更新日:2020/01/01

    挑戦する研究者たち
    人生、何一つ無駄なことはない。すべての人が生き生きと暮らせる社会を築きたい
    小林 哲生
    NTTコミュニケーション科学基礎研究所
    上席特別研究員

    エビデンスに基づいた教育支援をめざす

    現在の研究の内容などから教えていただいてよろしいでしょうか。

    私は言語習得メカニズムの解明とそれを活用した教育支援の研究を行っています。簡単にいえば子どもが自然に言葉を覚えていくメカニズムを解き明かして、それを子どもの発達に向けた支援として活かしていく研究です。子どもは、おおむね0〜3歳くらいまでの間に母語の基礎を習得していきますが、そのプロセスにおける音声の知覚、発話、語彙、文法、文字の習得あたりまでのメカニズムを対象に研究を進めています。最近では小学校で第二言語としての英語も学習範囲に含まれるようになり、この部分についても研究対象を広げてきています。
    それから同時に、社会的な認知能力も研究しています。子どもは3〜5歳ころから徐々に他者の気持ちや心の状態を推測できるようになっていきますが、それが発達していく仕組みについても、言語能力との関連から調査を進めています。現在は言語習得、認知能力いずれも定型発達の子どもを対象にしていますが、このメカニズムが分かると非定型発達の子どもにおける言語習得のつまずきポイントなども分かるのではないかと考えています。これらについて、病院などの医療機関と連携して研究し、エビデンスに基づいた教育支援につなげることを目標としています。

    皆さんの英知と愛情の結集ですね。子どもの成長を助けるための研究に助けられる保護者も多そうですね。では具体的にどのような研究をしているかお聞かせいただけますか。

    手掛けている研究の1つである日本語の語彙の習得メカニズムの場合、基本的なデータはあまりなかったため、0〜4歳くらいの子どもの母親から現時点でどんな言葉を話せるかというチェックをしてもらい、統計モデル化し、言語習得の初期発達を把握しようとしています。収集データから、月齢と言語習得の関係をみると、約50%の子どもが「ワンワン」という言葉を発話できるのは15.5カ月なのに対して、「犬」は26.1カ月です。また、最初に理解できる言葉は「自分の名前」で、約50%のお子さんが約7カ月で理解できます。次の段階で、「バイバイ」「いないいないばー」などの社会的なコミュニケーションに使う言葉を理解し、おおむね1歳の誕生日までに平均で15語くらい理解したうえで発話できるようになることを確認しました。こういったデータをデータベース化し、子どもの月齢・年齢に合わせた言葉の検索や、月齢・年齢に合わせた幼児用のコンテンツの作成に活用することができたら、有益ではないかと考えて実現しました(図1)。こうした科学的な知見なども踏まえてNHK教育の「いないいないばあっ!」という番組の監修を10年以上担当させていただいています。長年の経験とノウハウに基づいて行われてきた番組制作に、エビデンスに基づく指針というものを付け加えることができるようになりました。

