更新日:2024/05/10
大規模データセンタネットワークのスケーラビリティ向上において、従来の実用レベルの4倍以上となる1ファイバ当り1.6Tbit/s光信号の10km伝送を実現する必要があります。本稿では、NTTが開発した送受信回路による波形歪みへの耐性に優れるデジタル信号処理技術、超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュール、NTT研究所内に敷設されたマルチコアファイバケーブルを用いて400Gbit/sの光強度変調信号を4並列に空間分割多重伝送した、現場環境光伝送実験を紹介します。
谷口 寛樹(たにぐち ひろき)†1/濱岡 福太郎(はまおか ふくたろう)†1
芝原 光樹(しばはら こうき)†1/森 崇嘉(もり たかよし)†2
菊池 雅(きくち まさし)†2/徐 照男(じょ てるお)†3
NTT未来ねっと研究所†1
NTTアクセスサービスシステム研究所†2
NTT先端集積デバイス研究所†3
映像データ流通の爆発的な増加やクラウドサービスの拡大、5G(第5世代移動通信システム)サービスの普及などにより、通信トラフィックは今後も増え続けることが予測されています。これに伴い、多数のユーザからのデータセンタへの膨大なアクセスにより、データセンタ内およびデータセンタ間におけるトラフィックの増大が見込まれます。
データセンタネットワークではデータ信号の伝送方式としてイーサネット規格が適用されており、IEEE802.3規格として400Gbit/sまでの標準化が完了しています。また、次期標準化規格として800Gbit/sおよび1.6Tbit/sのイーサネット規格の議論が開始されています(1)。図1には標準化が完了したイーサネット規格(緑色)と次期標準化予定のイーサネット規格(黒色)の具体的な構成を示しています。多くのイーサネット規格ではマルチレーン分配方式により並列伝送を行い、イーサネットの高速化を実現しています。例えば400Gbit/sのイーサネット信号の伝送では、1レーン当り100Gbit/sの信号を4つ並列に伝送します。並列化の方法として、複数波長を用いる波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing*1)方式、または複数の光ファイバを用いる(PSM:Parallel Single Mode Fiber*2)方式が用いられます。現在議論されている1.6Tbit/sのイーサネット規格は、200Gbit/sの信号を8レーンのPSMで多重化する構成です。
データセンタネットワークのトラフィック増大に伴い、イーサネットスイッチの設置数、スイッチング容量やイーサネットモジュールを接続するポート数の莫大な増加は不可避となります。そのため、将来の大規模データセンタネットワークには経済的な1.6Tbit/sの大容量イーサネットモジュールによるポート当りの大容量化、敷設数の削減が求められており、これを実現するためには、1レーン当り400Gbit/sへ高速化し、1つのファイバかつ少ないレーン数(4レーン)で並列伝送する必要があります。また、簡易な送受信機構成でイーサネットのデータ信号を伝送する強度変調直接検波(IM-DD:Intensity Modulation and Direct Detection*3)方式を用いることが経済化の有効な手段となります。さらに、イーサネットでは伝送距離として2km、10km、および40kmごとに規格が定められていますが、将来の大規模データセンタネットワークにおいては、データセンタ内およびデータセンタ間のイーサネット接続を広くサポートする10kmの伝送距離が重要となります。最新のイーサネット標準規格では、1レーン当り100Gbit/sの信号を、シンボルレート*4約53GBaudで4値のパルス振幅変調(PAM:Pulse Amplitude Modulation)*5方式(PAM4)を用いて、IM-DD方式で実現しています。これを従来と同じPAM4を用いて1レーン当り400Gbit/sに高速化するためには、信号のシンボルレートを200GBaud以上に高速化する必要があります。このような超高速信号を高品質に送信するには、光送受信機内の電気の増幅器(光変調器駆動用のドライバアンプ)の広帯域化が必要となります。また、信号の高速化に伴い、光送受信機内で歪んだ信号を、受信側で極めて高精度に補償するデジタル信号処理技術も必要であり、従来技術で1レーン当り400Gbit/sの信号を送受信することは困難でした。さらに、このような超高速信号では、光ファイバ伝送路で生じる波形歪みの影響がシンボルレート(変調速度)の2乗に比例して極めて顕著に現れ、信号品質が著しく劣化します。そのため、既存の光ファイバ1本に従来方式(WDM方式)のように4つの異なる波長を多重した場合、ゼロ分散波長から離れた波長チャネルの仕様が必須であり、その波長チャネルの10km伝送を実現することは困難でした。
