型協調無線LAN技術の概要

    1つ目の技術は、アクセスポイントから張り出して分散配置されたアンテナを、宛先に応じて高速に切り替えたり、送信電力を制御したりする「D-SAS制御機能」という技術です。システム全体の通信速度を向上させるためには、アクセスポイントを多数設置するという案が考えられるのですが、それぞれが独立で動作すると、お互いの電波が干渉となったり、設置する分だけコストがかかったりと最適な解決策とはいえません。そこで、一つのアクセスポイントから左右にケーブルを張り出し、アンテナを分散させました。しかし、ただアンテナを分散させただけでは、すべてのアンテナから電波が送信され、結局、電波干渉は低減されません。そこで私たちは、アクセスポイント自体にアンテナを制御する機能を搭載する本技術を開発しました。

    下の写真は実験室内でスタジアム観客席内の無線LAN環境を再現したもので、図2の写真中央の白い機器がアクセスポイントです。

    図2 分散スマートアンテナを搭載した無線LANアクセスポイント
    図2 分散スマートアンテナを搭載した無線LANアクセスポイント

    図3の写真右手前のボックスが分散配置されたアンテナです。

    図3 分散配置されたアンテナ
    図3 分散配置されたアンテナ

    そもそも無線LANの電波はどのような形で送信されているのか。電波を可視化した図を比較しながら、分散スマートアンテナのねらいについて説明します。図4は、アンテナを同一箇所に集中設置する従来技術を示したものです。赤いグラフが、アンテナから発信される電波、縦方向が電波の強さ、左右方向にアンテナからの距離を表しています。一つのアンテナでカバーできるエリアはある程度決まっていて、この図でいえば、緑線の所要受信電力レベルとなります。無線LANの信号電力は、アンテナの中心部から離れれば離れるほど指数関数的に減衰します。紫で示しているリユース許容レベルとは、同じ周波数チャネルを使用した際に電波干渉となるレベル(たとえば、キャリアセンスレベル)を示します。ですので、リユース許容レベルより大きくなるエリアで同じ周波数チャネルに設定して無線LANを使用しようとすると、電波干渉となってしまい、通信品質が劣化してしまうため、リユース可能エリア(図の左右にある緑の四角のエリア)まで距離を離す必要があります。同じ周波数チャネルを用いると干渉となるエリア(図の緑四角の間のエリア)に対しては、干渉にならないように別の周波数チャネルを割り当てることになるが、利用可能な周波数チャネルの数は限られているため、干渉となるエリアが広がりすぎると、同じ周波数チャネルを利用せざるを得ず、結果、干渉により通信品質が低下してしまいます。

    図4 集中アンテナを用いたアクセスポイントの受信信号電力
    図4 集中アンテナを用いたアクセスポイントの受信信号電力

    一方、分散アンテナを設置した場合、図5の青いグラフのように電波が送信されます。赤い線と青い線で、電波の信号電力の減衰曲線は同じですが、集中アンテナで送信した場合の電波の電力(=赤い曲線)と比べると、分散配置された各アンテナからの電波の電力(=青い曲線)はグラフの頂点位置で比べると低くなっているものの、緑四角エリアの中では、どの場所でも所要受信電力以上の受信電力が得られています。また、紫で示しているリユース許容レベルの範囲も狭まっていることから、電波干渉の低減効果もあるといえます。その結果、同じ周波数チャネルをリユースできる距離が従来に比べ小さくでき、同じ周波数チャネルを干渉なくより多くの場所で利用できます。私たちの分散スマートアンテナを用いれば、干渉を低減できるので、アクセスポイントの配置密度を高めることができ、システム全体の通信速度を向上させることができるのです。

