更新日:2022/05/23
振幅・位相・偏波といった物理量をデジタル的に取り込み、高度な信号処理により伝送性能を最大化するデジタルコヒーレント光伝送技術は、最新世代の光伝送技術であり、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現と発展に向けてさらなる進化をする必要があります。本稿では、デジタルコヒーレント光伝送技術の最新の動向と今後の進化について、高速大容量化、低電力化、ソフトウェアによる自律制御の観点を中心に紹介します。
木坂 由明(きさか よしあき)/西沢 秀樹(にしざわ ひでき)
山崎 悦史(やまざき えつし)/才田 隆志(さいだ たかし)
NTT未来ねっと研究所
インターネットの登場以来、さまざまなサービスの登場と普及とともに、日本でも世界でもインターネットトラフィックは指数関数的に増大し続けています。光ファイバ伝送技術は、この需要を支えるために、波長多重や光増幅中継など新技術を導入して世代進化を続けてきました。最新の世代が、光の偏波、振幅、位相をすべてデジタルデータとして取り込み、高度な信号処理によって光ファイバ伝送路や光電子デバイス中の歪みを補償するデジタルコヒーレント光伝送技術です(1)。IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想がめざすリアルとバーチャルが融合して多様性を受容する豊かな社会に向けて、光伝送技術も、さらに大容量に低電力に高機能に進化していく必要があります。本稿では、デジタルコヒーレント光伝送技術の最新の動向と今後の進化について、高速大容量化、小型低電力化、およびソフトウェアによる自律制御の観点から紹介します。
データセンタ間・データセンタ内通信の拡大と、オンデマンドビデオストリーミングやクラウドコンピューティングなどのさまざまなアプリケーションの浸透により、光伝送の大容量化への需要はさらに高まっています。大容量化においては、ネットワークを経済的に構築するために、波長チャネル当りの大容量化が必要になります。図1(a)に、オフライン実験および実用化システムでの波長チャネル当りの光伝送容量の進展を示します。近年では、波長当り1Tbit/sを超える大容量伝送の実験実証が報告されています。これらの実証実験では、大幅な変調速度の高速化と変調方式の高多値化が進んでいます。変調速度は、デジタルコヒーレント光伝送の第一世代(波長当り100Gbit/s)では32Gbaudでしたが、最近では100Gbaud級以上に高速化しています(2)(3)。これは、アナログ-デジタル(AD)・デジタル-アナログ(DA)変換器、光変調器、ドライバ、フォトダイオード、トランスインピーダンスアンプ(TIA)などのアナログ構成部品の高速化によって実現されています(4)~(6)。また、シャノン限界に近い容量を達成できる確率的コンステレーションシェーピング(PCS)(7)が注目され、変調多値度が64点以上の直交振幅変調(QAM)とともに利用されています。
光伝送システムの大容量化では、送受信機のアナログ部品による信号歪みが主要課題となります。シンボルレートの高速化、変調多値度の増大により、アナログ部品自体、およびプリント回路基板など電気配線の周波数帯域制限、クロストークなどが信号歪みを引き起こします。これらの歪みは、送受信それぞれのデジタル等化フィルタに対して、キャリブレーションによって推定された最適なフィルタ係数を設定して補償されます。NTT未来ねっと研究所(未来研)ではこのような波形歪みを、高精度に補償する技術を開発しています。送信側で行うデジタル予等化はPeak-to-average ratioを上昇させ信号品質を低下させる課題があり(8)、動作温度・経年劣化・制御ディザによる波形歪みの時間変動への追従といった課題もあります。このため、送信側予等化と受信側等化をどう役割分担させるかが伝送性能を確保するために重要となってきます。これら研究開発技術を適用し、これまでに最大600Gbit/sのデジタルコヒーレント伝送を実現するASICを実用化しています(9)。
