更新日:2022/01/12

    未来社会探索エンジン実現に向けた取り組みNTTデジタルツインコンピューティング研究センタ

    未来社会探索エンジン実現に向けた取り組み

    • 未来社会探索エンジン
    • グランドチャレンジ
    • 必須レイヤ自動選択技術

    デジタルツインコンピューティング(DTC)構想の実現に向けたグランドチャレンジの1つである「未来社会探索エンジン」について、本稿ではそのアーキテクチャ概要と、3つの主要技術について紹介します。

    重松 直子(しげまつ なおこ)/磯村 淳(いそむら あつし)
    上野 磯生(うえの いそお)/沖 宣宏(おき のぶひろ)
    荒川 豊(あらかわ ゆたか)/吉田 和広(よしだ かずひろ)
    NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ

    未来社会探索エンジンがめざすもの

    社会構造の複雑化、自然災害等の不確実な事象の増加により、個人の行動・協力が社会や自然環境に与える影響、また、それによる個人への還元がみえにくくなっています。そこで私たちは、自然と共生する社会・生活のあり方を探索可能とするため、人々が活動する社会をデジタルツインで高精度に表現するとともに、デジタルツインを相互作用させ、人々の行動を繰返し変化させながら未来を探索する仕組み、未来社会探索エンジンの研究開発を進めています。
    未来社会探索エンジンの実現に向けては、「交通流」などにおける物と物の相互作用のような既知なものだけでなく、人々の気持ちや、人と人との交流など相互作用が複雑で、未知なものをデジタルツインとして扱うことを私たちはめざしており、「情報伝播」「群衆心理」「集団力学」を取り込んだモデリングに挑戦しています。また、高精細な地理空間情報やセンシング情報により、現実世界のデジタルツインをリアルタイムに構築し、個々のモデルに特化したシミュレーションを掛け合わせ連成させることで、例えば、「人流」と「情報伝播」が相互作用した未来を見える化するシミュレーション基盤技術を研究開発しています。これらの技術により社会のデジタルツインを駆動させ、さまざまな未来シナリオの提示や、理想的な社会像から逆算した現在とるべき打ち手の候補の提示を実現します。未来社会の姿をさまざまなかたちで見える化することで、行政や企業経営側だけでなく地域社会の住民や個々人も同じ未来像を見ることにより、さまざまな連帯を強めていくことができると考えています。また、個人が望む社会を実現するための行動・協力を主体的に考えながら探し出し、自発的な活動を促せるようになる世界をめざします(図1)。

    図1 未来社会探索エンジン

    未来社会探索エンジンのアーキテクチャ

    未来社会探索エンジンは、図2のように、高精細な地理空間情報や実世界のセンシング情報を得るため、4Dデジタル基盤®など(高精細デジタル基盤)の外部のシステムと連携しています。未来社会探索エンジンは、大きく2つの基盤技術により構成されています。1つは、仮想社会を構築するために、さまざまなデータをデジタルツインのコンポーネントとして提供するデジタルツインプラットフォームです。もう1つは、仮想社会の駆動・見える化に向けて、人々が活動する社会の変容を正確にとらえるために、ユーザがアプリケーションの検索条件に投入した、見たい未来に関するキーワードに合わせて「人流」「交通流」「情報伝播」などの多層的なシミュレーションを連成させるシミュレーション基盤です。
    デジタルツインプラットフォームは、CityGML(City Geography Markup Language)やBIM(Building Information Model)などの外部の高精細デジタル基盤とのインタフェース機能を必要に応じて持ちます。そして、高精細デジタル基盤から収集したデータを基に、「人」や「物」などのデジタルツインをリアルタイムに構成して、コンポーネントとして活用できるようにし、現実とデジタルツインを同期して管理します。デジタルツインの構成には、Autodesk社の各種製品やUnity/Unreal Engineなどの既存のメタバースソフトウェア*1などの利用も考慮しつつ実現に向けた検討を進めています。
    シミュレーション基盤は、例えば「人流」や「交通流」などの各々の個別モデルに特化したシミュレーション実行部を備えています。シミュレーション基盤のマルチレイヤシミュレーション実行部は、アプリケーションから渡されたキーワードに応じて、まず、必要なデジタルツインコンポーネントをデジタルツインプラットフォームより取得します。次に、このデジタルツインコンポーネントと、いくつかのシミュレーション実行部を利用し、「人流」「交通流」「物流」「気象」「河川」だけでなく「SNS(Social Networking Service)による情報伝播」「住民行動」「住民意識」などのさまざまな層の相互作用を計算しながらシミュレーションを連成させ、その結果をアプリケーションに返します。さまざまな層の相互作用を計算することにより、例えば、数分先から数年先までの情報伝播による人流影響を計算することができます。

