更新日:2022/12/16

宇宙、環境、エネルギー分野における革新的技術への取り組みNTT宇宙環境エネルギー研究所

宇宙、環境、エネルギー分野における革新的技術への取り組み

   
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NTT宇宙環境エネルギー研究所は、地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向けた革新的技術の創出を目的に誕生し、設立から2年5カ月が経ちました。これまでのNTTの研究所にはない型破りな研究テーマを多く掲げ、テーマ立ち上げから体制・仲間づくりなどに奔走し、ようやくかたちになってきたところです。本稿では、宇宙視点から地球を見つめ直し、地球環境の未来を変えるさまざまな挑戦の現状について紹介します。

前田 裕二(まえだ ゆうじ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所 所長

目次

はじめに

NTT宇宙環境エネルギー研究所は、従来の環境エネルギーの枠にとらわれることなく、宇宙という高い視点、広い視野で私たちの住む地球や社会環境を見つめ直し、地球環境の再生と革新に貢献することをめざし、2020年7月に新設されました。
NTT宇宙環境エネルギー研究所のビジョンは次のとおりです。
「地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向け、核融合や宇宙発電など次世代エネルギー技術、レジリエントな環境適応を可能にする技術の創出をめざすとともに、環境負荷ゼロに貢献する」。
このビジョンをとおして実現したい具体的な社会像は、超レジリエント社会、いわゆる「しなやかな社会」です。これは、私たちの住む社会が地球環境に与える影響をプラスマイナスゼロにするだけでなく、地球環境の変化による影響を社会が受容できるようにし、クリーンエネルギーの地産地消や自律分散協調型のエネルギーネットワークによる停電ゼロの実現、高精度な未来予測による自然災害被害ゼロの実現だけでなく、台風からエネルギーを取り出す(災害グリーンエネルギー)というようなことを実現する社会です。
設立3年目となりましたが、この間に、研究体制の立ち上げ、研究員の増強、多くの研究機関との連携等に奔走してきました。特に、外部人材獲得強化のためオウンドメディア"Beyond Our Planet"(1)を立ち上げ、コンテンツ更新も頻繁に行い研究所の認知度向上に努めてきました。現在のところ、人員は発足当初の1.5倍に増え、スタートアップをはじめ外部機関・大学と40件以上のコラボレーションを開始しており、これまでのNTTの研究所にはなかった型破りな新領域の研究テーマにもチャレンジしています。
また、実現をめざしているしなやかな社会については、その具体例について国立研究開発法人防災科学技術研究所と共同で「レジリエンス社会」をつくる研究会を立ち上げ、1年数カ月かけて検討した結果を、2022年4月に出版した『しなやかな社会の実現』というタイトルの書籍(2)にまとめました。書籍では、南海トラフや首都直下地震等の国難級災害を乗り越えるために、将来実現すべきしなやかな社会像を検討するとともに、防災科学技術×IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)による新しい技術を活用することで、しなやかな社会を実現できるという指針を立て、共同提言というかたちでまとめました。特に、技術だけでしなやかな社会は実現できないため、技術革新とともに必要となる新たな社会制度・社会像についてもまとめました。具体的には、めざすべき社会像として、過度に効率性を追求した大都市集中型社会を解消する「自律分散協調社会」、経済成長と環境問題を両立させる「人新世の経済社会」、および自然環境との共存を実現する「カーボンニュートラルと持続可能な社会」について言及し、災害をとおしてより良くなるためにどうすればいいか、ビルドバックベターの具体的な内容を提言しました。
現在取り組んでいる研究テーマの一覧を図1に示します。研究所には2つのプロジェクトがあり、1つは同図上部の「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」、もう1つは同図下部の「レジリエント環境適応研究プロジェクト」です。また、それぞれのプロジェクトには3つの研究グループがあり、それぞれが連携しながら研究を進めています。図1の中央に示したように、気候変動が影響を及ぼす8つの領域での研究成果適用をめざし、地球環境、社会、そして人がバランスを保ちながら気候変動の影響を減らしていくことでしなやかな社会が実現されることを目標としています。ここでは各プロジェクトの概略を説明します。

