更新日:2019/09/01
近年、VR(Virtual Reality)ゴーグルと呼ばれる頭部装着型ディスプレイ(HMD)のような高性能でありながら低廉なデバイスの登場によりVR技術はゲームやエンタテインメントの分野で注目を集めてきました。さらに、ビジネス向け市場でも応用分野が広がりつつあり、医療分野での外科手術の訓練、生産現場での作業員教育、建設現場での安全教育など、さまざまな業界で注目されています。現在普及しつつあるVR体験ではHMDによる視覚への情報提示が中心ですが、日常生活の実体験では私たちは五感のあらゆる情報を身体を通じて接しているため、視覚だけでなく、複数の感覚への情報提示や、自己の運動感覚の生起が質の高いリアリティを生み出すためには不可欠と考えられています。
特にVR空間では利用者が歩いたり走ったりするような歩行・移動感覚の生成は大きな課題となっていました。実空間には空間の広さに制限があるため、広さの制限のないVR空間を歩き回るには工夫が必要で、例えば、トレッドミルのように歩いた分の移動量を相殺するような手法や、歩いている曲率や経路を気付かれないように調整する手法が数多く提案されてきました。こうした手法はVR空間を歩き回ることに有効ではあるものの、利用者が実際に歩行することを前提としたもので、空間的あるいは身体的な制約により歩行が困難な利用者に対して適用することができませんでした。そこで、NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、利用者を実際に歩行させるという前提を見直し、座ったままの状態であたかも歩いたような感覚をつくり出す技術の開発に取り組んできました。本技術によって、例えば自宅のリビングに座ったまま、歩行したような感覚を移動範囲の制約を受けずに体験することができます。本稿では、身体的な多感覚刺激を用いた擬似的な歩行感覚の生成技術と、それを評価するための取り組みを紹介します(図1)。
座っている体験者に対して、視聴覚情報に加えて足裏に触覚刺激を受容したとき、歩行時に生じるような振動波形や歩行周期・タイミングといった特徴が一致する刺激を足底に与えることで歩行感覚に近い感覚が生じることを実験から明らかにしました。…