更新日:2023/12/07
スマートワールドの実現に向け、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想では超大容量、超低遅延、超低消費電力を実現する次世代コミュニケーション基盤をめざしています。IOWN Global Forumは、グローバルなメンバ企業と共同でIOWNの技術アーキテクチャおよびユースケースを策定し、PoC(Proof of Concept)、実装検証を進めてきました。本稿では、IOWN Global Forumの最新の活動状況およびその成果であるPoCリファレンス文書、リファレンス実装モデル文書について紹介します。
田島 佳武(たじま よしたけ)/荒金 陽助(あらがね ようすけ)
NTT研究企画部門
NTTは、2019年5月に、サステナブルで豊かなスマートワールドの実現に向けて現在の限界を打破し、超大容量、超低遅延、超低消費電力なインフラを実現するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を提唱し、2030年までに電力効率を100倍、伝送容量を125倍、エンド・エンドの低遅延性能を200倍にする目標を掲げて研究開発を進めています。しかし、これには情報処理、コミュニケーション、ネットワーク基盤の大きな転換が必要となり、多くの革新的な技術を創造し、組み合わせることが必要となるため、NTTグループのみで実現できることではありません。そこで、2020年1月に、インテルコーポレーション、ソニー株式会社、NTTの3社で、コミュニケーションの未来をめざした国際的な非営利団体「IOWN Global Forum」を設立しました。それからまもなく4年となろうとしています。IOWN Global Forumは、上記の目標に向けて、革新的な技術フレームワーク、技術仕様、リファレンスアーキテクチャの開発等を進め、新たなコミュニケーション基盤、IOWNの実現を推進してきました。図1にIOWN全体の技術構成を示します(1)。まずネットワークとして、確定的な転送レート、遅延での通信を可能とするOpen All-Photonic Network(Open APN)を構成しています。そのうえに、「Data Centric Infrastructure (DCI)」という、データの転送とアクセラレータでの処理を効率的に行うアーキテクチャを策定しています。遠隔に離れた2つのDCIがAPNを活用して高速低遅延にデータを転送し、複数の分散されたデータセンタ をAPN で結合し、仮想的に1つの大きなデータセンタとすることも可能にします。さらにこれを活用し、分散アーキテクチャのデータベース・ストレージをクラスタ内で分散させながら、スケーラブルで高可用なデータベース・ストレージを実現する「IOWN Data Hub (IDH)」を策定しています。そのうえで、さまざまなユースケースを実現していき、現実世界のさまざまな対象をデジタル化したデジタルツインを、それぞれ連携させたデジタルツインコンピューティングを実現し、現実世界へとフィードバックすることでスマートな世界を創出します。
IOWN Global Forumの活動の特徴は、実現すべきスマートな世界を、より具体的に描き、具体的に実現していくために、テクノロジの検討だけでなくユースケースの検討にも取り組んでいることです。そのため、Use CaseとTechnologyの2つのWorking Group(WG)を設置しています(図2)。Use Case WGではスマートな世界のビジョンに沿ったアプリケーションの具体化、潜在的なビジネス影響の推定、技術要件を議論し、Technology WGでは、テクニカルソリューションとして、リファレンスアーキテクチャ、プロトコル、インタフェース、仕様を議論し、両者が相互に連携して活動しています(図3)。
IOWN Global Forumは、これまで約1年半ごとの期間を1つのフェーズとしてロードマップを策定し、活動してきました。最初のフェーズ1(2022年1月まで)は、"Direction and Plan Definition"として、ビジョンの策定、主なユースケースの策定、技術的な基礎フレームワークと検討課題の策定等を行いました。次のフェーズ2(2023年7月まで)は、"Acceleration toward Vision 2030/Use Case realization"として、ビジョン、ユースケース、アーキテクチャのアップデートを行うとともに、技術仕様の策定、実装モデルリファレンスの策定、PoC(Proof of Concept)活動を行ってきました。現在、フェーズ3"Preparation of Real World Deployment and Business Impact"として、IOWN実現に向けた取り組みを加速させようとしています(図4)。
本稿では、最近のIOWN Global Forumの主な取り組みとしてフェーズ2の成果と、組織や活動の状況、今後に向けた取り組みなどを紹介します。
フェーズ1では、主要な技術要素として、Open APN、DCI、IDH等のアーキテクチャの検討を行い、6つの技術文書を2022年1月に発表しました。
