更新日:2023/03/16
グラフェン光検出器は広帯域の光に対して高感度かつ高速に電気応答すると期待されており、既存半導体デバイスを超える性能を発揮する可能性があるとして近年注目されています。しかし、これまでゼロバイアス下における実証動作速度はデバイス構造や測定機器の問題で大きく律速されており、グラフェン本来の性質が調べられておらず動作原理が解明されていませんでした。本稿では、NTT研究所が開発した超高速グラフェン光検出器とその測定技術、そしてその結果明らかになった動作原理を紹介します。
吉岡 克将(よしおか かつまさ)/若村 太郎(わかむら たろう)
熊田 倫雄(くまだ のりお)
NTT物性科学基礎研究所
光信号を電気信号に変換する光検出器は、情報通信、センサ等で利用されているあらゆる光技術のキーデバイスです。既存の半導体デバイスが動作しない広帯域の光に対して高速で動作する光検出器を実現することができれば、これまでに利用されていない波長帯を使った広帯域通信や、さまざまな波長領域の光センサを使った高度な情報処理といった新しい技術の発展が可能になります。グラフェンは、これらの要求を満たすと期待されている有望な材料です(1)。これまでのグラフェン光検出器に関する研究により、テラヘルツ波から紫外光までの超広帯域*1で動作すること、わずか原子一層で2.3%もの光を吸収するため高効率化が可能であることが示されています。さらに、光熱電効果*2を用いることで、消費電力および信号雑音比の観点で応用に向けて必要とされるゼロバイアス動作*3が実現されています。しかし、ゼロバイアス下の実証動作速度はデバイス構造や測定機器の問題により約70GHz(2)に制限されており、200GHzを超えるという理論的期待に大きく及んでいない状況でした。また、これらの問題により、グラフェン本来の応答が調べられておらず動作メカニズムが不明瞭であるために、グラフェン光検出器の性能を最大限引き出すための設計指針が確立されていませんでした。したがって、200GHzの動作速度を実証するとともに、グラフェンにおいてどのようなプロセスによって光信号が電気信号に変換されているのかといった本質的な物性を明らかにすることが、グラフェン光検出器のさらなる発展に向けて課題となっていました。
*1 超広帯域:一般的な半導体光検出器の場合、材料固有のバンドギャップ以下の光を吸収できないため、長波長(シリコンの場合は1µm程度以上)の光に対して感度がありません。一方、グラフェンはゼロバンドギャップであるため、テラヘルツ波(波長:〜1mm)に対しても感度があります。
*2 光熱電効果:ゼーベック係数(温度差と電圧の関係を表す係数)の異なる物質の接点に温度差をつけた際に電圧が生じる現象が熱電効果です。特に、光照射によって温度を変化させる場合を光熱電効果と呼びます。
*3 ゼロバイアス動作:ソース・ドレイン電極間に電圧を印加しないで行う動作を指します。特に、グラフェンではソース・ドレイン電圧を印加すると大きな電流が流れてしまうため、ゼロバイアス動作が必須と考えられています。
グラフェン光検出器における超高速光−電気変換の実現には、光照射のオン・オフに光電流が遅延なく追随できるデバイス構造と、その電流を高速で読み出す技術が必要となります。そのために、酸化亜鉛(ZnO)薄膜をゲート材料として用いることで静電結合に由来する電流遅延を取り除き(図1(a))、電流読み出しにオンチップテラヘルツ分光技術(3)を適用しました(図1(b))。光熱電効果を使ったグラフェン光検出器においては、電荷密度によって光−電気変換効率が大きく変わることが知られています。したがって、電荷密度を制御するためのゲート構造をデバイスにつくり込む必要があります。ゲート電極は良導体である必要があるため、一般的に金などの金属材料を使用しますが、これによってグラフェンとゲート電極間の静電結合に由来する電流遅延が生じてしまうために、グラフェン光検出器の動作速度を律速してしまうことになります。そこで、本研究では成長条件によって高周波応答を制御することのできるZnO薄膜をゲート電極材料として用いることでこの問題を解決しました。一般的な金属材料では良導体であると同時にテラヘルツ領域の高周波信号を反射してしまうことが原因で電流遅延が生じます。これに対してZnO薄膜を使うと、直流信号に対して良導体でありながらテラヘルツ領域の高周波信号に対して透明となる特異な状況をつくり出すことができるため、グラフェンの電荷密度を制御しながらも、電流遅延を生じさせないという一石二鳥の状況をつくり出すことができます(4)。これにより、光照射のオン・オフに光電流が遅延なく追随できるデバイス構造を実現することができました。光電流の読み出しには、一般的には高速のオシロスコープ等が用いられますが、エレクトロニクスの帯域制限により100GHzを超える高速な応答を測るのは困難です。そこで、オンチップテラヘルツ分光技術を用いることにより、前述のグラフェン光検出器が実現する非常に高速な応答の計測を可能にしました。この手法では、オンチップで光伝導スイッチをとおして電流を検出することにより、~1THzに迫る測定帯域を実現しています。図1(b)に示すとおり、グラフェン光検出器にポンプ光(フェムト秒レーザーパルス)を照射することで生じた光電流は、ドレイン電極を伝搬し、光伝導スイッチに到達します。光伝導スイッチはプローブ光(同じくフェムト秒レーザーパルス)が当たっている瞬間のみ良導体になるため、グラフェンから生じた光電流と、プローブ光のタイミングが重なっているときだけ電流計に信号が流れます。したがって、ポンプ光とプローブ光の時間差を時々刻々と変化させることで、連続的なストロボ撮影のように、光電流の波形を極めて高い時間分解能で計測することが可能になります。これらのとおり、デバイス構造および測定方法を工夫することで、グラフェンにおける超高速光−電気変換プロセスを調べることが可能になりました。