未来研では、さらに次世代の光伝送方式として、変調速度168GBaudまで高速化し、波長当り容量1Tbit/sの信号光の3840km伝送、および1.2Tbit/s信号光の1280km伝送の実験実証を達成しました(2)。高速な変調速度は、AMUXフロントエンド集積モジュール(5)を用いて実現され、それぞれ偏波多重PCS-16QAMおよび36QAM変調方式を用いています。この信号光を光周波数間隔175GHzにて波長多重(WDM)しています。図1(b)は、伝送前後のWDM信号光スペクトルであり、伝送後でも高い平坦性を実現しています。伝送路は純シリカコアファイバ(Pure Silica Core Fiber)で構成され、光増幅中継区間80km、後方励起分布ラマン増幅とエルビウム添加ファイバ増幅を併用しています。スペクトル利用効率はそれぞれ5.71および6.85bit/s/Hzに達成しています。図1(c)は、1Tbit/sおよび1.2Tbit/s信号の規格一般化相互情報量(NGMI)伝送距離依存性の測定結果を示しています。1Tbit/s信号は3840km伝送後、1.2Tbit/s信号光の1280km伝送後において、冗長度21%の誤り訂正しきい値である0.857よりも高いNGMIが得られており、エラーフリー伝送が可能であることを示しています。この実験実証では、光帯域はC帯のみで行っていますが、L/S帯へ拡大する研究開発も進めていきます。

ますます増加を続ける通信トラフィックを収容するため、光ネットワークには持続的な大容量化が求められますが、光伝送装置の設置スペースや供給電力には制限があるため、大容量化の実現には、光インタフェースの小型化・低電力化が必要となります。小型化により放熱性能が低くなるため、小型化を実現するためには、光インタフェースを構成するデバイスの小型化・高密度実装だけでなく、低電力化が重要になります。このため、光インタフェースの電力消費の大きな部分を占めるDSP(Digital Signal Processor)の低電力化が不可欠です。
デジタルコヒーレント光伝送技術は通信キャリアの基幹ネットワークの長距離伝送システムから導入されましたが、技術の成熟により小型化、低電力化、低コスト化が進み、メトロネットワークやデータセンタ間(DCI)ネットワークといった短距離伝送システムにも適用領域を拡げて普及が進んでいます。今後はアクセスネットワークやデータセンタ内ネットワークへの適用が期待されています。また、将来のマルチコアファイバを用いた空間多重方式を適用した超多並列の大容量光伝送システムの実現に向けて、低電力化技術はますます重要となります。
コヒーレントトランシーバの小型化と低電力化の進展を図2に示します。図下部にはNTT研究所で研究開発・実用化し、コヒーレントトランシーバに搭載されているDSPも示しています。メトロ・DCIネットワーク向けには、主にコヒーレントトランシーバが使用され、DSPの低電力化に伴って急速に小型・低電力化が進展しており、現在、CFP2-DCO、QSFP-DD等の400Gbit/sプラガブルトランシーバが実用化されています。光通信用DSPには非常に高速かつ低電力での動作が求められるため、常に最先端のCMOSプロセスを適用して低電力化が図られていますが、CMOSプロセス微細化による低電力化だけでは、要求される低電力化を達成できないため、デジタルサンプリングレート低減化、波長分散補償・適応等化・前方誤り訂正等の各機能での新しい信号処理アルゴリズムの適用やアプリケーションに応じた機能の選択(10)や性能最適化が進められてきています。最先端CMOSプロセスの適用や信号処理アルゴリズムの革新により、デジタル回路の電力は大幅に低減してきていますが、DAC/ADC等のアナログ回路は送受信信号の高速化の影響もあり、大きな電力低減は実現できていません。このため、DSP全体の消費電力のうち、アナログ回路の電力が占める割合がDSP世代ごとに大きくなっており、今後のさらなる低電力化に向けてはアナログ回路の低電力化が大きな課題の1つとなっています。