    図5 分散スマートアンテナを用いたアクセスポイントの受信信号電力
    図5 分散スマートアンテナを用いたアクセスポイントの受信信号電力

    では、スマートフォンやタブレット端末を利用する人は、どのアンテナから電波を受信することになるのでしょうか。それを決定しているのは、アクセスポイントに搭載した「切替スイッチ」と「減衰器」です。アクセスポイントからの制御信号で、パケット単位で、アンテナの切り替え・送信電力の調整が行われています。「次はどのユーザに対して電波を送信しますか?」といった指令が出た際に、ミリ秒単位で計算値を割り出し、ユーザの切り替えが可能です。減衰器を使用しているのは過度な送信電力を抑制するためです。減衰器を搭載しないと、アンテナは常に最大電力で電波を出してしまい、他エリアにあるアクセスポイントや端末に干渉になってしまいます。多人数が集まっている状況で、それぞれが会話しようとした場合、周りの人に迷惑をかけないよう、なるべく小さな声でしゃべると思います。そんな風に、送信電力を低減することで、アクセスポイントと端末間の通信品質を保持したまま、アクセスポイントとアクセスポイント間の干渉を低減できるのが、「D-SAS制御機能」なのです。ちなみに、アクセスポイントの無線LANチップから制御信号さえ出力されれば、既存の規格で本機能を実装することができます。もちろん、無線LAN端末は市販のもので通信可能です。

    2つ目の技術は、ネットワーク側のサーバに実装され、複数のアクセスポイントを集中制御し、アクセスポイントの性能を最大限に引き出す「D-SAS対応無線リソース制御機能」というものです。各アクセスポイントが得た無線環境情報を、ネットワーク側のサーバに実装した「D-SAS対応無線リソース制御機能」で収集し、私たちが考案したRATOPアルゴリズム(※2)によって算出された「最適な送信電力」や「周波数チャネル」、「帯域幅」といった無線パラメータをアクセスポイントに設定することで、無線リソースの最適化を実現することができます。この機能は、「WiConductor(ワイコンダクター)(※3)」という名前で既に商用化されています。マルチベンダ対応のため、インタフェースさえ対応できれば、どのメーカであっても設定することができます。インタフェースも柔軟に設計でき、webのGUI形式やエクセルのCSV形式など、お客様のニーズによって、オンラインでも、オフラインでも対応可能です。

    ※1
    D-SAS…分散スマートアンテナシステム、「Distributed smart antenna system」の略。
    ※2
    RATOP…「Resource allocation based on Area Throughput Optimization Policy」の略。APで得られた無線環境情報に基づいて、スループットが低下した無線LANの特性向上を重視しつつ、全体スループットも向上させるよう、最適なパラメータを算出するアルゴリズム。
    ※3
    WiConductor(ワイコンダクター)…NTTアドバンステクノロジ株式会社が販売する商品。サイトサーベイや各アクセスポイントから収集した無線環境情報を基に無線リソース制御機能による無線リソース(チャネル、帯域幅、送信電力)の最適化計算を行い、その結果をアクセスポイントに設定することで干渉によって低下していた通信品質を改善することができます。
    https://www.ntt-at.co.jp/product/wiconductor/

    実証実験と今後の展望

    スタジアムの実証実験で、通信速度が従来の2倍に

    2017年に実施したNACK5スタジアム大宮におけるフィールドトライアルの結果を紹介します。「D-SAS制御機能」を搭載したアクセスポイントを、従来アクセスポイントと合わせて150台程度配置し、無線LANにおける屋外利用可能チャネルを11チャネル設定しました。通信速度(スループット)測定時には、チャネル設定後の11チャネルのうち1チャネルを選択し、同一チャネルを用いるアクセスポイントに対して、それぞれ1台ずつスマートフォンを接続しました。アクセスポイントから端末へTCPトラヒックを伝送させ、端末をアクセスポイントそれぞれの通信エリア内の複数ポイントに配置し測定しました。実験の結果、従来と比べて、2倍以上の通信速度の伝送実験に成功しました。本技術では、もともと干渉エリアとなっていた場所の通信速度を向上させることができますが、それだけでなく、「D-SAS対応無線リソース制御機能」を利用して、無線リソースを条件に応じて最適化することもできます。たとえば、VIP席や記者席、休憩時間中のトイレなど、スマートフォンやタブレット端末の利用が多いエリアに対して、無線リソースを多く割り当てることで、そのエリアだけをプレミア化(=通信速度の高速化)することができます。
    2018年10月には、山口きらら博記念公園で開催された「山口ゆめ花博」で、Free Wi-Fiスポットに対し、上記の「無線リソース制御機能」を適用し、市中アクセスポイントの無線LANパラメータを最適化させていただきました。
    また、2018年12月には、5Gの普及を見越して、東武鉄道様と連携でスカイツリートレインにて実証実験を行いました。5Gは高い周波数で、電車などの高速移動体の中では、建物などによって電波が遮断される可能性があります。そこで、5Gと無線LANを組み合わせて、通信環境を安定させようというのが本実験の目的です。東武鉄道の車両に、アクセスポイントと分散スマートアンテナを設置し、基地局と電車までの間は5Gのエントランス回線を、電車の中とスマートフォンやタブレット端末までの間は無線LANのアクセス回線を利用しました。結果、電車内の多数のユーザが同時に大容量の4Kコンテンツを受信できることを立証することができ、その通信速度は従来と比べて1.8倍でした。

