更新日:2021/03/12
William John Munro†1†2/ Victor. M. Bastidas†1†2/ 東 浩司(あずま こうじ)†1†2/ 根本 香絵(ねもと かえ)†3
NTT物性科学基礎研究所†1/ NTT理論量子物理研究センタ† 2/ 国立情報学研究所†3
量子力学の原理が、従来技術では実現できない、あるいは従来技術の性能を大きく凌駕する、全く新しい技術を生み出すことが分かってから約半世紀になります。これら技術のすべては、「量子」の技術的優位性を獲得するために、「量子コヒーレンス*1」や「量子もつれ*2」を利用し、その応用範囲は量子計測・イメージングから、量子通信、量子計算に至るまでと、広範なものになっています。これらの分野自体は依然として揺籃期にありますが、私たちはすでに、量子センサアレイを含む多数の入力を取り入れ、量子コンピュータをつなぐ「量子インターネット」の姿さえも想像しています(1)。必要とあれば量子時計*3を用いて、ここで使用されるすべてのデバイスを同期することもできます(2)。ここでの疑問は、図1にあるように、現在手に入る数量子ビットデバイスから、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)プロセッサ(3)や、究極的な誤り耐性量子コンピュータ(4)にどのように移行していくか、あるいはこれらを実現するためにどのような道のりを歩むべきかということです。
ここ10年間で、量子技術の開発やその将来に関してのパラダイムシフトが起きてきました。一研究室レベルで、数量子ビットを用いて原理検証実験を行ってきたこれまでとは異なり、商用利用可能で、ある程度の規模を持つ量子プロセッサを構築するレベルへと移行してきました。超伝導回路、イオントラップ、光学系では、コヒーレンスを保ちながら同時に動作する約50量子ビットを持つデバイスが実現され、それらの上で非自明な量子アルゴリズムが実行されています。これらのNISQプロセッサは、従来型の計算機では計算することが困難な複雑性、いわゆる「量子優位性」を持つことが示されています(5)、(6)。しかし、NISQプロセッサで用いられる量子ビットやゲート操作、測定、制御が持つノイズの影響で、それが扱えるタスクのサイズは非常に制限されます(図1)。ノイズ補償技術は、システムサイズの拡大にある程度は貢献しますが、(10⁶から10⁸個の量子ビットと数兆回にも及ぶゲート操作から成る)万能量子計算までをも達成しようと思うと、誤り訂正や誤り耐性が必要になります。基本的な問いは、現状の技術動向をかんがみて、どのようにして量子コンピュータの未来像を獲得していくかということです。
図1は、リソース(物理量子ビットの数)とエラー率に対する量子計算の概観(7)です。橙色は実行するタスクが古典計算機でもシミュレート可能な領域、青色は量子優位性を示すタスクが存在する領域、薄緑色は量子誤り訂正符号を利用した量子コンピュータで遂行できるタスクの領域、深緑色は誤り耐性万能量子コンピュータ(FTQC:Fault Tolerant Quantum Computer)で遂行できるタスクの領域をそれぞれ表しています。
量子コンピュータのデザインについて、NISQプロセッサとシミュレータに関する考察から始めます。それらは、特定の範囲のタスクに着手するようにデザインされた完全にプログラマブルなマシンであり、理想的には万能性を有しますが、ノイズの影響により用途が専用マシンへと制限されます。しかし、NISQプロセッサやシミュレータは量子物理が提供する潜在能力を明らかにするには極めて有用です。もっとも開発が進んでいる超伝導回路やイオントラップを用いて、NISQプロセッサを構成する取り組みは数多く存在します(3)。しかし、プロセッサやシミュレータは、ある特定の様態で一緒に動作する20から100個の量子ビットの集合体に過ぎません。それらは、図2の各層として描かれている異なるレベルのシステムを、シームレスかつ一緒に動作するように統合したデバイスです。最上位層には、NISQプロセッサ上で実行させたいアプリケーション(シミュレーションやサンプリングなど)があります。…