更新日:2023/09/08
世界の最先端を行くNTTの複合酸化物薄膜作製技術を、新たに開拓した原料の逐次供給技術と組み合わせることで、分子層の厚みを持つ異なる物質を交互に積み重ねた人工物質の作製を行うことができるようになり、新しい超伝導体の発見につながりました。また薄膜作製技術とプロセスインフォマティクス技術との融合により、すでに知られていた酸化物の世界最高品質の薄膜を効率的につくることができるようになり、これまで実証されていなかった新しい物性の観測につながりました。新物質の探索・創製とその物性解明をテーマに研究に取り組むNTT物性科学基礎研究所 山本秀樹上席特別研究員に新物質・新発見と、環境・エネルギー関連で期待のかかる超伝導体への思い、そしてチームワークをベースとした研究者としての姿勢・考え方を伺いました。
私は新物質の探索・創製とその物性解明をテーマの軸として研究を進めています。前回の本欄登場から約3年の間、私たちの研究チームでは、①人工超格子構造作製による新銅酸化物超伝導体の発見、②先駆的・効率的な高品質薄膜作製手法の開拓、③超高品質SrRuO3薄膜を用いた磁性ワイル半金属状態の実証等の研究成果を挙げてきました。
まず、①について説明します。「超伝導」は、ある条件の下で物質内の電気抵抗がなくなり、発熱等の損失がなく電流が流れ続ける現象で、そのような性質を示す物質を超伝導体と呼びます。私たちは、新製法でこれまで知られていなかった超伝導体を創製しました(新超伝導体の発見)。超伝導の発現には、物質を極低温まで冷やす必要がありましたが、最近では、水素化物でマイナス25度くらい(超伝導転移温度Tc ≈ -25℃)と、超伝導発現温度が室温に近づいた物質も発見されており、室温で超伝導を発現する未発見物質の存在が示唆されます。ただし、Tc ≈ -25 ℃の水素化物は、物質そのものが200万気圧程度の超高圧下でしか安定的に存在しません(常圧では壊れてしまう)。この水素化物の次にTcが高い物質群に、銅酸化物超伝導体があります。Tcの最高値は-130℃程度ですので、より低温にする必要がありますが、常圧下で超伝導を発現するという利点があります。究極の目標である常圧下・室温で超伝導を発現する物質の発見に向けて、「高圧下で高いTcを示す水素化物をベースに常圧下で安定化できそうな物質を探索する」「常圧下で比較的高いTcを示す銅酸化物をベースにTcが高そうな(Tcを上げられそうな)物質を探索する」の2つのアプローチがあり得ますが、私たちの人工超格子構造作製は、後者になります。
銅酸化物超伝導体の結晶構造は超伝導発現層と電荷貯留層が規則的に積み重なった自然超格子構造になっています。そのため、古くから、薄膜作製手法を用いて超伝導発現層と電荷貯留層とを交互に積み上げ人工超格子構造を作製する、ボトムアップ型の物質創製が有望視されてきました。しかし、結晶構造が複雑で、それぞれの層が大きく異なる結晶構造を持つことから、長らく固相反応(粉混ぜ+焼成)による自然超格子構造作製というトップダウン型の物質創製に頼らざるを得ませんでした。私たちの酸化物薄膜作製技術は、近年のさらなる技術開発(図1)とも相まって、その困難な人工超格子作製を可能にするレベルまで成熟しましたので、超伝導発現層としてIL*-CaCuO2という化合物、電荷貯留層として別の酸化物を組み合わせた人工超格子の設計・作製に挑みました。ここで、IL−CaCuO2は単独では、エピタキシャル薄膜等の限られた環境でのみ結晶構造を安定化できる物質であるため、組み合わせる相手の物質には、IL-CaCuO2とほぼ同じ反応温度、酸化力などの作製条件で成膜でき、さらに格子定数がほぼ一致するといった制約が課されます。試行錯誤の結果、このような制約をクリアする物質としてCa2Fe2O5という物質に辿り着き、設計した超格子の作製と超伝導の発現を達成できました。
