更新日:2020/9/14

    やりたいことを誰にも負けないように頑張る河邉 隆寛
    NTTコミュニケーション科学基礎研究所
    上席特別研究員

    NTT技術ジャーナル2020年9月号:「挑戦する研究者たち」より

    錯覚を現実の世界で活かす

    現在手掛けている研究について教えてください。

    錯覚を利用した情報提示技術の提案が私の研究テーマです。錯覚は実際の世界で生じている事象とは異なるものを感じてしまう人間の知覚特性を指します。一般的には錯覚は「望ましくないもの」ととらえられがちで、これは人間が正しい世界を見ることを錯覚により阻まれると感じるためです。しかし、私は錯覚を利用すれば、これまで不可能だった表現が可能になる、錯覚を利用することで、いわゆる正しい世界では生じることのなさそうな知覚体験を提供できるのではないかと考え、「変幻灯」という技術を開発しました(1)(図1)。この技術は、私が現在の研究テーマを始めたきっかけでもあります。
    変幻灯は光投影技術(プロジェクションマッピング技術)を利用して、静止した対象に見掛け上動いているかのような印象(錯覚)を与えることができます。変幻灯では錯覚が生じるように計算された明暗の映像を、対象にぴったり重なるように投影します。人間の脳にある動きを検出する仕組みは、低いコントラストでも動作しますので、変幻灯で投影する映像は低いコントラストのもので構いません。
    また、人間の動き検出器は明るさには敏感ですが色には鈍感なので、変幻灯で投影する映像は明るさの変化のみで十分です。このため、ほのかな明暗映像しか投影しないので、投影された対象の色味や風合いをほとんど損なうことなく、動きの錯覚だけを対象に与えることができます。この変幻灯は成果提供先である、NTTコミュニケーションズと大日本印刷株式会社との協業により商用化され、スーパーや美術館などさまざまな分野で利用されています。
    変幻灯の次に開発したのが「浮像(うくぞう)」です(2)(図2)。浮像は実対象の影に見えるパターンを投影することで、あたかも実対象が宙に浮かんでいるように錯覚させる技術です。もともと影をつけることで対象が浮いて見えることはよく知られており、コンピュータのインタフェースや漫画、アニメなど多くの分野で使われています。浮像はその強力な影の錯覚効果を実世界へ持ち込み、カメラで実対象を取り込むだけで、自動的にその実対象の影にみえるパターンを生成・投影することで、実対象に奥行き印象を与えることができます。
    もう1つ、「変幻灯」「浮像」の次に「踊る紙人形」に取り組みました(3)(図3)。静止した対象の輪郭に明暗の線を加えて明るさが時間的に変化する背景上にそれを提示すると、その対象が動いているように錯覚することは以前から知られていましたが、あくまで画面上での話として考えられてきました。私は実際の紙の対象に明暗の輪郭線を加えて、それを明暗が変化する画面上に置くこと、その紙対象が動いているような印象を与えることができることを研究報告し、国際的な錯覚コンテストである2018年のBest Illusion of the Year Contestで入賞いたしました。現在、この技術の商用化に向けて取り組んでいます。

    図1 変幻灯
    図1 変幻灯
    図2 浮像
    図2 浮像
    図3 踊る紙人形
    図3 踊る紙人形

    どれもユニークでワクワクする技術ですね。現在はどのようなことに注力されていますか。

    1年半ほど前から、視覚的な「柔らかさ」を伝える錯覚技術の研究に取り組んでいます。「柔らかさ」というのは主に触覚を通じて認識されると思いますが、人間が映像のみからどのようにして「柔らかさ」を認識するかという問いについてはまだ完全には明らかになっていません。…

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