図1 研究テーマ全体像
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環境負荷ゼロ研究プロジェクト

本プロジェクトでは、NTTグループの環境エネルギービジョンである「環境負荷ゼロ」への貢献をめざした研究を行っており、再生可能エネルギーを効率良く需給させるエネルギーネットワーク技術、圧倒的にクリーンな次世代のエネルギーをつくる技術、そしてCO2を変換するサステナブルシステム技術の研究を行っています。
エネルギーネットワーク技術では、再生可能エネルギーを最大限に活用するため、NTTビルのICT装置の情報処理量や蓄電池・電気自動車の統合制御により、再生可能エネルギーの出力変動を吸収する仮想エネルギー需給制御技術と、安全で高信頼な直流給電を活用し、再生可能エネルギーの地産地消や超レジリエントな給電を実現させる次世代エネルギー供給技術の研究を行っています。すでに事業会社と連携した実証実験を開始しているほか、屋外で直流給電を安全に利用するための技術仕様など成果を創出しています。
次世代エネルギー技術については、核融合炉の安定高出力運転を実現するための核融合最適オペレーション技術と、宇宙空間で得られたエネルギーを地上へ大量かつ効率的に無線伝送する宇宙太陽光発電技術の研究を行っています。核融合発電は、太陽で起きている現象を地上で再現する安全なエネルギー源で、2050年ごろの商用化をめざして世界各国で研究が進んでいます。私たちは、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構とITER国際核融合エネルギー機構と連携し、IOWNを駆使した核融合炉中のプラズマ安定制御に関する研究を進めています。
宇宙太陽光発電は、3万6000km上空の静止軌道衛星で太陽光から得たエネルギーを24時間365日絶え間なく地上にレーザ光やマイクロ波で無線送電するという壮大な研究ですが、まずは地上で長距離無線送電する研究を進めており、ドローンへの給電や停電エリアへの無線送電のほか、宇宙空間や月面での利用を検討しています。
図2に地球全体でのCO2循環を示します。図中の数字は2021年8月に発行されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書を元に算出した結果です。驚く方もいらっしゃると思いますが、人間活動から排出される主にエネルギー由来のCO2の量は、実は地球全体の4.8%に過ぎません。もっとも多くCO2を排出しているのは土壌で61.3%、海洋からも33.7%が排出されています。吸収量に関しては、57.7%が陸上植物で吸収され、海洋でも34.6%が吸収されています。つまり、人間活動による排出量を減らして実質ゼロにしていくことはもちろん重要ですが、地球全体のバランスと循環を考えると、人間活動と同時に土壌や海洋からのCO2の収支を考えて対応することがもっと重要になります。排出が吸収を上回っている陸上においては、土壌からの排出を減らすとともに植物による吸収を増やして収支を改善することが急務です。海洋についても吸収力を高め、排出を減らしていく必要があります。つまり、人間活動によるCO2排出を削減しながら、森林破壊、土壌汚染、海洋破壊・汚染の中止・改善を同時に進めていく必要があるのです。
そこで、サステナブルシステム技術では、大気、水中、そして土壌のCO2を削減するCO2変換技術の研究を進めています。具体的には、ゲノム編集を植物、藻類に適応し、CO2吸収量を増加させるとともに、食物連鎖・循環の中で大気中のCO2量を減らし、地中や生物・有機物への長期固定量を増やす研究をしており、リージョナルフィッシュ株式会社や株式会社ユーグレナ等のスタートアップとも積極的に連携し、活動の幅を広げています。また、このほか、レーザ光を活用して建築材料のアスベストを無害化する研究にも取り組んでいます。



図2 二酸化炭素循環の実態
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レジリエント環境適応研究プロジェクト