さらに、原子レベルの分解能を持つ超高分解能走査透過電子顕微鏡(STEM)と、顕微鏡で見えている原子の像が何の元素かを見分ける元素弁別能を持つ電子エネルギー損失分光装置(EELS)により原子レベルで結晶性の評価が可能となりました。この原子配列の可視化技術は、結晶構造が異なる物質どうしで超格子を作製する条件を最適化するうえで大きな力となりました。
今回新たに合成・発見した、人工超格子の銅酸化物高温超伝導体[(CaCuO2)n/(Ca2Fe2O5)m]NのTcは-223℃以下であり、これ自体は銅酸化物の最高記録に及びませんが、全く結晶構造が異なる2つの層をボトムアップ的に積み重ねていく方法で新超伝導体を作製できることを実証できました。IL-CaCuO2と組み合わせる相手の物質を変えて人工超格子を作製していくことで、さらにTcが高い物質を創製できる可能性が示されています。また、超格子構造中で超伝導を担うIL-CaCuO2層は、それ単独では超伝導を発現しないという謎があったのですが、今回の研究を通じて、超格子中に埋め込むことでIL-CaCuO2層が超伝導を発現するメカニズムを明らかにすることができました。それは、IL-CaCuO2層単独では、図2左のように、結晶配列のズレが発生する(伝導面であるCuO2面が分断されてしまう)のに対し、超格子中に埋め込んだ場合には、図2右のようにこの伝導面の分断が生じないことです。
こうした成果は、研究チームの池田主任研究員、Krockenberger主任研究員が中心となって創出されました。4報の論文(1)(2)(3)(4)として出版されているほか、2021年に開催された国際会議での招待講演、また2023年11月と12月に開催される2つの国際会議での招待講演につながっています。さらに、池田主任研究員が、第50回(2021年春季)応用物理学会講演奨励賞、第14回応用物理学会超伝導分科会研究奨励賞(2023年3月)を受賞しており、研究を外部からも高く評価していただいています。今後は、超伝導転移温度の高温化をめざして、1超格子セルに含まれるIL-CaCuO2層の層数を変化させたり、高いTcを示す物質の電荷貯留層の種類に関する経験則を活用したりすることで、物質設計指針を明らかにしていきたいと考えています。
また、そのような営みを通じて、銅酸化物での超伝導発現機構を解明することに取り組んでいくつもりです。IL-CaCuO2に代表される無限層構造物質の研究をはじめ、私たちは、銅酸化物超伝導体での超伝導発現機構解明のカギを握る「電子相図」が、超伝導発現面であるCuO2面の完全性の影響を強く受けていることを主張してきました(5)。これまで私たちが対象としてきた物質とは少し異なる銅酸化物ですが、ごく最近、他の研究グループからも類似の主張がなされており(6)、超伝導発現機構の解明という面からも興味が尽きません。


新しい物質や素材は、ビーカーやフラスコの中での反応、酸化物の場合は、原料粉を混ぜて炉で焼成する固相反応で、バルク物質を合成することにより行われるのが一般的です。これに対しNTTでは、真空中で原料を供給して反応させる薄膜作製法により新物質を創製すべく、①高速に加速した電子を原料に衝突させて加熱することで蒸発に2000℃以上への加熱を必要とする高融点元素でも供給できる技術、②電子衝撃発光分光法(EIES)を利用することで複数の元素の蒸着レートを高精度・リアルタイムに制御し安定に供給する技術、③オゾンや原子酸素を利用して超高真空中で酸化を行う技術を備え、高制御性・高再現性を有する、世界最先端の「蒸着レート高精度制御マルチソース酸化物MBE成膜技術」を長い年月をかけて開発・改良してきました。この技術を用いて、新物質の合成や既知物質の高品質薄膜の作製などを行うことができるのですが、最高品質の薄膜を得るには、数100回から時には1000回に及ぶ成膜(trial-and-error)を行って作製条件を最適化する必要がありました。これに対し、プロセスインフォマティクスの手法を用いて、薄膜成長条件の最適化に適した方法論・アルゴリズム・プログラムを構築し、それを活用することで、50回以下の成膜回数で効率的に、世界最高品質の薄膜を作製できるようになりました(図3)。これが、②先駆的・効率的な高品質薄膜作製手法の開拓です。前述の超格子作製技術の確立に加えて、ここ5年くらいで急速な進歩を遂げた技術になります。こちらは、チーム内の若林准特別研究員を中心に、NTT物性科学基礎研究所(物性研)とNTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)の連携により創出された成果です。