近年では、さらなる小型化・低電力化に向けて、DSPとシリコンフォトニクスを用いた光送受信デバイス(COSA)(11)を1つのパッケージに実装するコパッケージ実装技術の研究開発が進められています。DSPとCOSAの高密度実装により大幅な小型化を実現するとともに、DSPとCOSAの間の高速アナログ電気信号配線の短縮により損失を小さくし、信号駆動電力を低く抑えることができます。将来のIOWN APNの実現に向けて、現在デジタル信号処理で行っている機能を光処理にオフロードすることで抜本的な低電力化をめざす研究開発を進めています。未来研では、光送受信デバイスの帯域特性による信号波形歪みをデジタル信号処理と光処理で連携して補償することで800Gbit/s級光伝送での大幅なOSNR耐力向上を実証しています(12)。この性能向上を利用してデジタル信号処理を簡易化することでDSPの消費電力を低減することも可能となります。

近年、ルータ等の転送機器市場では物理的なネットワーク・装置ハードウェアとその制御プレーンを分離し、ソフトウェアを用いて管理するSoftware Defined Wide Area Network (SD-WAN)技術の商用導入が進んできて、離れたユーザ拠点間を接続しソフトウェアで集中制御できる仕組みが整ってきています。IOWNが本格化する時代には、コヒーレントモジュールを搭載したルータやホワイトボックススイッチ等さまざまな伝送機能を備えたユーザ端末の普及が進みます。これらの端末を、光電気変換の回数を減らして低遅延・省電力に接続するため、キャリアネットワークを経由してダイレクトに接続するユースケースが検討されており(13)、ソフトウェアによる光伝送ネットワークの自動設定技術の実現に期待が高まっています。
一方、レイヤ1以下の光伝送部分については、光アンプの波長依存性やファイバ非線形光学効果などの複雑な物理要因が障壁となって、SD-WANのようなソフトウェアによる自動制御は難しいと考えられてきました。任意のユーザエンド間をダイナミックに接続するためには、光伝送ネットワークの伝送距離・容量を決定する伝送路特性を短時間で推定する新たな手法と、受信器による伝送品質のリアルタイム測定が必須となります。
光とIPネットワーキングにおいてオープンな技術・アーキテクチャ・インタフェースの定義を目的としたTelecom Infra Project Open Optical & Packet Transport(14)にて、Gaussian Noise モデルによる伝送品質推定に基づいたオープンな伝送路設計ツールGNPy(15)や、Transponderのハードとソフトを分離するTransponder Abstraction Interface (TAI)(16)の開発が進んでいます。未来研はこれらのオープン化に貢献するとともに、TAIやGNPyといったオープンなインタフェースやツールを活用し、異ベンダ・異装置間で光パスの伝送モードを自動最適化し、短時間で光パスの接続を確立する技術の実現をめざしています
(図3)。
従来、こうした光パスの接続には人手による作業が不可欠で、サービスオーダから光パスの接続確立までに数日から数週間と長い時間を要していました。また、デジタルコヒーレント光伝送方式が高度化し、伝送モードが多様化してきたことによって、光パスの設計・調整が複雑化しているという課題もあります。本技術は、マルチベンダの伝送装置が導入された環境下においても、それらの情報をTAI経由で収集し、伝送路状態・伝送品質をGNPyなどにより推定することで最適な伝送モード(変調方式やFEC種別)を算出します。そして、それらを送受信側DSPに設定することで、光パスの接続確立を数分で完了します(17)。具体的には、これらは以下のシーケンスにより実施されます。
① 送受信DSPが保有する基本的な情報や機能(設定可能な変調方式やFEC種別等)をTAI経由で収集し、送受信ともに接続可能な伝送モードを設定のうえ、光パスの接続を確立する。
② ①により、受信側DSPからBERや波長分散値といった伝送路の品質を推定するためのパラメータを収集できる。これらから、GNPyにより推定されるGSNRを基に、マージンを適切に設定したうえで最適な伝送モードを算出する。
③ 算出した伝送モードから、変調方式、FEC種別といったパラメータを送受信側のDSPに設定し、数分で異ベンダの伝送装置間に光パスを開通する。

未来研ではデジタルコヒーレント光伝送技術を、高速大容量化、低電力化、ソフトウェアによる自律制御という観点で研究開発を行い進化させ、IOWNを支える光伝送技術を実現します。
IOWNのAPNを支える基盤として、 社内外との連携を強化し, デジタルコヒーレント光伝送技術を今後も進化させていきます。