更新日:2021/08/24

    研究で最先端を走り続ける 失敗を恐れることなくオープンな気持ちで研究活動をNTT物性科学基礎研究所

    研究で最先端を走り続ける 失敗を恐れることなくオープンな気持ちで研究活動を

    新しい量子テクノロジの創出をめざすNTT物性科学基礎研究所。2020年11月米国科学誌Physical Review Xに、量子計算の高速化、量子コンピュータの小型化を可能にする量子コンピュータ回路圧縮方法の提案、2021年2月には英国科学誌Nature Communicationsに世界初の現実的な光学装置を用いた高い安全性を達成する高速な量子乱数生成器の実証がオンラインで掲載されました。広大な量子ICT分野にわたる、世界的に意義深い取り組みで量子ICTの分野をリードするWilliam J. Munro上席特別研究員に研究活動の進捗と研究者としての姿勢を伺いました。

    William J. Munro 上席特別研究員
    NTT物性科学基礎研究所

    量子コンピュータから安全な通信まで、量子ICTに広くまたがる研究活動

    現在手掛けている研究について教えてください。

    量子コンピュータや量子情報処理は、これまで継続的に力を入れてきた研究テーマの1つです。今現在、NISQプロセッサ(NISQ: Noisy Intermediate Scale Quantum)と呼ばれるノイズのある中規模の量子コンピュータが実現していますが、ここから量子スーパーコンピュータともいえる将来の量子コンピュータの実現へ向けて、どのように開発できるのかを研究しています。例えば、昨年、私たちは量子計算回路を圧縮することで、量子コンピュータが問題を解くのに必要とする時間とサイズの両方を大幅に低減することに成功しました(図1)。また、NISQプロセッサ上でどのようなアプリケーションを実行できるかも検討しています。これは今年の研究成果ですが、世界最大級となる62量子ビットの量子プロセッサを用いて、量子ウォーク*を実装することができました(図2)。量子ウォークの実証は、これら量子プロセッサのこれまでとは違った使い方を示した点でも注目されている研究成果です。
    最近はまた、量子インターネットの研究にも取り組んでいます。量子インターネットとは、現在のインターネットのいわば量子版ですね。量子インターネットをどのようにデザインして、実際にどのように使うのかを明らかにすることが焦点となります。量子インターネットは情報伝達における新たな可能性であり、量子物理学が拓くテクノロジの大きな可能性の1つといえます。私たちは、量子マルチプレキシング、量子ルーチング、量子ネットワークのアグリゲーションといった新しいコンセプトを導入して、その性質について研究しています。これらが持つ固有の性質は、量子通信に有効に用いることができたり、またうまく導入することで量子システムに内在する本質的な弱点を克服できることが分かってきました。この分野はまだあまり注目されていませんが、面白い研究対象です。
    ちょっと毛色の違うものでは、時間結晶の研究があります。時間結晶という言葉は、もしかしたら映画『スター・トレック』で聞いたことがあるかもしれません。砂糖や塩は結晶として知られた例ですが、時間結晶は時間軸に並んで結晶構造を持ったものを指します。この時間結晶を特徴付けるのに、グラフ構造を用いることが有効であることが分かってきました。量子システムを使って時間結晶を生成すると、例えば20といった量子ビット数が小さくても百万ノードを超える、極めて大規模なネットワークをつくり出すことができます。そして、この時間結晶が溶けていく過程でネットワークもまた変化し、スケールフリーとなることを発見しました。スケールフリー性が示されることは重要で、例えば現在のインターネットはスケールフリーネットワークと関連しており、小規模の量子コンピュータで、地球規模のネットワークの性質を調べたりすることができるかもしれません。ワクワクするような発見で、これからこの研究がどこへ発展していくのかはまだ誰にも分かりませんし、量子シミュレーションの新しいアプローチとしても期待できます。さまざまな可能性を秘めた非常に魅力的な世界です。
    もう1つの最近の成果は、量子力学的に安全な高速乱数生成についての研究です。乱数は、さまざまなICTのタスクにおいて重要な役割をになっています。量子技術により、安全性が飛躍的に向上した通信ネットワークの実現に寄与すると期待されています。IOWN構想では、光を中心とした革新的技術を活用した新しいネットワーク・情報処理基盤の構築が打ち出されていますが、私たちの研究はIOWNの量子版(qIOWN)を可能にするものだと考えています。これらの研究を統合することは、量子プロセッサと量子センサや量子時計などすべての量子デバイスを量子ネットワークへつなげた分散型の量子情報処理システムの構築へとつながっていきます。それはまさにqIOWNの実現への道と重なります。