図2にイーサネット標準の波長帯域(O帯)におけるIM-DD信号伝送の研究結果をまとめています(2)(3)(4)(5)(6)。図2(a)には、1レーン当り100Gbit/s以上の伝送速度の実証結果、図2(b)には、1ファイバ当り0.1Tbit/s以上の総容量の伝送実験の結果を示しています。1レーン当りの伝送速度が比較的高速な(最大400Gbit/s(3))伝送実験は波長分散*6の影響が大きいため単一レーンで実施されています(2)(3)(図2(a))。一方、複数のレーンを使用することで、レーン当りの伝送速度が比較的低速でも、単一レーンで報告されている伝送容量を上回る伝送容量が得られることが実証されています(4)(5)(図2(b))。また、多重するレーン数が非常に多い(16以上)伝送の報告では、O帯においても波長分散の影響が懸念されるため、WDM方式で使用する波長範囲が広がりすぎないように空間分割多重(SDM:Space Division Multiplexing)*7方式を組み合わせています(5)。
上記のような複数レーンで構成される光送受信機において、レーン数の増大は構成デバイス数の増加、送受信機の高価格化に直結します。そのため、大容量イーサネットモジュールの経済的な実現には、波長分散耐力の低い高速光信号を複数レーンで多重化し、必要となるレーン数を削減することが重要となります。
そこで本実験では、NTT独自の超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと、超高精度なデジタル信号処理技術により、1レーン当り400Gbit/sを超えるIM-DD光信号の送受信を実現すると同時に(図2(a))、マルチコアファイバを用いた空間分割多重伝送技術による波長分散マネジメントを行うことで、4レーンという比較的少ないレーン数で1ファイバ当り1.6Tbit/sの超高速IM-DD信号の10km伝送実験を実証しました(6)(図1赤色および図2(b))。
これまでNTTで研究開発を進めてきたInP系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP-HBT)技術*8による110GHzまでの周波数に対応する超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュール(7)(8)*9を、光送信回路内の光変調器駆動用ドライバアンプとして適用しました。また、従来のPAM4方式よりシンボル速度を3分の2倍に低減できるPAM8方式を新たに適用することで、1レーン当り400Gbit/sの超高速IM-DD信号(155GBaud PAM8)の安定な光信号生成を可能としました(図3①)。受信側では、NTT独自のデジタル信号処理技術により、非線形最尤系列推定(6)*10を用いてデジタル信号処理で光送受信機内および伝送路で歪んだ信号を高精度に模擬します。この模擬信号と受信信号とを比較することにより、受信信号のビット誤り率を大幅に低減し、1レーン当り400Gbit/sの超高速PAM8信号の高品質な受信を可能としました(図3②)。
NTTで開発したInP-HBT技術による超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと非線形最尤系列推定により、1レーン当り400Gbit/sの超高速IM-DD信号の送受信が可能となりました。これを1.6Tbit/sの信号とするためには、400Gbit/sの超高速IM-DD信号を4並列に伝送する必要があります。光ファイバ伝送路中では、波長分散等による信号波形歪みが生じ、高速な信号ほどその影響が顕著に現れます。
1レーン当り400Gbit/sの超高速・高多値(155GBaud PAM8)信号を既存の光ファイバ1本で従来のデータセンタネットワークで用いられるWDM方式により4並列10km伝送を実現するには、シビアな分散マネジメント、すなわち具体的な波長分散量の検証が必要となります。そこで考慮しなければならない具体的な分散量の範囲は、想定するシステムが従来のイーサネット規格を踏襲すると仮定した場合、従来のイーサネット規格で定められている波長チャネルの波長範囲と、スタンダードシングルモードファイバ(SSMF)のゼロ分散波長の範囲、および分散スロープから求めることができます(9)。ゼロ分散波長からもっとも離れた波長チャネルが、ゼロ分散波長から離れれば離れるほど波長分散の影響をより顕著に受けるため、波長分散の影響を抑えるということのみを考慮した場合、各波長チャネルの波長間隔は狭いほど良いと考えられます。そして、これまでのイーサネット規格で定められた波長チャネルでもっとも波長間隔が狭いものは、周波数間隔が800GHz間隔のLAN-WDMになります。求める波長分散はLAN-WDMの波長範囲(1294.5~1310.2nm)を考慮します。上記の前提の下、2kmと10kmの伝送における波長分散は図4の赤色の領域に示されるように、それぞれ−5.7~1.9ps/nmと−28.1~9.3ps/nmと求まります。