概要
GPSをはじめとするGNSS衛星信号による測位では受信位置の周辺に構造物が存在し、開空間が制限されるアーバン・キャニオン環境における測位精度の劣化が課題となります。本技術はGNSSレシーバが取得した観測データをモバイル網経由でクラウド/エッジ上に転送し、潤沢なコンピューティングリソースを使用して測位演算処理を行ってGNSS測位性能を向上させるものです。
背景・従来課題
受信位置の周辺に構造物が存在し、開空間が制限されるアーバン・キャニオン環境ではGNSS衛星信号が構造物で反射・回折して生じるマルチパス信号による測位精度の劣化が課題となります。理想的な受信環境ではセンチメートル級の測位精度を実現可能なRTK-GNSS測位方式であってもこうした受信環境においてはしばしば数メートル以上の誤差が生じます。市販のGNSSレシーバ製品ではチップにアルゴリズムが実装されており、独自技術の適用により測位性能の改善を図ることは困難でした。
本技術のアドバンテージ
- 従来GNSSレシーバの内部で行われていた測位演算処理をクラウド/エッジ上の潤沢なコンピューティングリソースを使用して行うため測位性能の向上が期待されます。
- GNSSレシーバの役割は主に観測データの収集に限定されるため、レシーバのコストや消費電力を低減できる可能性があります。
- 汎用GNSSレシーバ製品の他、Android端末(スマートフォン等)に搭載されたGNSSレシーバの観測データを測位に使用できます。
- GNSSレシーバ単体では実現できなかった、クラウド・ソーシング、ビッグデータ解析といった時間的・空間的に収集された大量なデータの解析技術を測位に活用する可能性が拓かれます。
- 機械学習による最尤推定といった、従来は適用されていなかった技術のGNSS測位への適用により測位性能の向上が期待されます。
- 3次元地図データ等の地理空間情報を付加的な情報として測位演算に活用できます。測位結果のGIS(Geographic Information System:地理情報システム)との連携も容易です。
- アプリケーションの要件に最適化した測位性能を提供する「マルチグレード」な測位サービスやエリアに最適化された測位サービスを実現できます。
- 近傍のNTTビルの設備をローカル基準局として活用することで搬送波測位の精度を向上し、初期測位収束時間を短縮できる可能性があります。
- 標高値は日本のジオイドモデル(ジオイド2024日本とその周辺)に基づいてリアルタイムに算出できます。
利用シーン
- カーナビ・自動走行・自律走行ロボット・配車システム・MMS(モービルマッピングシステム)
- UAV(Unmanned Aerial Vehicle)自律制御・ドローン宅配
- 精密農業・ロボットトラクター
- 建機・重機の無人制御・マシンガイダンス/情報化施工(i-Construction)
- 電動車いす・物流パレット・シェアサイクル等のIoT機器の測位
- スマートフォンの地図ソフト・ナビゲーションアプリ・位置情報ゲーム
- 測量・地下埋設物探査・設備保全
- その他高精度測位を活用した新たな産業領域の創出/民生用途の高精度測位の適用拡大
解説図表
技術解説
従来のGNSS測位演算処理はGNSSレシーバに搭載されたGNSSレシーバチップセット(モジュール)の内部で行われていました。そのアルゴリズムはブラックボックスであり自由に改変できませんでした。また、高精度測位方式に対応した搬送波測位演算機能を搭載したGNSSレシーバやモジュール製品は非常に高コストでした。しかし、最近ではGNSSレシーバの観測データを出力可能な低コストなモジュール製品が出回り、一部のAndroid端末(スマートフォン)では搭載されたGNSSレシーバの観測データをOSのAPIで取り出せるようになりました。本技術はこうした背景から検討されたもので、GNSSレシーバの観測データをアプリケーションレイヤ、さらにはクラウド/エッジ上で処理することにより高度なGNSS測位演算を実現するものです。GNSSレシーバチップセット内部のコンピューティングリソースをしのぐクラウド/エッジ上のリソースによる信号処理でマルチパス信号の影響を低減するための衛星信号選択アルゴリズムの適用や位置推定への地理空間情報の適用などが可能となり、測位性能の向上が期待されます。また、GNSSレシーバチップセットでは測位演算をスタンドアロンでその都度に実施しますが、時間的・空間的な観測データをクラウド上で収集し、クラウド・ソーシング、ビッグデータ解析や機械学習による最尤推定技術をGNSS測位に新たに適用できる可能性もあります。この他にNTTビルを活用したローカル基準局により搬送波測位の初期化(収束)時間の短縮やFIX率の向上を実現し、従来は測量分野に限定されていた搬送波測位方式の適用領域を拡大することが期待されます。こうしてコード測位・搬送波測位の各方式からアプリケーションの測位精度・頻度の要件に応じて最適な方式でアダプティブに対応する「マルチグレード」な測位を実現し、高精度・高頻度な測位が要求される自動走行やドローンの自律制御といったアプリケーションにも対応きます。本アーキテクチャにおけるGNSSレシーバの役割は主に観測データの取得に限定されるため、レシーバのコスト削減や省電力化を実現でき、IoTの測位をアシストします。