フェーズ2の主な取り組みは、フェーズ1成果のアーキテクチャをベースとして、実装を具体化し、PoCを進めることです。PoC活動を促進し、技術的実証だけでなく市場への展開と関係者の連携を推進するために、各技術テーマにおいてリファレンスとなるユースケースや、主要技術に求められる特徴や評価観点等をまとめたPoCリファレンス文書をまとめ、2022年11月までに以下の7件について発表しました(図5)。
①Open APN Architecture PoC Reference
②RDMA over Open APN PoC Reference
③Data-centric-infrastructure-as-a-service PoC Reference
④Mobile Fronthaul over APN PoC Reference
⑤IOWN Data Hub PoC Reference
⑥Fiber Sensing Crosstalk Study for Open APN PoC Reference
⑦PoC Reference:Reference Implementation Model for the Area Management Security Use Case
ここでは、本特集の各記事で解説する主なPoCリファレンス文書を紹介します。
Open APN Architectureは、確定的な転送レート、遅延での通信を可能とするAPNをマルチベンダで構築するためのオープンアーキテクチャです。①のPoCリファレンスでは、動的な光パス設計やオープンインタフェース、マルチベンダ環境のサポート等について示されています。
また、④Mobile Fronthaul over APN PoCリファレンスでは、Open APNをモバイルフロントホールに適用し、モバイルネットワーク事業者がOpen APNを具体的に活用できるようインタフェースの要件や動的パス切り替え等について示されています。
次に、IDHは、厳しい要件を満たすために階層的に分散させたデータベース・ストレージのアーキテクチャです。⑤のPoCリファレンスでは、IDHを適用するスマートファクトリー、スマートグリッド、メタバースのシナリオを示し、実装の構成と評価等について示しています。
さらに、DCIは、アクセラレータ等のデータ処理モジュールにネットワークインタフェースを備え、データ転送を効率化するアーキテクチャです。遠隔に離れた2つのDCIがAPNを活用して高速低遅延にデータを転送することを可能とし、複数のDCIがIT リソースを共有することが可能となります。③のPoCリファレンスでは、エリアマネジメント、VRAN、ディスアグリゲートされたIDH等のユースケースを示し、PoCの実装と評価について示しています。
また、有望なユースケースについては、リファレンス実装モデル (Reference Implementation Model:RIM)を策定しています。ユースケースごとの特性に配慮しながらフルスタックでエンジニアリングすることが重要であり、全体の実装のベストプラクティスを示しています。現時点で、以下の3件を発表しています。
①RIM for the Interactive Live Music Entertainment Use Case
②RIM for the Area Management Security Use Case
③RIM for the Remote-Controlled Robotic Inspection Use Case
Interactive Live Music Entertainmentは、AI-Integrated Communicationの1つとして示されているユースケースで、アーティストのリアルタイムな演奏をボリュメトリックビデオやオーディオで配信し、聴衆の反応をバーチャル空間に反映するユースケースです。①のRIM文書では、これらのユースケースで構成要素となるデバイスの技術仕様やシステムの機能要件等を示して、全体構成の実装のガイドラインを示しています。
また、Area Management Securityは、Cyber-Physical Systemの1つとして示されているユースケースで、Open APN、DCI、IDH等を適用し、都市のエリアや施設において多数のカメラを導入して、防犯、安全確保を実現するユースケースです。②のRIM文書では、実装構成におけるカメラ映像等のデータフローとワークロードの分析を示し、各技術の適用時の構成と効果について示しています。
さらに、Remote-Controlled Robotic Inspectionは、石油化学工場における生産工程等、工場の遠隔制御に関するユースケースです。③のRIM文書では、取得されるデータと遠隔制御の要件やデータフローの分析を示し、実装構成と効果について示しています。
このように、これらのIOWN構成技術ごとのPoCリファレンス文書に基づき、具体的なユースケースのPoCにおける実装モデルにおいて要件の分析や効果等がリファレンスとして検討され、発表されており、それらをベースとして実際のPoC検証が進められています。今後は、具体的なPoCにおける成果レポート発表が予定されています。
発起人3社(インテル、ソニー、NTT)で2020年1月に設立したIOWN Global Forumですが、2021年1月時点で39社、2022年1月時点で88社と、メンバ数を急速に拡大しながら活動を続けてきました。その後さらに多くのメンバが加入し、2023年9月時点でメンバ数は130を超える組織となっています。ほぼ毎月、複数の新しいメンバが加入している状況です(図6)。
