更新日:2025/09/29

GNSS時刻同期精度向上・評価技術NTTネットワークサービスシステム研究所

目次

概要

GPSをはじめとするGNSS(Global Navigation Satellite System)衛星信号に時刻同期する際に、アンテナの周辺に構造物が存在し、開空間が制限される受信環境ではGNSS衛星信号の構造物での反射・回折で生じるマルチパス信号によって時刻同期精度が劣化することが課題になります。本技術はGNSSレシーバにおいて統計的な処理により、受信した衛星信号から適切な衛星信号を選択して時刻同期精度を改善する独自の技術です。また本技術はPTP(Precision Time Protocol)スレーブ機器等時刻同期装置の時刻精度の計測にも活用可能です。

背景・従来課題

構造物によりGNSS信号の受信が遮られる都市部のアーバン・キャニオン環境では開空間が制限されて見通し状態で受信できる可視衛星信号の数が制限されます。さらにGNSS信号がアンテナ周囲の構造物で反射、回折することにより直接波より遅れてアンテナに到達するマルチパス信号(反射波・回折波)を受信します。このマルチパス信号が時刻同期精度に及ぼす影響は可視衛星と不可視衛星では異なります。可視衛星のマルチパス信号は直接波を伴うためGNSSレシーバの相関器(コリレータ)において有効にその影響を低減可能です。一方、不可視衛星のマルチパス信号は直接波を伴わないため疑似距離計測の際に誤差を生じ、時刻同期精度に直接的な影響を及ぼします。GNSSレシーバの受信感度の向上によって天空上に位置する不可視衛星が様々なパスを経由して受信されるケースが多く、特にアーバン・キャニオン環境において時刻同期精度の劣化が顕著となります。

本技術のアドバンテージ

  • GNSS信号を良好に受信できない環境において時刻同期精度・計測精度を改善します。
  • マルチパス信号の影響を低減するために高価かつ特殊な構造のアンテナ(チョークリング・アンテナ等)を導入する必要はありません。
  • 可視衛星数が4機未満の開空間が大きく制限される受信環境でも時刻同期精度を向上することができます。
  • 個々の受信環境に応じてパラメータの設定や最適化を行う必要はありません。
  • 汎用的なGNSSレシーバモジュールの計算処理リソースで動作するアルゴリズムのためコストの増加を生じません。

利用シーン

  • TDD方式のモバイル通信(4G・5G)基地局の時刻同期
  • データの分散処理を行う地理的に離れたデータセンタ間の時刻同期
  • 4K/8K映像放送におけるMMT(MPEG Media Transport)配信
  • 放送局、映像スタジオおよびポストプロダクションの各種編集機器(SMPTE規格対応機器)のクロック同期
  • HFT(High Frequency Trading)のアルゴリズム取引を行う金融関係のトランザクション・サーバ機器の高精度なタイムスタンプ
  • スマートグリッド・電力システムにおける送電ノードの位相同期
  • 時刻同期精度の計測器(PPS(Pulse Per Second)信号/パケットタイムエラー計測器)
  • 震源探知
  • タイムサーバの時刻同期
  • 素粒子物理学等の科学実験

解説図表

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技術解説

本技術はGNSSレシーバにおいて時刻同期を行う際に使用する衛星信号を適切に選択して精度を改善する技術です。統計的な処理に基づく衛星選択アルゴリズム「スマート・サテライト・セレクション」により、受信した全ての航法衛星信号から時刻同期の使用に適した衛星信号をダイナミックに選択します。その際に受信した可視衛星数に依らず、最適な衛星信号を選択する動作を目指すアルゴリズムです。例えば可視衛星が4機以上の場合には確実に可視衛星信号を選択し、4機未満の場合には可視衛星信号に加えて"良質"な不可視衛星信号を最小限、補完的に組み合わせて選択します。ここで"良質"とは受信した信号強度(SN比)が高いことではなく、時刻同期誤差に寄与する度合いが小さいことを意味します。具体的には推定された位置に基づく、衛星からの伝搬遅延の小さい衛星信号を選択するように動作します。従来はSN比や仰角の閾値を設定し、受信した衛星信号を選別する方法が使用されていましたが、必ずしも最適な衛星選択とはならず、また、選別後の衛星数が4機未満となる場合には衛星信号への時刻同期がとれなくなるといった課題がありました。本技術ではそのような問題を生じることなく、あらゆる受信環境において時刻同期精度の向上を実現します。