図2(a)は作成したデバイスの中でもっとも速い応答を示した光電流の実時間波形を示しています。これをフーリエ変換することにより、光電流の各周波数成分を調べたのが図2(b)ですが、これにより作成したグラフェン光検出器の3dB帯域幅が220GHzに達することが分かりました。この値は、これまでに報告されている70GHzよりも3倍以上高速であり、200GHzを超えるという理論的期待を達成していることから、デバイス構造や測定手法に律速されないグラフェン本来の応答を初めて引き出すことに成功したと結論付けることができます。そこで、得られた光電流の動的応答がどのような物理プロセスによって決まっているのかを調べるために、まず光電流の減衰時間に着目してグラフェンの移動度が異なる複数のデバイスを作成し、各デバイスの減衰時間とゼーベック係数を比較しました(図3)。その結果、グラフェンの移動度が低いほど減衰時間が短くなるということが分かりました。これにより、グラフェンの光電流の減衰は、光照射によって高くなったグラフェン中の電子温度が、欠陥を介した音響フォノンとの衝突によって低下していくことによって起こることが分かりました。移動度が低く欠陥が多い試料のほうが、一度の衝突で失うエネルギーが大きいために減衰時間が短くなり、より高速な光検出器が作成できるという仕組みです。一方、光検出器の感度に対応するゼーベック係数は移動度が高いほど大きくなっていることから、グラフェン光検出器において応答速度と検出感度の間にはトレードオフの関係があることが分りました。したがって、実際に光−電気変換素子として応用を考える場合には、応答速度が求められる場合には移動度の低いグラフェンを、検出感度が求められる場合には移動度の高いグラフェンを使うといった具合に、使用用途に合わせてグラフェンの移動度を最適化する必要があることが分かりました。
続いて、光電流の発生および伝搬の応答がどのようなメカニズムで決まっているのかを調べるために、光電流の電荷密度依存性を調べました(図4(a))。その結果、電荷密度が減少するにつれてピークの位置が約4ピコ秒遅れることが分かりました。このような巨大なピークシフトは前例がなく、光−電気変換プロセスを解明するうえで重要な手掛かりになります。その原因の候補は2つあり、①グラフェン中を電流が伝搬している時間が変化しているか、②光照射後、光電流が発生するまでの時間が変化しているか、のどちらかであると考えられます。そこで、①の効果を確かめるために、図4(b)に示したとおり、デバイスの長さやポンプ光の照射位置を変えながらピークシフトを計測することで、電流の伝搬が原因であるかどうかを調べました。その結果、すべての結果が同一直線上に乗ることから(図4(c))、グラフェンにおける光電流の伝搬時間は観測できないほど短く、ピークシフトの原因は①ではなく②にあるということが分かりました。この早さの原因はグラフェンがギャップレスであることに起因します。この場合、発生した電流自身は伝搬せずとも、電極近傍に元々存在する電子を、光照射によってつくられた電場が光の速さで伝わって押し出すことで電流が生じるため、伝搬を待たずして瞬時に電流が流れることができます。さらに、光電流の発生時間が変化する理由は、光熱電効果が電子温度を電圧に変換する効果であるのを踏まえることで説明できます。すなわち、光照射直後の非平衡な電子状態が、バンド内電子−電子散乱を通じてフェルミ・ディラック分布*4に落ち着くこと、そしてこの熱平衡化にかかる時間がグラフェンの電荷密度によって大きく変化することを明らかにしました。以上の結果により、グラフェンに光が照射されたとき、どのように光電流が発生し、グラフェン中を伝わり、減衰するのかという超高速光−電気変換プロセスの全貌を明らかにすることに成功しました(5)。
*4 フェルミ・ディラック分布:電子系が熱力学的平衡状態にあり、電子温度を定義できる状態であることを指しています。



今回の成果により、広帯域高速光検出器としてのグラフェンの潜在能力の高さが示されました。しかし、今回実験に使用したグラフェンはグラファイトから手作業で剥離したものであり、量産化には不向きです。一般的に大面積で成膜されたグラフェンの品質は剥離によって得られたものより劣りますが、成膜技術の発展により、その差は年々縮まっています。今後、量産化を可能にする大面積グラフェンを用いた光検出器の評価を行いたいと考えています。また、グラフェンをはじめとする2次元物質(単層または数層の原子層物質)を積層することで自然界に存在しない物質を創造する研究がさかんに行われており、この技術を駆使することでさらなる高速動作を実現する物質の探索を行いたいと考えています。さらに、本研究を応用することで、テラヘルツ領域のグラフェンプラズモンの生成、伝搬制御、検出が可能になります。これにより、オンチップでプラズモン信号を扱うことが可能になるため、プラズモン回路の実現に向けて大きな一歩が踏み出せると期待しています。
エレクトロニクスとフォトニクスの技術はそれぞれ高度に発展した技術体系ですが、本稿で紹介した光−電気変換のように、2つの技術の融合領域にはまだ見ぬ可能性が眠っていると考えています。引き続き新しい価値を創出すべく不断の努力を重ねていきます。