ユースケース検討と技術検討が連携する活動の特徴を反映し、IOWN Global Forumの技術を検討開発するメンバだけでなくその技術を利用するメンバも数多く参加しています。また企業メンバだけでなく、研究機関、大学・学術機関も参画しています。また自治体からの参画もあり、最近は世界の主要都市からの関心も寄せていただいている状況です(2)。
IOWN Global Forumは設立当初より新型コロナウイルス感染(コロナ)拡大が直撃し、オンラインベースで活動が進められてきました。しかし、2022年後半に、世界的にコロナが減少となり社会活動が回復してきたことを受け、IOWN Global Forumの会議運営も完全オンラインの活動からハイブリッド型の活動へ徐々にシフトしました。2022年10月には初の現地メンバ会合となる第5回メンバ会合を米国・ニューヨークで、ハイブリッド形式で開催し、各国44のメンバ団体から、136名が現地参加、300名以上がオンライン参加しました。
また、日本のコロナ第8波ピークを過ぎた2023年4月には、初の現地年次メンバ会合となる第3回年次メンバ会合を日本・大阪で開催しました。各国から78メンバ団体、400名以上の参加者が大阪に集まるとともに、オンライン参加者も含めたハイブリッド会議の形式で開催されました。ビジョンのアップデート、ユースケース議論や技術検討等、活発な議論が行われました。
さらに2023年9月には、第6回メンバ会合をドイツ・ミュンヘンで開催しました(3)。初めてのヨーロッパ開催となり、各国から89メンバ団体、400名以上(現地190名)のメンバが参加しました(図7)。すべての会議がハイブリッド形式で運営され、現地での密な議論に加えて、多くのオンライン参加者も会議に参加することができました。フェーズ3の取り組みに向けて会合前に出されたCall for Proposal(CFP)には34件もの提案が提出され、ミュンヘン会合にて、各カテゴリに分かれてブレークアウトワークショップを編成して、これら提案に対し大変活発な技術議論が行われました。また、重要な価値と技術進化のロードマップを示したリファレンス文書を正式リリースしました(4)。価値として、全体的アプローチ、実装主導、システムレベルのソリューション重視等を示し、また、ネットワークおよびコンピューティングの進化のロードマップを示しています。また、初めてのRecognized PoC Reportとして、"An Implementation of Heterogeneous and Disaggregated Computing for DCI as a Service"が承認されました。今後さらにIOWN技術の価値や性能の実証を示すPoCの報告が発表されていくことが期待されています。
Use Case WG、Technology WG と並行して、IOWN Global ForumのLiaison WGは、他の技術団体、標準化団体との連携を推進しています(5)。連携団体とさまざまな情報交換を行い、共同の仕様検討を進め、IOWN Global Forumの技術が標準化されるよう取り組みます。現在、ITU-R、ITU-T、The Linux Foundation、Open ROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer)等の団体と連携しており、今後も連携団体を拡大していく予定です。
またIOWN Global Forumでは、マーケティングの一環として対外的活動にも活発に取り組んでいます。各メンバ企業が開催するイベントに協力して講演発表、デモ出展していくだけではなく、情報通信業界の関連イベントや学術会議に参加して講演発表、展示等を行っています。
2023年は、2月にスペイン・バルセロナで開催されたMobile World Congress(MWC)における各社との共同展示や、3月に米国・サンディエゴで開催されたOFC Conference、6月にイタリア・ローマで開催されたIEEE ICC等における講演を実施しました。また、2023年6月には、日本・千葉で開催されたInterop Tokyo 2023において、NTTブース内で、Open APNを用いた超低遅延のデモとして、ロボット遠隔制御や遠隔GPUを用いたVR(Virtual Reality)卓球アプリケーションを展示しました。
今後、IOWN Global Forumでは、フェーズ3"Preparation of Real World Deployment and Business Impact"において、IOWN実現に向けたさらなる技術展開、組織・活動の拡大とビジネス化をめざし、さらに具体的なユースケースにおけるPoC・技術評価を進めて、PoC成果レポートを発表していく予定です。また、技術仕様文書を策定するとともに他団体との連携を深め、標準化に向けた取り組みを進めます。また、数多くのユーザ企業それぞれが、それぞれのビジネスにIOWNを活用できるよう、各国・地域に合わせた検討加速を図るため、ローカルイベント・セミナーの開催等、メンバへのサポートも拡大しながら、IOWN実現を進めていく予定です。
IOWN Global Forumの活動は、PoCからIOWN実現に向けた取り組みを加速させようとしています。さまざまなユースケースへの適用とビジネス化にご期待いただきたく、また、皆様と一緒に実現と展開に向けて取り組んでいきたいです。