用語解説
航法衛星システム(Navigation Satellite System)
複数の航法衛星の信号を地上で受信し、航法(測位)するためのシステムです。
アーバン・キャニオン(urban canyon)環境
都市部において高層建造物により衛星信号を直接波として受信可能な開空間が制限される受信環境を指します。可視衛星数が減少するのに加え、周辺の建造物で反射・回折したマルチパス信号を受信する可能性の高い受信環境です。
開空間
受信位置の周辺に衛星信号を遮る構造物が存在する場合、衛星信号を直接波として見通すことができる天空上の領域を指します。
GNSS(Global Navigation Satellite System)
地球全体で利用可能な航法衛星システム(navigation satellite system)の総称で「全地球的航法衛星システム」、「全世界航法衛星システム」または「汎地球航法衛星システム」と訳されます。GPS、ロシアのGLONASS、EUのGalileo、中国のBeiDouが該当します。
GPS(Global Positioning System)
米国国防総省、運輸省が運用する全地球航法衛星システムです。約2万km上空を周回する6つの軌道面に各4機の計24機と軌道上の予備機をあわせた約30機の衛星で構成されます。GPS は当初、軍事利用目的で開発されたシステムであり、民生用の信号はSA(Selective Availability)によって故意に精度が落とされていましたが2000年にSAが解除されて大幅に精度が改善しました。GPSは現在世界中で最も普及している航法衛星システムです。
GNSS測位
GNSS衛星から送信される航法(Navigational:NAV)メッセージ信号から衛星の軌道(位置)および時刻を読み取って受信地点の位置座標を特定する測位方法です。3次元座標と衛星と受信機の時刻差という4つのパラメータを特定するために4機以上の衛星信号を同時に受信する必要があります。
単独測位
1台のGNSSレシーバで測位を行うことです。
相対測位
あらかじめ正確に座標がわかっている近傍の地点(基準点)で受信した信号から得られる補正情報を使用し、衛星の時刻誤差、軌道誤差、電離層・対流圏遅延などの系統的誤差を相殺して測位精度を向上する測位方式です。ディファレンシャルコード測位方式、RTK-GNSS測位方式は相対測位による測位方式です。ただし、マルチパス等の測位地点のローカルエリアで生じる精度劣化については補正できません。相対測位方式では測位点と基準点の距離(基線長)が大きくなるほど系統的誤差の相殺効果が低下し、測位精度が劣化します。
コード測位(Code-based positioning)
航法(NAV)メッセージデータを使用して測位を行う方式です。GPSの場合には航法メッセージとしてC/A(Coarse/Acquisition)コードが送信されますが、衛星毎に定められた疑似ランダム信号のコードの先頭が時刻の正秒に正確に一致するように送信されます。C/Aコードは1.023Mbit/sで送信されますので1ビット(1チップ)長は約300mであり、計測可能な位相の分解能は高々mのオーダーです。
搬送波位相測位(Carrier-phase positioning)
航法衛星信号の航法(NAV)メッセージデータに加えて搬送波位相情報を使用する精密測位方式です。GPSのL1信号の搬送波(1575.42 MHz)の位相検知の分解能はmmのオーダーで、コード測位と比較して3桁以上向上します。しかし、搬送波はコードとは異なり先頭位置を特定できないため、衛星~アンテナ間の波数をカウントする必要があります。このプロセスは「整数値バイアス」の決定と呼ばれ、波数の収束処理までに数分以上を要するケースがあります。整数値バイアスの収束過程の解をFloat解、決定された解をFix解と呼びます。Fix解ではcm以下の測位精度が実現可能です。
RTK(Real Time Kinematic)
相対測位による搬送波位相測位方式です。リアルタイムでの測位が可能なため、移動体の測位にも使用できます。国土地理院の電子基準点の受信データを使用することによってセンチメータ級の絶対座標の測位精度を実現できます。単独測位による搬送波位相測位方式としてはPPP(Precise Point Positioning:精密単独測位)方式があります。
観測データ
GNSSレシーバが測位演算に使用する疑似距離計測結果、波数計測結果の情報です。Raw data(生データ)とも呼ばれます。
担当部署
ネットワークサービスシステム研究所 ネットワークアーキテクチャプロジェクト