レジリエント環境適応研究プロジェクトでは、地球環境および社会についての超高精度未来予測とリスク回避・低減を実現するESG経営科学技術、およびプロアクティブな環境適応技術という2つの研究テーマに取り組んできましたが、宇宙空間や地球環境全体の観測データ分析に基づく未来予測に関する研究開発を強化するため、2021年10月に地球環境未来予測技術グループを新設しました(図3)。ESG経営科学技術で人間社会・経済の予測モデルを構築するとともに、地球環境未来予測技術で気候・気象・海洋の予測モデルを構築し、これらを連成させて地球環境の未来予測を高精度に実現することで、プロアクティブに先回りして地球環境の変化へ適応し、しなやかな社会の実現への貢献をめざしています。
ESG経営科学技術では、会社経営に関する予測不能なリスクにもNTTグループがしなやかに適応できるESGに関する経営戦略の策定に向け、人間社会と環境影響の未来を予測する研究に取り組んでいます。新たな学術分野であるため、これまではさまざまな調査分析、情報源の選別と収集・分析の自動化、および外部機関との議論を重ねてきましたが、今後は学会での研究会立ち上げや実際の事業での未来予測・検証を進めていきます。
地球環境未来予測技術では、地球環境の再生の道筋を明らかにし、環境の変化に適応するしなやかな社会の実現に向けて、超広域で大気・海洋を観測することで地球の物理過程による気象・気候の高精度なモデル化を実現するとともに、地球の生物・化学的過程による生態系のモデル化を行い、地球の再生過程を未来予測することをめざしています。特に台風や線状降水帯などの極端気象のエネルギー源である洋上の水蒸気や海中情報については、現状ではほとんどリアルタイムに観測されておらず、未踏領域となっています。私たちは、衛星IoT(Internet of Things)(3)を活用して、これらをリアルタイムに測定・分析するとともに気象・気候モデルを高度化するため、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)、および横浜国立大学先端科学高等研究院台風科学技術研究センター(TRC)と連携し、研究を進めています。
プロアクティブ環境適応技術では、現状でもある程度予測可能な雷と宇宙線にプロアクティブに対応する研究を実施しています。雷に関しては、ドローンで落雷を捕捉し所望の場所に誘導することで重要設備への落雷被害を防止したり、雷の電気エネルギーを蓄電・活用する技術について研究しています。耐雷ドローンについては、人工雷での検証を終え、自然雷での検証を日本でもっとも冬季雷の多い地域である石川県内灘町にて2022年3月まで行いました。この冬も引き続き実証し、技術確立をめざします。宇宙線に関しては、宇宙天気予報として主に太陽活動による宇宙線の影響が国立研究開発法人情報通信研究機構より報告されています。従来から、宇宙線によって通信装置内の半導体が誤動作するソフトエラーの評価技術の高度化を行っていましたが、これを発展させ、宇宙線による宇宙機器・人体への影響の評価、および強力な電磁界による影響の低減に向けて宇宙放射線電磁バリアの研究を行っています。今後は宇宙データセンタや月面基地など宇宙線の影響をダイレクトに受ける宇宙空間において、プロアクティブな宇宙線防護技術の実現をめざします。

図3 レジリエント循環適応研究プロジェクト
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おわりに

本稿で紹介した研究内容は、まだまだ入口部分に過ぎません。引き続く特集記事では、成果が出つつあるいくつかのテーマについて解説します。宇宙視点で環境エネルギー分野の革新的技術創出に挑戦する研究所の成長に、ぜひ期待してください。

■参考文献

  1. (1)https://www.rd.ntt/se/media/
  2. (2)「レジリエンス社会」をつくる研究会・高島:“しなやかな社会の実現,”日経BPコンサルティング, 2022.
  3. (3)https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/05/29/200529a.html
前田 裕二
前田 裕二

研究者の公募を常時行っています。興味のある方はぜひお問い合わせ願います。一緒に地球の未来を変革しましょう。

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