更新日:2020/9/14
今からちょうど35年前、日本電信電話公社(電電公社)が民営化され、NTTが発足した1985年当時、電話は当時の流行歌の歌詞*にあるように、親しい人が「いま何してるの」とか「いま何処にいるの」などを知るためのコミュニケーションツールの主役でした。現在はスマートフォンが普及し、ソーシャルメディアが新たな主役として発達した結果、あまり親しくない人であっても、それがある程度分かってしまいます。そもそも、個人が日々利用するスマートフォンは、これらの情報をすべて把握しており、むしろ使用者本人よりも詳しいかもしれません。一方、電電公社時代の黒電話には不思議な存在感やぬくもりがあったと記憶しています。今後さらに技術が発達すると、コミュニケーションはどう変化するのでしょうか。人と人との物理的な距離が遠くならざるを得ない時代だからこそ、コミュニケーションの本質が何かを究めることはなおさら重要です。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)は今から約30年前、1991年の設立当初から、コミュニケーションの本質は、「情報を正確かつ効率良く伝達すること」のみならず、「お互いに理解を深め、感動を共有し、心のふれあいを実現すること」であるとの理念のもと、時代を先取りした基礎研究に取り組んできました。当初は人と人とのコミュニケーションが主題でしたが、現在は、人と人のみならず、人とコンピュータとの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、「メディア処理」「データ・機械学習」など、「人間の能力に迫り凌駕する」ための革新技術の創出と、「人間科学」「多様脳科学」など、「人間を深く理解する」ことにつながる基本原理の発見に力を入れています(1)。まさに「あなたを・もっと・知りたくて」を究める基礎研究です(図)。また、それらのための地道な基礎理論の構築にも継続して取り組んでいます。後者の例については本特集記事『量子情報処理における量子的間接制御の可能性』で詳しく説明します(2)。そして、成果を世の中に具体的に届けることにも、基礎研究の立場からパートナーの皆様とのコラボレーションを通じることで工夫して取り組んでいます。本稿ではそのような取り組みの一部を紹介します。
コミュニケーションの基本はまず話し言葉を認識することです。CS研が運営する「錯覚」解説サイト「イリュージョンフォーラム」で紹介されている「錯聴」の1つに、「モザイク音声(劣化雑音音声)」があります(3)。これは、雑音のない通常の話し言葉の音声を加工しスペクトルの細かい特徴を破壊した、いわば粗いモザイクをかけた映像のような音声のことです。実際聴いてみると、歪みの大きい不自然で聞き取りにくい音声ですが、何と言っているのかなんとか分かります。このように人間は非常に粗い情報だけでも、ある程度声の内容を聞き取ることができます。…