更新日:2020/02/13
人生100年時代。健康の維持・改善といったビッグテーマに向けて、国が、企業が、さまざまな取り組みをはじめています。NTTグループでは、2019年7月に、「バイオ・医療健康分野」に特化した研究組織を発足させました。その名も、「NTTバイオメディカル情報科学研究センタ」です。世界が注目する健康・ヘルスケア分野で、一体、どんな研究を行なっていくのか。センタ長の中島氏に、設立の背景やセンタに集まる期待について伺いました。さらに、英国王立化学会が発行する雑誌『Nanoscale』の表紙に選ばれた、再生医療技術の支援につながるバイオ基礎研究の成果について、手島氏に伺いました。
中島:NTTバイオメディカル情報科学研究センタ(以下、BMC)は、2019年7月に設立されました。背景には、NTTグループの中期経営戦略『Your Value Partner 2025』のなかで掲げている「Smart Healthcareの実現」があります。NTT研究所には、バイオ、ヘルスケア・医療データ分析、医療デバイスに関連するテーマを扱っている研究所がいくつかありました。それぞれの研究所の活動を横断的に連携させ、その知恵とノウハウを集約し、研究開発の質の向上と進展を加速させる目的で新たな組織が発足しました。BMCの主な役割は、「ICTを駆使した医療・健康に関する基礎・要素的研究開発」です。そして、「診断・治療に関する医学的な基礎研究」を、シリコンバレーにあるNTT Research, Inc.の生体情報処理研究所(MEI Labs.)と共同で行なっていきます。さらに、NTT病院やNTTT事業会社・グループ会社、外部パートナー企業などとも協働しながら研究成果を展開していく予定です。ゆくゆくは、大学病院や医療機関とのつながりを強化し、医学的な知識を持つ人材の育成にも努めていきたいと考えています。
中島: 次に、BMCが目指す方向性について、詳しくお話します。私たちは、医療健康データ、センシングデータ、ライフログ等のパーソナルデータといったさまざまなデータを収集・分析することで、新しい医療(データ駆動型医療)を具現化したいと考えています。診断や治療行為自体は行えませんが、NTTが強みとしているデータの収集・AI分析やICTを駆使して、医師の診断や治療を支援したいと考えています。さらに、患者さんにとってわかりやすい情報提供にも貢献していきます。心身の健康がもたらす幸福を、誰もが平等に享受できる未来を創造したいと思っています。
BMCの取り組みは、3つの柱に分かれています。1つ目の柱は、「プレシジョンメディシン」です。ゲノム、健康診断、生活環境等のデータを収集・分析し、その人にとって最適な生活習慣を提案し、個人に最適な医療を実現することを目標としています。たとえば、糖尿病は、腎臓病などの病気を誘発する危険性があるといわれています。そこで、糖尿病患者における腎臓病の発生リスクを予測するために、過去の大量の処方歴と発生有無の情報から、因子間の関係や処方時期を含めた分析を可能にしようとしています。
2つ目の柱は、「リアルタイム バイオモニタリング」です。心疾患や血糖値などの身体の状態をリアルタイムに把握し、高度なAI分析技術を用いて生体情報をフィードバックします。予防、診断、治療に即座に役立たせることができます。
3つ目の柱は、「革新的バイオ基礎技術」です。これは、日常生活の中において、あるいはからだの中でセンシングとそのフィードバックを行うデバイス実装することで、自然と健康を支えることができる技術です。具体的には、生体適合性新素材、生体機能の補完・インプラントデバイス、分子レベルのナノバイオセンシングなどの研究を行っています。「革新的バイオ基礎技術」といってもイメージしづらいと思うので、実際にどのような研究を行っているのか、手島さんに紹介してもらいます。

手島: 私は、怪我や病気で苦しむ人々を助けたいという想いで、日々、研究をしています。そして今回、「グラフェン」という細胞にやさしい材料を使った生体インターフェースとして活用できる構造を開発し、「人工神経ネットワークの形成」に成功しました。これは将来、再生医療技術の支援につながるような成果であると期待しています。