    1. *量子ウォーク:ある粒子等が次に現れる位置が確率的にランダムに決定される運動であるランダムウォークの量子版。重要な量子アルゴリズムの1つで、拡散現象、ノイズを含む問題など、さまざまな分野での現象を記述し解析するために期待されています。
    図1 量子回路圧縮のイメージ図
    図2 62量子ビットの量子コンピュータが量子ウォークを行う様子

    素晴らしい研究成果ですね。量子コンピュータの研究は世界各国で盛んに実施され、注目されていますが、社会全体の利益になるような研究成果をいち早く上げるとすれば、世界各国の研究者には何が求められるでしょうか。

    量子コンピュータの分野は世界的に非常に注目されており、特に欧米、中国等で先進的な取り組みが行われています。残念ながら日本は少し遅れをとっています。現在、60量子ビット程度のさまざまな量子プロセッサがつくりだされ、一部で利用可能となっています。これらの量子プロセッサは非常にノイズが多いものの、量子力学がもたらす可能性を探るには有用で、現在の世界最大のコンピュータでもおそらく何千年かかるといわれるようなタスクの実行も報告されています。ただ、このようなデバイスは作動中に常にノイズが発生してしまうので、ノイズによってあまり影響されないようなタスクに限定されるという側面があります。
    この先、量子コンピュータが発展するためには、はるかに大規模な、できれば何百万量子ビットからなる量子プロセッサにスケールアップすることが必要で、その実現方法を見出す必要があります。どうすればできるかはまだはっきりとしていませんが、現在のNISQデバイスの実現方法とは本質的に異なったアプローチが必要だということは分かっています。そして、世界規模でコミュニティが協働することが不可欠だと私は考えています。研究をクローズドにすることは、大規模な量子コンピュータの実現を遅らせることにつながるだけでしょう。
    大規模量子コンピュータが持つ本当の可能性は実はまだ十分に分かっていませんが、底知れないインパクトがあると期待できます。そのインパクトの大きさは、1940〜50年代にコンピュータが社会へ与えたインパクトに匹敵するような革新的なものとなるかもしれません。今日の私たちには想像もつかないような複雑な問題も解決できるかもしれないのです。

    研究に取り組み続けるために大切なこと

    研究者とはどんな存在だと思いますか。

    研究者は、問題を解決しようとする旺盛な好奇心を持ち、既存の考え方にとらわれることなく、物事がどのように成り立ち、機能しているのかを解明しなければなりません。ケンブリッジ辞典で「研究者」と引くと、「特に新しい情報を発見したり、新しい理解に達するために、注意深く検証する人」とあります。これは非常に広い定義ですが、新しい情報の発見や理解に達すれば、研究としては成功ということです。ただ、どう成功なのか、は別問題なんですね。
    自分自身のことに照らすと、私は自分のことを研究が好きな科学者でありエンジニアだと考えています。物事の仕組みを理解し、より良いものを設計、構築し、そしてさらに重要なことはそれを楽しむことです。また、研究は仕事というよりは、生き方そのものなので、研究を切り上げるのが結構難しかったりするんですね。研究は面白いですし、挑戦でもあります。NTTでは、大学と異なり、より長い時間をかけてグランドチャレンジといった大きな課題に取り組むことができます。そうして、研究を楽しむということが私にとっては大切と感じています。
    ところで、私たち研究者にとって研究環境は非常に重要で、その中でも特に他の研究者との交流は非常に大きな意味があると考えています。研究者が集まることで、より多くの成果を上げることができるからです。研究者が同じ場所に集い、そこに1杯のコーヒーとホワイトボードがあるだけで、まさしくそこは魔法のような場所になるのです。最近は、新型コロナウイルスの感染防止のためにリモートワークが増えて環境が変化しました。電子プラットフォームでもできることもありますが、対面と同じ効果を得るには、ツールとしてはまだまだ足りないものがたくさんあると思います。

    厳しい環境で活動をしているのですね。こうした中でも続けられている研究活動において、どのように課題やテーマを探しているのですか。

    私は研究テーマを探す際、時間の約20%を専門分野外の研究を幅広くチェックすることに費やしています。また、さまざまな資料を幅広く読むことによって、新しく刺激的なトレンドを見出し、素晴らしいと実感したものを調べて研究活動につなげていくことがあります。それから、国際会議は最新の研究に触れる絶好の機会です。大規模な会議では、専門分野以外のセッションにも参加するようにしています。中でも特に招待講演や、チュートリアル講演では、その分野の重要なポイントや課題を的確に示してくれるので、大変役に立ちます。
    振り返ってみると、私の研究のほとんどは、トレンドを追うことではなくて、新しいトレンドをつくり出すことにフォーカスしたものです。常にトレンドの一歩先を進むということですね。これは、不可能だと思っていた問題を解決するということとも深く関係しています。例えば、私のこれまでの研究の1つで、量子中継に関する研究を行ったときのことですが、当時は量子中継の性能は1つのノードから別のノードへ信号が伝達される時間で制限されると考えられていました。私たちは5年近く信号伝達時間による制限を回避しようと試みましたが、この分野のほとんどの研究者たちと同様に、この限界を取り除くことは不可能であるとの結論に達しました。結局、それを克服するためには、量子中継についての考え方を完全に変えなければなりませんでした。つまり、これまで必須と考えられていた要素である量子メモリを取り除いたのです。当初は、あまりにも突拍子もないことでしたし、うまくいくはずがないとも思えました。しかし、簡単な計算をしてみると、うまくいく可能性があること、そして量子中継システムの新しい分野を生み出すことが分かったのです。私たちが明らかにしたのは、物理的に実現するのはとても難しいけれども、もし実現できたら量子中継器の性能を従来の方法と比較して何百万倍も向上できるということでした。大変革をもたらす可能性のある一手だったのです。

