更新日:2020/01/01

    NTT R&Dフォーラム2019 特別セッション
    オールフォトニクス・ネットワークを支える基礎技術
    寒川 哲臣(そうがわ てつおみ)
    NTT 先端技術総合研究所
    所長

    は じ め に

    インターネットのトラフィックは急速に増え続けており、それに伴いより多くのデータを処理するIT機器の消費電力は増大し続けています。一方で、半導体集積回路(LSI)の進化に関する、ムーアの法則、スケーリング則は限界に近づいてきました。半導体デバイスを微細化することによりリーク電流や熱が発生し、性能を制限しているのです。このように処理すべきデータ量が増え続けているのに、コンピューティング能力が従来のペースで伸びないというのが根本的な課題だと考えています。

    オールフォトニクス・ネットワークとは

    IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の構成要素であるオールフォトニクス・ネットワークでは、電力効率を100倍に高めることを目標としています(図1)。そのためにネットワークから端末まで、できるだけ光のままで伝送する技術や、光電融合素子という新しいデバイスの導入を検討しています。同時に伝送容量を125倍に高めることをめざしていますが、これはマルチコアファイバなどの新しい光ファイバを用いた大容量光伝送システム・デバイス技術の導入を含めて検討しています。さらに、エンド・ツー・エンドで遅延を200分の1に減らすために、あるいは遅延が許されない通信では、情報を圧縮することなく伝送するなど、さまざまな新技術の導入を検討しています。

    図1 オールフォトニクス・ネットワークの目標性能
    図1 オールフォトニクス・ネットワークの目標性能

    重要性を増す光技術の役割

    コンピュータでさまざまな演算を行うチップには、これまで、使い勝手の良い電子技術が活用されてきました。しかし、近年の高集積化に伴い、チップ内における配線の発熱量が増加し、性能を制限しつつあります。そこで、チップ内の配線部分に光通信技術を導入して低消費電力化を行い、さらには光技術ならではの高速演算技術を組み込んだ、新しい光と電子が融合したチップを実現することを目標に掲げています。ネットワークの光化と合わせてエンド・ツー・エンドでの光技術の活用が、 IOWN構想を実現するうえで重要な役割を果たします。
    本稿では、オールフォトニクス・ネットワークを支える4つの研究テーマに焦点を当て、紹介します。

    大容量光伝送システム・デバイス技術

    光通信が始まった1980年代と比べると、この40年間で光ファイバによる通信速度は実に6桁も高速化しました(図2)。これは半導体レーザ、平面光回路、ファイバアンプに代表される重要な発明により支えられており、近年ではさらに、デジタルコヒーレント通信用信号処理回路(DSP)の開発により一層の大容量化が進んでいます。
    2019年度のニュースリリースでは、実験室レベルで1波長当り1Tbit/s、これを35波、波長多重して伝送する実験に成功しています(1)。また、敷設光ファイバを用いた商用環境下で、実用段階の1Tbit/sの信号を、1000km以上伝送することにも成功しています(2)。現在、マルチコアファイバという、1本のファイバ中に多くのコアを並べた新たな構造のファイバなどを活用して、ファイバ当り1Pbit/s級の伝送も見据えています。
    コア、メトロ、アクセスネットワーク、それぞれに適したデバイスを、着実に進化させることが必要であり、今後は、需要が急激に伸びているデータセンタ間接続用デバイスも重要になると考えています。データセンタ間を含めたエンド・ツー・エンドを可能なかぎり光のまま接続すること、まさにIOWNで実現しようとしていることが求められています。

    図2 トラフィック増大を支えるフォトニクス技術の進展
    図2 トラフィック増大を支えるフォトニクス技術の進展

    光電融合技術

    従来、光は取り扱いが非常に難しいものでしたが、屈折率が周期的に変化するフォトニック結晶と呼ばれる構造(図3)により、光を小さな領域に閉じ込め、光と物質の相互作用を高めることができるようになってきました。このフォトニック結晶により、光スイッチ、レーザ、光メモリ、光RAMといったさまざまな光デバイスにおいて、低消費電力での基本動作を確認しています。
    光電融合技術のロードマップを図4に示します。まずStep1にて、シリコンフォトニクスにより実装された回路とファイバ、アナログICなどを集積した構造を実現し、チップ外部との接続速度を高速化します。Step2ではチップ間を超短距離の光配線により直接接続し、Step3ではチップ内のコア間を光配線で接続し、超低消費電力化を図る予定です。
    Step3では、さらに光独特の演算処理を組み込みチップの性能を向上させます。私たちが光パスゲートと呼ぶこの論理回路では、通常N段の論理ゲートを通過する際にN段分の遅延が生じるところを、光スイッチを活用することにより、光回路の通過時間のみで瞬時に計算結果を得ることができます(3)。まだビット数が少ない基礎評価段階ですが、この光パスゲートや、ほかにも光トランジスタ(4)の活用を検討しています。