    インタビューの様子

    現在は、無線LANの新しい規格である「IEEE 802.11ax」に適した新しいコントローラの開発を行なっています。「IEEE 802.11ax」は、規格自体が高効率であるといわれていますが、我々の分散スマートアンテナを組み合わせることで、相乗効果が得られ、規格が持っている能力を最大限引き出すことができると考えています。
    また、人の流動性が激しいイベントでの活用も視野に入れて、アクセスポイントと分散アンテナをケーブルでつながずとも活用できるようにしたいと考えています。たとえば、巡回中の警備員に背負ってもらったり、移動基地局のように可搬型にしたりと、さまざまな方法を模索しています。

    今後は、よりリアルタイム性が求められるでしょう。スタジアムの試合観戦中などは、休憩になると出店やトイレに人が集中し、無線LANを使用する場所と密度が変わってきます。こうした人の密度の変化が起こっても、通信速度が低下しない無線LAN技術を開発したいですね。
    本技術は、スタジアムやキャンパス、駅、ショッピングセンター、集合住宅、イベント会場といった、人が密集するエリアであればどこでも効果があるのではないかと考えています。ですので、エリアのオーナー様に対しましては、最適で高速な通信環境を設計できることをアピールしていきたいですね。もしかしたら、オフィスも対象となるかもしれません。有線と無線の通信速度にもはや差はありません。しかし、利便性を比べたら、無線の方が断然便利ですよね。スマートフォンやタブレット端末の所持数は、一人数台の時代へと変化していますから、無線LANを利用するユーザは今後も爆発的に増加し続けるでしょう。そのとき、通信速度の低下は必ず課題として挙がってきます。まだまだ検討が必要ですね。

    編集後記

    ライターである筆者にとって、外出先の無線LANは欠かせない。そんな無線LANの通信速度向上に貢献している技術と聞き、興味を持たずにはいられなかった。石原さんの研究成果は、数万人の人々の利便性や心地よさに直結するもの。普段、ストレスなく活用できていたのは、石原さんをはじめとする研究者の方々の努力あってのことなのだ。5G の普及が控えているが、お話をお聞きするにしたがい、無線LANの有用性や利便性は5Gと相互補完するものだと認識を新たにした。今後も無線LAN環境の進化にますます目が離せない。

    2019年7月18日取材
    外山夏央

    【参考情報】

    河村,石原,岩谷,篠原,秋元,井上,市川,鷹取,「無線LANの最新動向と協調無線LAN技術」,NTT技術ジャーナル,2017年1月.

    K. Ishihara, T. Murakami, H. Abeysekera, M. Akimoto, and Y. Takatori, “Distributed smart antenna system for high-density WLAN system,” Electronics Letters, vol. 54, no. 6, pp. 336-338, Mar. 2018.

    B. A. H. S. Abeysekera, M. Matsui, Y. Asai, and M. Mizoguchi, “Network controlled frequency channel and bandwidth allocation scheme for IEEE 802.11a/n/ac wireless LANs: RATOP,” in Proc. of IEEE PIMRC’14, Sep. 2014.

    石原、鍋島、林、鷹取、村岡、増野、須山、奥村、「列車内における分散スマートアンテナシステムを用いる無線LANの実験評価」、信学技報, RCS2019-6, 2019年4月.

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