更新日:2021/08/24
本稿では、次世代の高臨場コミュニケーションサービスの実現をめざす、オールフォトニクス・ネットワーク(APN: All Photonics Network)の多様なユーザインタフェースや通信帯域、低遅延やローカルの高精度時刻把握等の技術要素を常時監視・連携制御することで、用途ごとや要件ごとのユーザ専用光通信網をオンデマンドで提供する多地点接続技術を紹介します。
吉岡 弘高(よしおか ひろたか)/鳴海 貴允(なるみ たかみつ)
中川 雅弘(なかがわ まさひろ)/松本 健一郎(まつもと けんいちろう)
NTTネットワークサービスシステム研究所
人と人が会い、大勢が集まり、その場の会話やイベントを楽しむのが当たり前だった世の中も、お互いが離れたさまざまな場所からリモートで集合し、会合やイベントを楽しむ世界に変わりつつあります。むしろ、遠く離れた人たちも画面越しで簡単に顔を合わせたり、今まで収容人数制限で容易には体験できなかったイベントは参加しやすくなったりと、新たな楽しみが増えてきたかと思います。それでも、人はこの現状のコミュニケーションに「臨場感」の欠如という物足りなさを感じつつも、諦めているのではないでしょうか。これは今、多くの人がインターネットのような不安定で品質が大きく変動する通信に起因するものであり、友人と会話をしても、アーティストに声援を送っても、頻繁に反応が悪くなるなどの違和感があるからでしょう。一方、高品質の通信は非常に高額で、また、サービス開通には数カ月といった期間が必要であり、限られた人たちの特権となっています。
これは、現状の通信ネットワーク技術の限界に起因するものです(図1)。NTTはこの「高速広帯域」と「低価格・即時利用」の双方を実現するべく、多くのパートナーとのコラボレーションとオールフォトニクス・ネットワーク(APN: All Photonics Network)技術の活用による、「オンデマンド光多地点接続技術(光オンデマンド)」の研究開発に取り組んでいます。この通信技術に、高度な次世代映像系サービスプラットフォーム(光ダイレクト多地点接続サービスPF)のような「リモートワールド」を提供するサービス技術をアドオンすることで、「リモートでも高臨場」なコミュニケーションを多くのお客さまに届けます。
「光オンデマンド」が実現する、リモートコミュニケーションにおける現状のネットワーク課題を解く鍵は、高速ながらも高価で利用用途が限定される光通信路の最小単位(1つの光の波長、通称λ)をいかに安価に多くの人に使っていただけるかということです。そのためには、1本の光ファイバで使えるλの数を増やすこと、また必要なときだけ極力必要な時間だけ使う「オンデマンド」の実現がキーとなります。
さらに、現在バリエーションの少ないサービスメニューを大幅に拡大し、同一のネットワークで多種多様なユーザニーズにこたえ、ユーザごとに提供するネットワークの重畳が重要となります。サービスイメージを図2に示します。
ここでは「光オンデマンド技術」を支えるキー技術を紹介します。
利用者が自身所有の資産を活用し、自由にネットワークを使うには、機器を接続するインタフェースの多様性が重要です。従来のEthernetやTCP/IP等のプロトコルを必須とせず、非圧縮の映像転送(SDI)等や、アナログ光信号まで多様な通信をめざします。また光の単位λを時間軸や空間軸等の分割技術を活用し常に最適な品質と速度の通信を提供します。
ユーザに多様なインタフェースをご利用いただくには、接続するユーザの装置の選択肢を広げ、ネットワークの多様な組合せを保証する必要がありますが、従来の光伝送装置はエンド・ツー・エンド(E2E)で1ベンダがすべて提供するため、これを機能ごとに分離する装置のディスアグリゲーションと、これらの自由な異ベンダ相互接続が必要です。このようなハードウェア(H/W)機能間のディスアグリゲーションを「水平方向のディスアグリゲーション」とも呼び、NTTは、MEF(Metro Ethernet Forum)*1やONF(Open Networking Foundation)、TIP(Telecom Infra Project)、OpenROADMといったグローバルコミュニティにてこれを推進しています(1)。IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)ではさらにこの相互接続を加速していきます。
高臨場サービスを安価に提供する鍵は、ネットワーク利用ユーザ数の飛躍的な増加であると述べましたが、そのポテンシャルとなる中継装置は転送容量125倍をめざします。これは光通信の物理層である光ファイバを安定的かつ長距離伝送できる波長の束(波長帯)の拡大(マルチバンド伝送技術*2(2))、1波長当りの容量の拡大、および1ファイバ内での面的な多重(空間多重伝送*3)により実現します。また多様なユーザニーズにこたえ、大容量の波長のみでなく、同一波長を時間軸で分割し長距離伝送する技術を確立し、サービスをさらに多くのユーザに提供します(3)。