少し技術的なお話をします。研究に用いたのは、「グラフェン」という炭素原子とその結合からなるシート状の物質です。グラフェンは、硬くてしなやか、しかも毒性がありません。さらに、電気を通すという特性も持っています。電気を通せる素材ということで、グラフェンは以前から、身体の中に入れて電極として使えないかという視点でさまざまな研究が進められてきました。しかし、既存研究では、2次元構造を自由自在に3次元構造に変化させることができませんでした。なぜ2次元構造のままでは問題なのかというと、再生医療で細胞を体内に移植する際は、細胞がバラバラにならないよう、ひとまとめにできるような筒状(3次元構造)のインターフェースが必要だからです。私は試行錯誤を重ねた結果、グラフェンにポリパラキシレン(パリレン)を重ねた「グラフェン/パリレン薄膜」を用いることで、自由自在に3次元構造を組み立てることに成功しました。

次に、グラフェン/パリレン薄膜を用いることで、神経ネットワークを再構成したいと考え、さらに実験を進めました。実際に、グラフェン/パリレン薄膜上に細胞を複数配置し、春巻きのような3次元構造を構築した結果、2週間以上に渡って安定培養することができ、神経組織のような機能を有する生体組織様構造を人工的に作ることに成功しました。さらに、その間、酸素や栄養が薄膜を通り抜け、軸索とよばれる神経細胞がもつ突起が伸長していきました。細胞同士の相互作用も見られ、結果として3次元構造の外側に神経ネットワークを再構築することができたのです。下図、右下の写真をご覧いただくと、神経細胞の軸索(緑色)が3次元構造の外側に伸展している事実を確認できます。
今後も本研究を進めていき、ゆくゆくは、脊椎損傷やパーキンソン病、癲癇(てんかん)といった病気の治療に役立てていきたいと考えています。「グラフェン/パリレン薄膜」は電気を通すことができるので、たとえば、ペースメーカーの電極部分として使えたり、癲癇(てんかん)による発作をおさえる電極として使えたり、新たな治療法につなげていけたらと考えています。
中島: 健康の維持・改善に関わる課題は、日本だけでなく世界的にも大きな社会課題となっています。20年後の自分を想像すれば、他人事ではいられません。医療・健康分野での新たな価値創造と社会的な貢献のためにも、力を入れて取り組むべき領域だと思います。BMCは、今はまだ立ち上がったばかりで、ロケーションも異なる複数の研究所が連携したバーチャルな組織です。今後、体制を整えつつ、国内・海外の関連機関と協力しながら研究開発を加速していければと思っています。そのためにも、医学的な専門知識を持つ方々の協力も不可欠です。情報処理や工学の知識だけでなく、実際に医師や臨床検査技師などの方々が仲間になってくれたら大変喜ばしいと思っています。次世代につながるような基礎技術の研究・開発から、医療・治療・健康に役立つ生体情報データを提供する役割をしっかりと担っていきたいと思います。
先日、大手町にNTTグループ各社のヘルスケア事業の担当者が集まって、「医療健康ICTワーキンググループ」という会議が行われました。各社が、「Smart Healthcareの実現に向けた取り組み」を報告し、NTTグループが結集して取り組んでいけば、「医療・ヘルスケア分野にICT・AI技術に基づく新たな価値を創造していける」。そんな風に思えました。ぜひ協力して取り組ませていただければ幸いです。引き続き、ご支援・ご協力のほど、宜しくお願いいたします。
スマートフォンに歩数などのヘルスケアデータが自動的に記録されるようになったのは、いつからだろう。おかげ様で、生体データの記録自体は習慣化されつつある。私個人としては生体データを生かしきれていないのだが、個人のヘルスケアデータを巧みに活用する手法は様々な場で議論されているようだ。今回、NTTバイオメディカル情報科学研究センタの取り組みを取材し、生体データの生かし方は無限に広がっていることを知った。また、研究によっては、これまで測定不可能だった生体データの収集が可能になり、それらがさまざまな病気の治療や予防に生かされることがわかった。時代のトレンドは、治療から予防へ変遷している今、NTTバイオメディカル情報科学研究センタの知見や技術は重宝されるだろう。そして、手島さんが研究されている再生医療技術に対する期待はますます強まるだろう。Smart Healthcareの実現に向けた、NTTバイオメディカル情報科学研究センタの活動に注目していきたい。誰もが平等に、心身の健康がもたらす喜びを噛みしめる日が訪れますように。
2019年12月4日取材
外山 夏央
論文情報: