更新日:2020/10/16
まず大きな目標から入りますと、世界的に電力消費量が増大している中で、将来的な①グリーン発電・蓄電へのシフト、②送給電・配線のロスレス化、③デバイス等のさらなる低消費電力化等への貢献をめざして、『薄膜合成法による新奇「超伝導」および「磁性」物質の創製と物性解明』というテーマに取り組んでいます(1)(図1)。具体的には、基板と呼ばれる単結晶(原子が規則正しく並んで結晶化しているもの)の土台の上に薄膜と呼ばれる0.1 nm(原子1層分)~10 μmの膜を成長させることで、自然界にない新しい物質の創製や、その物質の物性解明を行っています。この薄膜の成長手法として、極めて真空度が高い(常圧の10兆分の1程度)真空装置の中で、ねらった化合物の薄膜を構成する元素を、原子または分子の形で供給し、加熱した基板の上で反応させて薄膜を形成する、MBE(Molecular Beam Epitaxy:分子線エピタキシー)法という手法を用いています(2)。
私たちはMBE 法を用いて全く新しい化合物の創製に取り組んでいる、世界でも極めて先進的な研究チームであると考えています。具体的には、NTTオリジナルな装置を用いて、金属元素を2種類以上含む酸化物(複合酸化物)の薄膜を成膜する研究を展開しています(酸化物MBE法)(図2)。この装置の特長は、金属元素の供給量をリアルタイムでモニタし、供給源にフィードバックをかけることで、それぞれの金属元素を長時間安定に供給できること、また、通常はO2分子の形で存在する酸素ガスを、反応性の高いO(酸素)原子やO3(オゾン)ガスの形で供給することで、真空中で強酸化が行えることです。これらの特長を活かすことにより、自然界には存在しない結晶をつくることができるようになりました。
この技術を用いて、長年、新たな超伝導物質の創製と物性解明に取り組んできました。超伝導物質とは、ある一定の条件のもとに物質の電気抵抗が0(ゼロ)になる性質を持つ物質のことで、特にある一定温度(超伝導転移温度:Tc)以下の低温で超伝導性が発現することが知られています。この電気抵抗が0の状態では、その超伝導物質内に電力ロスなしに電気を流せることになります。超伝導転移温度Tcの常圧(1気圧)下での最高値は、現在のところ−140℃ほどで、ドライアイスが固体から気化する温度(約−79℃)よりさらに60℃ほど低い温度になります。しかし、近年、超高圧(約200万気圧)下でのみ安定に存在できる別の物質で、Tcが−70℃や−25℃と室温に近い物質が存在するとの報告が相次いだため、室温超伝導体は、まだ発見・合成されていないだけで確実に存在すると考える研究者が多くなりました。単なる見果てぬ夢ではなくなったといってもよいでしょう。私たちも勿論そのような物質の合成・発見をねらっているわけですが、その前段として、上記の薄膜をつくる手法を用いて、さまざまな特性を持つ新たな超伝導物質を創製し、絶縁体だと考えられてきた物質の超伝導化や、歪の導入によるTcの上昇といった現象の発見等の成果を挙げています。最近では常圧下で最高のTcを示す銅酸化物超伝導体の基本骨格のみを抜き出した構造と、銅を含まない別の酸化物を交互に積層してつくった人工構造(人工超格子)における超伝導発現にチャレンジしており、あと一歩のところまで来ています。
さらに、こちらは新物質でも超伝導体でもなく強磁性金属として知られる物質ですが、ごく最近、SrRuO3〔Sr(ストロンチウム)、Ru(ルテニウム)、O(酸素)からなる物質〕の世界最高品質の薄膜を作製し、高品質ゆえに、これまで隠れていた、磁性ワイル半金属*というエキゾチックな状態が発現することを見出しました(3)。私たちの薄膜作製技術と、磁場下での電気伝導特性測定技術の高さを世界に示した一例といえます。今後、電子状態を可視化するような測定等を行って、この状態の存在を一瞥のうちに認識できるようにしていければと考えています。