光技術のみでのE2E通信は一般的にポイント・ツー・ポイント(P2P)である1対1接続ですが、これを複数グルーピングして、さらにユーザ要件に必要なフレーム多重等を併せて提供することで多地点のユーザ同時接続をFDN(Function Dedicated Network)として実現します。これはユーザごとに独立した専用の論理ネットワークであり、互いのサービスレベルを干渉することなく分離し、多数つくることをめざします。現在、5G(第5世代移動通信システム)を中心に加速するスライス技術に対して、光レイヤを核にしたネットワークスライスといえるでしょう。またP2P接続のみではサービスを提供するサーバや常に大量の光波長をハンドリングしないといけません。そこで同一データをAPNの光装置にて品質を保ちながら複数にコピーして分岐し、多拠点に高速で届ける「光マルチキャスト」も実現します。
次にユーザ要件に合わせてオンデマンドにサービス提供する幹となる技術を紹介します。
光オンデマンド技術、およびすべてのFDNサービスでもっとも重要な技術が、「FDNコントローラ」です。これまでキャリアが主としてきたネットワークの設計技術とマクロ情報からの利用予想による「設備計画」は、光パスを固定的に使うことを前提としており、工事には長時間要し、また利用しない時間帯もリソースを占有するなどネットワークリソースの利用効率が悪いという課題があります。光オンデマンドでは、膨大な物理・論理のネットワークリソースを、ユーザの必要なときだけ正確に割り当てることで、ネットワークリソースの高い利用効率を実現し、安価な高臨場サービスの提供に貢献します。キーポイントはネットワークリソースの管理と、要求サービスレベルに最適な論理ネットワークの生成・開放およびサービスレベルの提供・維持です。NTT研究所は既存や最新の転送伝送装置を対象に、前述のグローバルコミュニティにて技術実証と普及に努めています。
IOWNが提供する革新技術群をコーディネートし、従来数カ月の工事期間を要してきた光通信路の提供スピードを、APN技術の発展に合わせて数十分、将来には数分というオーダに短縮するワークフローの実証確立とFDNコントローラの実用化に取り組みます。ネットワークリソースをユーザごとに安全に確実に管理することで、1つのネットワークで膨大なサービス数の提供(1サービス接続地点数:数百〜数万、サービス同時提供数:数万、等)を実現します。
オンデマンドでのリソース利用には、ディスアグリゲーションした膨大なネットワークリソースの状態をリアルタイムに正確に把握することが重要です。これは装置の故障状態のみでなく、各リソースを連携させた際の、多様なネットワーク条件とその厳密なサービスレベルの保証が重要で、ネットワークのE2Eでの高精細なサービスモニタリングおよびその制御が必要となります。NTTは転送レイヤでのモニタリング技術に取り組んできましたが、さらにIOWNが基本とする光装置に光レベルでのリソース管理、通信速度測定把握、そしてサービス要件に応じて遅延時間を調整する技術にも取り組みます。
IOWN/APNがもたらす低遅延ネットワークは、より高精度な時刻マネージメントと装置間の同期が本領を発揮します。例えば、株取引やプロの遠隔eスポーツではその厳密な公平性がカギとなりますが、より高精度な時刻をその精度を落とすことなく全国へ届け、また装置間でのタイミングを正確に合わせる「高精度時刻同期」技術に取り組んでいます。通信データに各通信ロケーションの高精度な時刻を埋め込むことで、サービス側で精度の高い公平なデータタイミング補正なども可能とします。また周波数源の高精度化により、将来はさらに精度の高い時刻提供が実現できます。
このような光オンデマンド技術をより多くのサービサーに使ってもらうため、さらに利便性の高いユーザインタフェースを提供する映像系プラットフォーム、「光ダイレクト高臨場コミュニケーションプラットフォーム」の検討も開始しています。映像コミュニケーションには、「レンダリング」「映像合成」「映像フロー集約」「圧縮解凍」「時間差調整」等の機能がありますが、これらの技術をコンローラで一括制御することでプラットフォームとして提供します。ユーザはこれらの機能を、実際に行いたい処理の順番で組み合わせて、各機能で使いたい撮影映像や音声等のコンテンツを追加します。サービスや映像機能の拠点間通信は光オンデマンドのFDNと組み合わせ、最低限の映像機器と接続すれば、好きなときに好きな地点を接続する、高臨場映像コミュニケーションが提供できるようになります。
現時点でのサービス提供時のワークフローイメージを図3に示します。多くの技術がコグニティブ・ファウンデーション(CF: Cognitive Foundation)およびFDNコントローラによる高度な管理制御によりオンデマンドで実現します。
オンデマンド光多地点接続技術の完成にはAPNの革新技術が必要でその集大成は2030年をターゲットとしていますが、キー技術となる「オンデマンド」接続は既存の光ネットワークでも活用できます。早期には上位の制御機能、およびネットワークの監視機能の活用に取り組み、よりコストリーズナブルな光パスの提供をめざします。2025年の大阪・関西万博では、その会場にて最新の技術をご覧いただくべく、パートナーの皆さんとともにリモートワールドの実現をめざし、その基盤技術の研究開発に取り組みます。将来はサービス提供のリアルタイム性と同時利用性のスケールを向上させ、より安価なサービスを多くの人々に届けます。またこの技術はIOWNの無線新技術との併用により、「エクストリームNaaS」の効果拡大にも貢献します。
本技術はIOWN/APNの利点を最大限に活用し、多くの技術を高度に連携するため国内外の多くのパートナーとで実現していきます。早期の実現と大勢のお客さまに使ってもらうことでより良く安価なサービスを実現できれば幸いです。