用語解説

TDD(Time Division Duplex:時分割複信)方式
モバイル通信方式のうち端末から基地局に向かう上り方向通信の信号と基地局から端末に向かう下り方向通信の信号を時間軸上で多重する方式です。限られた周波数リソースを有効に利用できる点がメリットですが、上り・下り信号間の干渉を防ぐために基地局(セル)間で信号の送信タイミングを高精度に同期する必要があります。TD-LTE(Time Division duplex Long Term Evolution)方式はTDD方式のモバイル通信方式の一つです。一方、上り・下り方向の信号を周波数軸上で多重するモバイル通信方式はFDD(Frequency Division Duplex)方式と呼ばれます。
TD-LTE(Time Division duplex Long Term Evolution)
TDD方式のLTE(Long Term Evolution)モバイル通信方式です。国内では3.4GHz帯でNTTドコモ等によりTD-LTE方式によるモバイル通信サービスが提供されている他、TD-LTE方式と互換性のあるAXGP(Advanced eXtended Global Platform)方式およびWiMAX2+方式によるサービスが提供されています。
航法衛星システム
複数の衛星の信号を地上で受信し、時刻同期や測位をするための衛星システムです。
アーバン・キャニオン(urban canyon)環境
都市部において高層建造物により衛星信号を直接波として受信可能な開空間が制限される受信環境を指します。可視衛星数が減少するのに加え、周辺の建造物で反射・回折したマルチパス信号を受信する可能性の高い受信環境です。
可視衛星(visible satellite)
開空間に位置し、見通し状態で直接波として受信可能な衛星を意味します。LOS(Line Of Sight)衛星とも呼ばれます。
不可視衛星(invisible satellite)
天空上に位置する可視衛星以外の衛星、すなわち障害物に信号が遮蔽されて直接波としては受信できない衛星を意味します。NLOS(Non Line Of Sight)衛星とも呼ばれます。
GNSS( Global Navigation Satellite System)
地球全体で利用可能な航法衛星システム(navigation satellite system)の総称で「全地球的航法衛星システム」、「全世界航法衛星システム」または「汎地球航法衛星システム」と訳されます。GPS、ロシアのGLONASS、EUのGalileo、中国のBeiDouが該当します。
GPS(Global Positioning System)
米国国防総省(DoD:Department of Defense)、運輸省が運用する全地球航法衛星システムです。約2万km上空を周回する6つの軌道面に各4機の計24機と軌道上の予備機をあわせた約30機の衛星で構成されます。GPS は当初、軍事利用目的で開発されたシステムであり、民生用の信号はSA(Selective Availability)によって故意に精度が落とされていましたが2000年にSAが解除されて大幅に精度が改善しました。GPSは現在世界中で最も普及している航法衛星システムです。
GPS(GNSS)測位
GPS(GNSS)衛星から送信される航法メッセージ(Navigational Message)信号から衛星の軌道(位置)および時刻を読み取って受信地点の位置座標を特定する測位方法です。3次元座標と衛星と受信機の時刻差という4つのパラメータを特定するために4機以上の衛星信号を同時に受信する必要があります。
GPS(GNSS)時刻同期
GPS(GNSS)測位で得られる3次元座標から衛星との距離を算出し、衛星から送信される時刻から伝搬遅延時間を補正し衛星に時刻同期する方法です。GPS(GNSS)衛星は原子時計を搭載し、さらに地上の管制システムにより算出された時刻の補正データが送信されるため、地上の任意の受信地点でUTC(Coordinated Universal Time:協定世界時)に対して±100ns以下の極めて高い精度の時刻情報を得ることができます。
疑似距離(Pseudo Range)
航法衛星から信号が送信された時刻と受信機が航法衛星信号を受信した時刻の差に光速を乗算した距離のことです。一般的に衛星の時計と受信機の時計にはオフセットが存在するためこのように呼ばれます。
PTP(Precision Time Protocol)
パケット網を経由して時刻情報を高精度に配信/時刻同期するためのプロトコルです。インターネットやイントラネットで幅広く使用されているNTP(Network Time Protocol)と比較してマスター・スレーブのノード間でやりとりする同期(Sync)メッセージの通信頻度が高く、さらにハードウェア・タイムスタンプを前提としているため3桁以上の高い同期精度を実現できます。IEEE1588v2によって標準化されています。
SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)
米国映画テレビ技術者協会の略称で映画・テレビに関連した法人、団体、個人で構成され映像技術全般の標準規格の策定を行っています。PTP(IEEE1588v2)をベースとしたネットワーク同期方式の規格としてSMPTE ST 2059があります。本規格に準拠した放送および業務用のAV機器のタイミング、クロック信号はイーサネットベースのネットワークを経由して互いに同期できます。
HFT(High Frequency Trading)
高頻度取引と訳される高度化された金融取引の手法です。アルゴリズムにより自動的に売買取引を行い、そのトランザクションの処理速度は近年におけるサーバの処理能力の向上に伴いサブマイクロ秒のオーダーにも達しています。アルゴリズムの評価や約定記録のために高精度なタイムスタンプが必要になります。

担当部署

ネットワークサービスシステム研究所 ネットワークアーキテクチャプロジェクト

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