この技術の開発が、③超高品質SrRuO3薄膜を用いた磁性ワイル半金属状態の実証に結実しました。SrRuO3は、金属性と強磁性とを同時に示す酸化物であること、酸化物エレクトロニクスで広く研究されている多数の他の複合酸化物と同様、ペロブスカイト構造を持つ物質であることなどから、物性解明・応用の両面から精力的に研究されてきました。バルクの単結晶をつくるのが容易ではなく、近年まで一定サイズ以上の単結晶が得られなかったことから、物性研究も主に薄膜試料を用いて行われてきた歴史があります。私たちは、上記の先駆的・効率的な高品質薄膜作製手法であるML-MBE(Machine-Learning-Assisted Molecular Beam Epitaxy)法を用いて、世界最高品質のSrRuO3薄膜の作製に成功し、この最高品質化により、SrRuO3が金属状態・強磁性状態・磁性ワイル半金属状態を同時に内在するという極めて特殊な量子状態にある、世界初の物質であることを実証しました(7)(8)(9)。これらの成果は、15報に迫る多くの論文出版に至っています。

現在、研究はチームとして行っているのですが、チームをマネジメントする立場として、課題やテーマを探すとき、また実験結果を解釈するときに、俯瞰的に眺めるということを心掛けています。テーマに関しては、まず大きなテーマを設定し、後は現場の人たちの自主性を尊重して任せるようにしています。もちろん、私自身の経験やノウハウを基にアドバイスもしますし、その経験値によって解決できる問題もあるのですが、そこに重きを置きすぎると、発想や研究がどんどん常識的なところに向かっていくというジレンマが起きます。世代の異なるメンバからなる研究チームの強みを最大限発揮するためには、このバランスに留意する必要があると思っています。一方、世代によらず、ある分野の常識は別の分野の非常識といったことはよくあります。幸いなことにチームのメンバの専門やバックグラウンドはそれぞれ異なっているため、こうした人たちがディスカッションしながら研究を進めることで、思いがけない着想や結果が出てくることがあり、昨日までは非常識と思われたことが、新たな常識となることもあります。
それからチームとして研究を進めていくうえで、フェース・ツー・フェースで話せる機会を大切にしていきたいと考えています。マネジメント関係のデスクワークや会議も多く、なかなかメンバと直接話す時間を取ることもできませんが、時間が限られている分、逆にその重要性が身にしみる気がします。コロナ禍の出社制限下では、なるべく実験に携わるメンバの出勤を優先し、自身は在宅ワークにシフトしていました。現在では、出社制限もなくなり、実験室等で対面によりディスカッションすることで、テーマや成果への相互理解が深まることを実感しています。それを次なる発見につなげていけると良いですね。
さて、物性研には、ノーベル賞受賞者を含む外部の著名な研究者に委員をお願いしている「アドバイザリボード」という外部評価委員会があり、2年に1回、委員の先生に御来所いただいて議論を行い、研究体制・内容・進捗への評価や提言等をいただく、「アドバイザリーボードミーティング」を、これまでに12回開催しています。コロナ禍の2021年はオンラインで開催せざるを得なかったのですが、私が行ったプレゼンテーションに対して、ある先生から「This research effort is unique in the world, and this presentation is now achieving incredible results.」というコメントをいただきました。思うように実験や研究が進められず、また先生方とも直接議論できずに悶々とした状況下でしたが、このコメントには大いに勇気づけられました。