    また、これらのデータに基づいて絵本も作成しており、これが非常に好評を博して、2年ほどの間に、5冊のシリーズ累計で約30万部の発行部数となっております。言語習得のパターンを考慮して、より初期の段階で習得する言葉だけで絵本を作成しましたが、言語習得の速さに個人差があることから、個々の子どもに合わせた「パーソナル知育絵本」を作成する実証実験を進めてきました。母親に子どもの言語習得状況をチェックしていただいて、子どもの発達に合わせて習得した単語を組み入れた絵本を作成します。この絵本がモニターから大変好評だったので、2019年12月からNTT印刷で事業化し、パーソナル知育絵本4冊のテスト販売を開始しています。絵本は言語習得に大きく寄与するので、まさに言語習得を支援する取り組みになります。一般に、自治体がブックスタート事業などで、乳幼児検診に合わせて1冊の絵本を配布しているのですが、残念ながら1冊の配布だけでは絵本を読む習慣を身につけるのは難しいと思います。
    そこで、絵本を読むことを習慣化することで言語の習得を促すために、親子を図書館へ誘導することが重要だと考えました。これについて、2020年1月から沖縄県恩納村と協力して、検診に来た親子に、パーソナル知育絵本を作成してもらうことをきっかけに子どもを図書館に誘導することを始めています。パーソナル知育絵本は10日ほどで完成するので、それを再度図書館に取りに来るという仕組みです。そのうえで、図書館に何度も足を運んでもらえるようになったら、次は自分の子どもに合った絵本を蔵書の中から見つけて読み、それを繰り返すことで絵本を読むことを習慣化させようとする試みです。自分の子どもに合った絵本を検索するために「ぴたりえ」という絵本検索システムを開発しました(図2)。絵本には対象年齢が記載されているのですが、とても幅広い年齢が対象にされています。そこで、作品に提示されている対象年齢と、絵本に登場する単語や文章データを分析し、学術的なデータと言語処理の技術で文章の複雑さを推定することで、もっと絞り込んだ対象年齢や難易度順で絵本を検索することができるようにしました。「ぴたりえ」のデータにはタイトルだけではなく、絵本の中で使われていた言葉も整理されていますが、絵本は、フォントが定型ではなく、絵の上に文字が重なっている場合もあり、OCR等で機械的に読みこなすことはできないため、6000冊の絵本を1冊ずつ手で入力しました。ただ、子どもの発達の状況によっては、絞り込まれた対象年齢と実際の子どもの言語習得状況には誤差が生じますから、あくまでも目安としての対象年齢となりますが、現実に即した絵本選びができるようになり、図書館通いや絵本を読むことの習慣化へつなげていくことができると思います。

    ぴたりえ」はNTTデータ九州で事業化し、2019年4月から福井県立図書館に正式に導入し、現場である図書館で絵本検索システムをお使いいただいてます。その後、品川区の保育園にも正式に導入され、保育関係者からも大変好評でした。さらに、福岡市で夏休みに開催する「絵本ミュージアム」というイベントで、ロボットと対話しながら、好みの絵本を推薦するデモを実施し、2018年と2019年の2年にわたり2万人の方に体験してもらいました(図3)。日常とは少し異なる体験なので子どもにとっては楽しいようです。これによって色や柄の好みの形成過程などを解析しています。例えば、表紙の人物の絵の場合、子どもは漫画のような目の大きな顔が好きなようで、大人の読ませたいアーティスティックな顔のものとは違うことが分かりました。今後は、成長記録の解析にも取り組みたいと思っています。保育園と協力して、覚えた言葉等の成長記録をアプリに入れてもらって、成長にふさわしい絵本を推薦するというものです。ノウハウはもうありますが保育士に負担をかけないで実現する方法を検討しています。ちなみに、発達心理学の分野の話ですが、子どもが1、2歳のころに親が読み聞かせをしてくれた頻度が高いほど、小学校3、4年生の文章読解力や理解する語彙数が有意に増えるという研究結果があります。私たちの研究がこうした学習基盤を支える一助になれば良いという思いのもと、各地でこのような話をさせていただています。

    図1 幼児語彙発達データベース
    図1 幼児語彙発達データベース
    図2 ぴたりえ
    図2 ぴたりえ
    図3 絵本ミュージアムでのデモの様子
    図3 絵本ミュージアムでのデモの様子

    最終的には熱意とやる気が道を拓く

    この研究はどのようなきっかけで取り組みを始められたのでしょうか。

    科学は世の中の現象を解明するもので、工学は科学で解明されたものなどを参考にしながら世の中で使えるものをつくることだと思っています。人間は言葉を話しますが、動物はしゃべらない。しかも、自然に話し出すのはなぜだろう解明してみたいという思い、つまり科学が研究のきっかけでした。大学時代は心理学を専攻し、人の存在に興味を持ち、大学院時代はチンパンジー、ゾウ、ネズミの心理学研究にまで対象を広げ、ヒトの特徴である言語に至る前の思考や認知のメカニズムを哺乳類と比較することで解明する研究をしてきました。こうした経験から人類は言語を有することを含んでとても特殊な存在であるこ…

    ■参考文献

    1. (1)https://www.literacyhow.org/wp-content/uploads/2016/02/WLF-FINAL-ECONOMIC-REPORT.pdf
    2. (2)https://www.nii.ac.jp/news/release/2016/0726.html

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