更新日:2019/08/01
山本 秀樹(やまもと ひでき)
NTT物性科学基礎研究所
新しい物質・材料の創製は、学理の構築を通じて自然科学の発展に貢献するとともに、応用面では、素子の高性能化や新機能素子の実現、ひいては素子の設計思想にブレークスルーをもたらし、社会に大きなインパクトを与えてきました。これは、酸化物超伝導物質の創製(1987年物理学賞)、フラーレン(炭素原子が60個集まったサッカーボール様の分子)の発見(1996年化学賞)、グラフェン(原子1層分の厚さの究極に薄い黒鉛)の作製(2010年物理学賞)、窒化物半導体を用いた青色発光ダイオードの実現(2014年物理学賞)へのノーベル賞授与に端的に示されています。実際、現代のエレクトロニクスを根底から支えるSi(シリコン)の集積回路に対し、微細化の限界(ムーアの法則の限界)の問題を克服するため、これまで使われてこなかった元素や新材料を用いるさまざまな提案や取り組みがありますし(1)、SiやGaAs(ヒ化ガリウム)に比べ新しく開発された材料が,大容量高速通信に貢献している例として、超高速で動作するInP(リン化インジウム)を用いた光変調器(2)を挙げることもできます.
さて、新しい機能を持つ物質の創製や、素子の作製をめざすことを考えましょう。欲しいものはこれまでに実現していない機能ですから、いずれにしても「挑戦」=「基礎研究」からのスタートになりますが、大きく分けて2つのアプローチが考えられます。1番目は、全く新しい物質(化合物)を創製するアプローチ、2番目は、すでに知られている物質・材料の品質を磨くと同時に、それらをnm(1mmの100万分の1)のレベルで加工したり組み合わせたりするアプローチです。NTT物性科学基礎研究所では、自ら開発・蓄積してきた最先端の材料創製装置・技術を活用し、その両方のアプローチで物質・材料研究に取り組んできています。本特集では、そのような取り組みから生まれた最先端の研究成果を紹介します。なお、紙面の都合上、今回の特集では対象を無機材料に限定し、導電性高分子や生体材料などのソフトマテリアル(有機材料)に関する、2016年の特集記事(3)以降の進展に関しては、割愛させていただきます。
新しい物質の合成に挑戦と聞くと、ビーカーやフラスコの中で原料を反応させたり、さまざまな元素や化合物からなる原料粉を混ぜて炉の中で焼いたりといった光景を想像されるかもしれませんが、私たちが取り組んでいるのは、薄膜(はくまく)成長によるアプローチです。厳密な定義はありませんが、薄膜とは、厚さが0.1 nm(原子1層分の厚さ)から10 μm(1μmは1mmの1000分の1)くらいの薄い膜の形状をした試料のことです。また、専門外の方には必ずしも耳慣れない言葉かもしれませんが、薄膜試料を「成長」するという言い方をします。これは、私たちがターゲットにしている薄膜試料が、基板と呼ばれる単結晶(原子が規則正しく並んで結晶化しているもの)の土台の上に、原子や分子を1層ずつ結晶成長させてつくる単結晶薄膜であるためです。
私たちは主に2つの手法を用いています。
MBE法も、CVD法も、すでに知られている物質の高品質薄膜や、異なる既知の物質の薄膜どうしを積み重ねた接合・超格子を作製する目的で開発された手法ですが、前者のほうがより熱力学的な平衡条件から離れた条件下での薄膜成長手法であるため、自然界に存在しない全く新しい物質を探索するには向いています。実際、本特集記事に登場する新物質Sr3OsO6(酸化オスミウムストロンチウム)や、通常は高圧力下のみで合成可能なIL-CaCuO2(無限層構造酸化銅カルシウム)関連物質とc-BN(立方晶窒化ホウ素)、それからEr(エルビウム)を希薄ドープした酸化物の薄膜はMBE法でつくられています。
一方、CVD法、MOVPE法は、より熱力学的な平衡条件に近い条件で成膜することができるため、結晶中の転位密度を低くできる(高品質化しやすい)メリットがあり、GaN(窒化ガリウム)などの窒化物半導体ベースの発光素子やトランジスタの作製等に広く用いられています。本特集記事中の、原子層厚で新しい物性を発現するグラフェンやh-BN(六方晶窒化ホウ素)などの層状物質と、GaP(リン化ガリウム)のナノワイヤは、こちらの手法で作製されたものです。
NTT物性科学基礎研究所は、MBE法を用いて全く新しい化合物の創製に取り組んでいる世界でも極めて先進的な研究機関です。MBE法自体は、1960年代後半に考案された薄膜成長手法で、GaAsなどの代表的な半導体の薄膜成長や素子構造の作製に用いられてきました。…