    1. *13Dなどの仮想空間を構築するためのソフトウェアを指します。
    図2 未来社会探索エンジンのアーキテクチャ

    コア技術

    このような、高精度に未来をシミュレーションすることが求められる「未来社会探索エンジン」を実現するには、既存技術では大きく分けて3つの課題があります。1番目は、世界中に多種多様なシミュレーション技術が存在するものの、自由な検索に対して「大量のシミュレーションレイヤ(レイヤ)の中から最適なレイヤを選ぶ技術が存在しない」という点です。2番目は、既存のシミュレーションではあらかじめ設定可能なパラメータが決まっているため、「もしも未来のある時点で突発的な事象(大災害、大発明など)が生じ、新たなパラメータを考慮する必要が出てきた場合に対応できない」という点です。最後に3番目は、通常のシミュレーションはパラメータやモデルを先に設定することで結果を出力しますが、反対に「実現したい未来社会を先に設定し、その社会に至るための途中過程を計算で解くという逆シミュレーションができない」という点です。そこで、NTTではこれら3つの技術課題の解決をめざし、「必須レイヤ自動選択技術」「What-ifシミュレーション技術」「逆シミュレーション技術」という3つの技術にチャレンジします。
    (1) 必須レイヤ自動選択技術
    本技術は、ユーザが入力した検索ワードに応じて「大量に存在するレイヤの中から検索ワードに関連性の高いレイヤのみを抽出」します。具体的には、まず検索ワードの中から「事象*2」「場所*3」「時間*4」「数値*5」などの属性を抽出します。次に、未来社会探索エンジンが用意する大量のレイヤそれぞれに対して「事象」「場所」「時間」を入力し、出力結果が「数値」に与える影響度を計算します。この影響度を基に、優先的に利用すべき「必須レイヤ」が選択され、最終的なシミュレーション結果を算出するために利用されます。
    例えば、大規模な台風発生時の避難所における「毛布需要(数値)」を政府が把握したい状況を考えます。図3のように、検索ワードとして「台風 NTT町 1週間後 毛布需要」が入力されると、人の移動を計算する「人流レイヤ」、人々の会話やSNSを通じた情報伝播を計算する「情報伝播レイヤ」、毛布を届けるための配送状況を把握するための「物流レイヤ」が選択されます。これら3つ以外のレイヤは、「毛布需要」に対する影響度が低いので選択されません。最後に、選択されたレイヤを利用することでユーザに予測結果を提示します。
    (2) What-ifシミュレーション技術
    本技術は、「もしも〇〇が発生したらどうなるのか?」というWhat-ifの計算を従来よりも複雑な発生事象に対して実現可能にします。例えば、人間が自由に空を飛ぶことができる画期的な発明があった場合、「人間が高度方向(Z軸上)に自由に移動する」ための新たなパラメータやモデルを追加する必要があります。そこで、NTTではシミュレーション前に想定できなかったパラメータ・モデルの生成や、パラメータが取り得る値の範囲設定などを自動化することで、これまでは扱うことが困難だった突発的な事象に対するWhat-ifシミュレーションの実現をめざします。
    (3) 逆シミュレーション技術
    本技術は、「〇〇のような世界にするためにはどのような取り組みをすべきか?」という逆シミュレーションの計算を従来よりも複雑な条件に対して実現可能にします。目標とする未来社会の形成方法を探るには、環境・経済・文化・医療・人流・交通・イベントなど、異なる分野間の影響を考慮する必要があります。例えば「新型コロナウイルスによる死者数0」を達成する社会を実現するには、医療だけでなく経済・人流・施設の営業状況など、複数の分野の相互作用を計算しなくてはなりません。そこで、NTTではこのような異なる分野の相互作用を考慮可能な逆シミュレーションの実現をめざします。

    1. *2シミュレーションの対象となるイベント(ロックダウン、首相交代、台風など)を指します。
    2. *3シミュレーションを行う空間的範囲(日本、東京都、三鷹駅周辺5km2など)を指します。
    3. *4シミュレーションを行う時間的範囲(3分後、1カ月後、10年後など)を指します。
    4. *5シミュレーションの結果として出力される数(感染者数、出生率、毛布需要など)を指します。
    図3 探索結果提示までの流れ

    今後の展開

    今後、「人流」や「交通流」などの相互作用が既知なものに加え、「群衆心理」「集団力学」を取り込み、モデリング技術を開発します。そして、多層的なシミュレーションの連成による未来社会の駆動、予測技術を確立します。
    未来社会を見える化することで、将来的には、自治体や住民向けに避難体験シミュレーションへ適用することや、被災地の復興において、自治体やインフラ事業者向けに地域復興やインフラ復旧に至る最良の打ち手を選択可能とすることを視野に取り組みます。

    (上段左から)沖 宣宏/重松 直子/吉田 和広(下段左から)荒川 豊/磯村 淳/上野 磯生
    (上段左から)沖 宣宏/重松 直子/吉田 和広
    (下段左から)荒川 豊/磯村 淳/上野 磯生

    行政や企業経営側だけでなく地域社会や個々人が望む社会の実現の一助となるように、人間の内面に踏み込んで未来社会を見える化する未来社会探索エンジンの研究開発に挑戦していきます。

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