    図3 フォトニック結晶
    図3 フォトニック結晶
    図4 光電融合技術のロードマップ
    図4 光電融合技術のロードマップ

    光イジングマシンLASOLV®

    近年、相次いで発表されている次世代コンピュータは、従来の計算機では困難であった、複雑で多量の計算を必要とする問題を解くことが期待されています(5)(6)。私たちは、NTTが強みを持つ光技術を活かした光イジングマシンLASOLV®により、このような問題の1つである組み合わせ最適化問題を解く研究を進めています。組み合わせ最適化問題は実世界に多く存在しており、選択肢の数が増えると、組み合わせ数が膨大となり、現代のコンピュータでは解くことが難しくなります。
    組み合わせ最適化問題はグラフ問題へと変換できることが分かっていますが、このグラフ問題に対して物理的な実験を行って答えを出すのがイジングマシンという新しい概念のコンピュータです。例えばグラフの各ノードに、制約条件に合わせてS極・N極の向きを設定した磁石を並べ、一気に手を離すと、磁石が一番安定な向きになったときに全体のエネルギーがもっとも低くなり、グラフ問題の答えが導かれます。
    LASOLV®では、この磁石の実験と同等なことを光技術により実現しています。1kmの光ファイバに2000の光パルスを入力し、特殊な光アンプを何度も通過させて増幅を繰り返すと、光の位相がゼロかπ(パイ)に状態が定まってきます。これは、光の波の振動をブランコの揺れで例えると「ブランコが前にいるか後ろにいるか」の状態が定まってくるということです。さらに、光ファイバからパルス光を少し取り出して位相状態を測定し、グラフ問題における制約条件を光の相互作用として設定し、元の光に重ねて戻します。このようなことを繰り返し、1000周ほど光ファイバを周回すると答えが導き出されます(図5)。
    LASOLV®を他社の量子アニーリングと比較した結果、比較的小さいサイズの問題であっても、グラフ構造が複雑になるほどLASOLV®に性能優位性があることが確認されました。さらにLASOLV®には、よりサイズの大きな問題も解けるという有用性があることが最近の研究で分かってきました(7)
    IOWNでは、オールフォトニクス・ネットワークにおける複雑な光の波長割り当て問題や、機械学習の高負荷な処理にLASOLV®を活用することを考えています。

    図5 光イジングマシンLASOLV<sup>®</sup>
    図5 光イジングマシンLASOLV®

    光格子時計ネットワーク

    300億年に1秒しか狂わない光格子時計は、東京大学の香取秀俊教授が発明されたもので、最先端のセシウム原子時計に比べて3桁精度が高く、さらにレーザで時計を読み取るので、光ファイバによるクロック伝送が可能になるといったメリットがあります。これを、NTTの保有する多くの局舎に設置して光格子時計ネットワークを構築したら、どのようなことが可能になるかを検討しています。
    一般相対性理論が示唆しているように高い場所ほど時間が早く進むため、18桁の時間精度を持つ光格子時計で、遠隔地間を比較することにより、1cmの高低差を測定することができるようになります。地震の多い我が国では、微細な地殻の動きや、マグマのような巨大な重力の動きをとらえることができるようになり、非常に有効な安心・安全インフラを構築できるのではないかと期待しています。
    しかし、光ファイバでこのような超高精度の信号を運ぶ際には、光ファイバの揺らぎによる精度低下を抑制することが必要となります。現在、私たちは、光ファイバの揺らぎを相殺して高い精度を維持しながら中継できる装置をNTT局舎(中継局)に設置し、NTT東日本の光ファイバを用いて接続された拠点間で、光格子時計ネットワークを実証する実験を進めています(図6)。将来は、IOWNにも導入し、新たなタイムビジネスにつなげたいと考えています。

    図6 光格子時計ネットワークの実証実験
    図6 光格子時計ネットワークの実証実験

    オールフォトニクス・ネットワークの実現に向けて

    これからも、私たちは「世界一・世界初、驚きの創出」を目標に研究開発を進めていきます。オールフォトニクス・ネットワークを実現するうえでキーとなる光電融合技術についても、さらに研究開発を推進していきます。
    また、2019年10月31日に報道発表したIOWN Global Forumを通じて、さまざまな企業・大学の皆様と議論しながら、幅広い研究・技術分野の専門家とともにIOWN構想の実現に向けて取り組んでいきますので、どうぞよろしくお願いします。

    ■参考文献

    1. (1)https://www.ntt.co.jp/news2019/1903/190307a.html
    2. (2)https://www.ntt.co.jp/news2019/1906/190619a.html
    3. (3)新家・石原・井上・野崎・納富:“光パスゲート論理に基づく超低遅延光回路、”NTT技術ジャーナル、Vol.30, No.5, pp.28-31, 2018.
    4. (4)https://www.ntt.co.jp/news2019/1904/190416a.html
    5. (5)https://ai.google/research/teams/applied-science/quantum/
    6. (6)http://dwavejapan.com/
    7. (7)https://www.ntt.co.jp/news2019/1905/190525a.html

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