常圧下室温超伝導体の発見は、超伝導の研究に携わる研究者が抱いている究極の目標です。さまざまな探索・物質合成戦略があり得ると思いますが、私は、そのような物質を薄膜で合成・発見することに挑みたいと思っています。具体的にどんな組成式と結晶構造を持った物質を狙うべきかについては、さらなる検討・検証が必要な段階ですが、幸い、近年の理論・計算科学の進歩によって、まだ合成されていない物質の安定性・電子状態を高い精度で予測することができるようになってきました。また、未発見の仮想物質の格子の状態や物質中の電子・格子相互作用の大きさを見積り、超伝導転移温度を予測することもある程度は可能になってきています。共同研究等で外部の力も借りつつ、このようなアプローチも取り入れていくことを計画しています。
仮に新物質が発見されたとしても、その物質が材料として使われるようになるまでには一定の時間を要するのが常ですが、常温・常圧で超伝導を発現する材料が実用化されれば、ロスレスで直流電流を流して送電・給電することができ、また回路中の配線に使えれば発熱の問題も大幅に低減されますので、まさに環境・エネルギー問題に大きく貢献できると期待しています。超高圧下とはいえ室温に近い温度で超伝導を発現する物質が見つかった時代に研究ができる幸運に感謝しつつ、研究者としてこの一朝一夕にはいかない非常に大きな目標に向かって挑戦していきたいと考えています。
まずは、コロナ禍という大きな逆風もありながら次々と新しい成果を創出したチームメンバの皆さん、それから、CS研をはじめ連携してくださった方々の誠心誠意な取り組みに感謝したいと思います。次に、必ずしも直接私たちの研究に携わっていない方々も含めた後進の皆さんへ。限られた時間で、実績と成果を出していくために、タイムパフォーマンスを上げることは重要です。ここに意識が向く傾向にあるのは当然なのですが、時には寄り道も大切ということも申し上げたいと思います。前述の超伝導を発現する人工超格子の研究でも、いかにも最短距離を走ったようなお話になるのですが、実際はかなりの寄り道がありました。その結果、格子欠陥による格子配列のズレという予想外の現象を発見し、それを防ぐという超格子化の意義を深く理解したうえで、研究を進めることができました。プロセスインフォマティクスによる成膜条件最適化過程の効率化は、この話と矛盾するようにも思われますが、この効率化によってSrRuO3の研究でも寄り道する余裕が生まれた面もあります。
そして、機会があれば、一度海外滞在を経験できると良いと思います。海外に滞在するということは、少なくとも短期的にはその時点での研究が中断することを意味しますし、仕事、家庭・生活の両観点で、「今なら万事整って何の問題・心配もなく海外に滞在できる」というタイミングは、ほぼ巡ってこないのではないかとも思います。また、最近では、Web会議システム等により、学会等で海外の人たちと日常的にコンタクトをとることもできます。それでもなお、海外に滞在する経験には大きな意義があると思います。よく言われる、文化の違いや、考え方の違いを肌で感じることはその一例ですが、その他にも言葉ではうまく表現できない意義こそ大きいと感じます。私自身は2004~2005年にかけて、11カ月ほど米国のスタンフォード大学に共同研究で行かせていただきました。現地の研究者たちと奥深く有意義なディスカッションができたことが第一の意義ですが、収穫はそれにとどまりません。例えば、貴重な人脈を形成することができたと同時に、それを核としてさらに人脈が広がり、2022年10月から2023年5月までの、オランダのトウェンテ大学からの実習生受け入れにも役立ちました。海外に行くことは、短期的には必ずしも研究の成果に直結しないこともありますが、長期的には、この経験の有無が、研究に対する考え方やアプローチの幅の差になって出てくるように思います。