    未開拓の分野には多くの可能性が埋もれている

    未知の領域への挑戦は過酷ではないでしょうか。プレッシャーを感じることはありませんか。

    いいえ、むしろその逆です。未開拓の分野には多くの可能性が埋もれていて、誰もがパイオニアになり得るのです。また、そこへ踏み込むことは科学技術の最先端にいることを意味します。研究者であれば誰もがやってみたいことなのではないかと私は思います。未知の領域はどの角度から眺めても非常に大きなやりがいがあります。ただし、当然リスクもあります。自分の前に道はないということは覚悟する必要があるでしょう。
    研究である以上、失敗はつきものです。最先端で研究をしているときはなおさらです。すべてが順調に進むと期待することはできませんし、問題は必ず出てきます。失敗が繰り返される場合は注意が必要ですが、失敗したからと過度な批判は避けるべきです。私の場合、おそらく引き受けたプロジェクトの20%ほどは思ったようにはいきませんでした。しかし、私たちは失敗から貴重な教訓を得ることができ、失敗のおかげで研究者として成長できると考えます。
    また私は、テクノロジには社会をより良く変える可能性があると思っています。もちろん私たちの想定内の自然なテクノロジの進化もありますが、時には本質的な大変革を起こし得る驚異的なテクノロジが現れることもあります。量子テクノロジはそのような驚異的な性質を有しています。実現されれば、eコマースのさまざまな側面や、情報をどのように動かし、保存するのかということを根本から変えざる得ないでしょう。つまり、非連続な技術革命を意味します。一方、量子技術はプライバシ保護の手段として量子の法則を活用するなど、コンピュータの処理能力に新しいチャンスももたらしてくれます。科学技術には必ず多面性があり、私たちの想像を超えたさまざまな応用があることも忘れてはいけないことだと感じます。

    後進の研究者に一言お願いいたします。

    まず、オープンな心を持ちましょう。そして、失敗を気にかけないことです。自分が面白いと思える問題を選んで、それに挑戦することを楽しみましょう。幅広くいろいろな文献を読んで知識を広げることも大切だと思います。新しい分野を開拓することの助けにもなります。私自身は、時間の20%ほどを新しいスキルと知識の開発に費やしています。
    新しい分野開拓の方法に1つの答えはありません。私自身は5年ぐらいのペースでテーマの開発をしています。現在の研究テーマに力を注ぎつつ、新しいテーマを同時並行で開拓していきます。国際会議に出席したり、気軽に読める科学記事を読んだりして、自分にとってエキサイティングな分野を見つけてください。そこから面白い問題を見出せるか、挑戦できそうか、そして自分で挑戦してみたいか、ということをみていけば良いのではないかと思います。
    新しい分野開拓や新しい挑戦課題で迷ったりすることや、考えがうまく整理できなかったり、論文書きがうまくいかないなどがあるかもしれません。そんなとき、周りの研究者と話をしてみることも有益です。新しい分野のアドバイスがもらえたり、論文の構想のアイデアのヒントが得られることもあると思います。ただ、そのためにはまずは自分から話しかけてみないことには始まりませんし、そしてどうするのかを決めるのもあなた自身です。
    研究には必ず山や谷があり、すんなりと成果が出るときもあれば、全くうまくいかないと思うときもあります。でも、それは自然なことなのだということを忘れないでください。私はいつも複数の違うテーマのプロジェクトを持つことにしています。そうすることで、1つのプロジェクトがうまくいかないときは、もう1つのテーマに集中することもできます。うまくいかないプロジェクトから一度距離をおくことで、頭がスッキリとリセットされ、もう一度取り組むときに新しいアイデアが出てくるということは実はよくあることなのです。最後に、あなたの周りには話をしたり影響し合える研究者がたくさんいることも覚えておいてほしいと思います。私たち先輩の研究者はあなたを支援するためにここにいるのです。

    William J. Munro
    William J. Munro

    上席特別研究員

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