そして、次期イーサネット標準化予定の200Gbit/s(106GBaud PAM4)がWDM方式で4レーン多重し、10kmの伝送が可能であると仮定した場合、ボーレートと変調フォーマットの違いを考慮することで、400Gbit/s(155GBaud PAM8)伝送時の波長分散量の許容範囲が求まり、図4の緑色の領域に示されます(−5.6~5.6ps/nm)。これらのことから、2km伝送ではゼロ分散波長が最長となる波長分散特性のファイバを除けば、LAN-WDMによる4並列の1.6Tbit/s信号の伝送が可能ですが(図4(a))、10km伝送では考慮しなければならない波長分散量の範囲が非常に広く、400Gbit/s許容波長分散量の範囲を大きく超えてしまうため、WDM方式による並列化は現実的ではないことが分かります(図4(b))。さらに、ゼロ分散波長付近で等間隔に波長チャネルを並べる場合、その波長チャネルの間隔が狭くなるほど非線形光学効果による、レーン間クロストークが大きくなってしまう課題も懸念されます。
そこで本実験では、マルチコアファイバを用いた空間分割多重方式を採用することにより、これらの課題を解決しました。具体的には、各コアに1波長を割り当てることで、4コアの各コアに波長分散の影響を受けにくい波長に設定し、非線形光学効果の発生を抑制することを可能としました(図5)。さらに、光信号形式を従来の4値(PAM4)から8値(PAM8)に高度化することでシンボル速度を3分の2倍に低減し、併せて非線形最尤系列推定信号処理を適用することで、波長分散等による信号波形歪みを大幅に低減しました。
本実験では図3で示した送受信機を1つずつ使用し、送信機から出力された光信号を4分岐することで400Gbit/s信号を4並列化しました。4並列化された信号はすべて同じランダムなシンボル系列で変調されているため、実際の導入環境と同様にレーン間クロストークが伝送性能劣化要因として働くようにマルチコアファイバの各コアへ入射される前に長さの異なるファイバに接続され、シンボル系列が各コア、各レーンで時間的にずらされています。
また、本実験で用いたマルチコアファイバは、NTT研究所内の往復1kmの地下設備に4コアファイバケーブルを敷設し、10往復で融着された状態にすることで、実際の10kmケーブル敷設環境を模擬しています(10)(図5)。本4コアファイバは、既存のファイバと同じクラッド外径(125µm)*11を採用し、各コアは既存のファイバと同じ簡易なステップインデックス型の屈折率構造としているため、一般的に長距離伝送で用いられる1.5µm波長帯域(C帯)においてコア間クロストークが課題となりますが、量産化に適した構造としています。各コアの光学的な特性は、現在の光ファイバの国際規格と同等の光学特性を有し、個別のファイバを用いたPSM方式に比べて各コアの特性ばらつきを低減できました。そのため、各コアのゼロ分散波長は±0.33nm以内にそろっており、送信機における光源波長を同一にでき、4並列構成において光源を1つに抑えることができました(図6(a))。さらに、10km伝送時における各コア間のクロストーク(隣接コアからの光の漏れ込み量)は、IM-DD方式が用いられるイーサネット標準の1.3µm波長帯域(O帯)において、1.5µm波長帯域(C帯)と比較して約1000分の1であり、光信号伝送に全く影響が出ないレベルに低減できました(図6(b))。したがって、標準クラッド外径、ステップインデックス型のマルチコアファイバを使用し、O帯の光信号を1コアに1レーン伝送するという本実験の構成は、これまで紹介した波長分散や非線形光学効果、コア間クロストークの課題を直接的に解決することができ、かつ経済的に実現できるため、敷設数が非常に多くなるデータセンタネットワークとの親和性が高いといえます。
結果、1レーン当り400Gbit/sの超高速信号を、フィールド敷設マルチコアファイバを用いて4並列に空間分割多重伝送し、PAM8方式に非線形最尤系列推定を適用してビット誤り率を低減することにより、1ファイバ当り1.6Tbit/sを超える超高速IM-DD信号の10kmにわたる現場環境光伝送実験に成功しました(図7)。
本技術を用いることで、従来の実用レベルの4倍以上となる大容量化を実現し、将来の大規模データセンタネットワークで利用される1ファイバ当り1.6Tbit/sを超えるイーサネット信号を高信頼に伝送することが期待されます。
本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究「高度通信・放送研究開発委託研究(採択番号20301)」により得られたものです。
IOWN/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークの実現に向けて、独自のデバイス技術、デジタル信号処理技術、光伝送技術の融合を深化させ、研究開発を進めていきます。