更新日:2019/06/25

    光を用いて組合せ最適化問題を解く新しい計算機コヒーレントイジングマシン「LASOLV」NTT物性科学基礎研究所

    内閣府主導による「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」下で研究が進んでいるのが、光を用いて難問を解く新しい計算機です。広く普及しているデジタルコンピュータは、多くの選択肢の中から最適な解を導き出す、いわゆる「組合せ最適化問題」が苦手であることが知られています。しかし現代社会はいまやネットワークを介して広くつながり、システムやネットワークの最適化や効率化は避けては通れない問題でもあります。この組合せ最適化問題の解を効率的に導き出すために研究が進んでいるのが、光などの波の可干渉性(コヒーレンス)を使って組合せ最適化問題を解く、コヒーレントイジングマシン「LASOLV」です。NTT物性科学基礎研究所で研究にあたっている武居氏に、仕組みや優位性、今後の展望について伺いました。

    話し手

    武居 弘樹 氏
    武居 弘樹 氏たけすえ ひろき
    NTT物性科学基礎研究所
    量子光物性研究部
    量子光制御研究グループ
    上席特別研究員 博士(工学)

    研究の背景

    「従来のデジタルコンピュータが苦手としていた問題を、物理システムで解こうとする研究が世界中で進んでいます」

    1965年にインテルの共同創業者、ゴードン・ムーアの唱えた「集積回路(半導体)の実装密度は18カ月ごとに2倍になる」というムーアの法則は、集積回路の高密度化、素子の微細化等で実現されてきました。しかし、データ容量は今も爆発的に増え続けていますが、デジタル計算機の進歩は頭打ちになっています。今のテクノロジーではシリコン素子の集積化にはいずれ限界が訪れるため、ムーアの法則は終焉に近づいていると言われています。また、従来のデジタルコンピュータは多数の選択肢の中から最適解を選び出す、組合せ最適化問題のようなものを苦手としています。しかしインターネットを介して広く人やモノが結合され、ネットワークを構成している現代では、システムやネットワークの効率化、最適化といったことはとても重要です。そこで、これらの解決策の一つとして、従来の計算機(デジタルコンピュータ)が苦手としていた問題を、物理システムを用いて解く試みが世界中の有力企業下で進んでいます。そうした試みの一つとして、我々が内閣府の主導するImPACTで各研究機関と共同で進めてきたのが、光を用いて組合せ最適化問題を解く新しい計算機の研究です。このレーザ(Laser)を用いて問題を解く(Solve)というところから「LASOLV」と名付けられたコヒーレントイジングマシンは、光パラメトリック発振器(OPO:Optical Parametric Oscillator)と呼ばれる特殊なレーザを用いた計算機です。ここでは組合せ最適化問題をイジングモデルという理論モデルに変換し、光の特性を用いて計算を行いますが、複雑な組合せ問題を高速で解ける、新しいコンピュータとして注目を浴びています。

    図1

    「巡回セールスマン問題」に代表される組合せ最適化問題

    「組合せ最適化問題が容易に解ければ、世の中のさまざまな場面で応用できます」

    組合せ最適化問題とは、たくさんの選択肢の中から一番良い組合せ、またはそれに準ずるものを選び出すことです。有名な組合せ最適化問題の一つに、「巡回セールスマン問題」というものがあります。これはセールスマンがいくつかの都市を一度ずつ訪問し、出発地点に戻ってくる巡回路において、移動コスト(例えば時間)が最小となる経路を求めるというものです。都市が4つであればその経路の全組合せは3つしかありません。しかし訪問都市が増えるに従って組合せは爆発的に増え、10都市だと18万通り、60都市になれば10の80乗通りという途方もない数の経路になります。これは選択肢の数が増えるごとに計算時間が爆発的に増大する問題です。このような、組合せ最適化問題を高速で解くことは、複雑化する社会システムの多くの場面で役に立ちます。例えば交通渋滞を避ける最適経路の割り出し、電力送電網の最適化、無線周波数の最適割当て、ソーシャルネットワークにおけるグルーピング、ディープニューラルネットワークにおける学習等といったことで応用できるのです。

    組合せ最適化問題は、数学的に別の組合せ最適化問題に変換することが可能です。現在多くの研究では、最適化モデルを物理システムに置き換え、物理学実験で解くというやり方が採られています。我々はイジングモデルと呼ばれる理論モデルに変換していますが、これは互いに相互作用する磁石(スピン)が最も安定する向きを求めるという問題です。OPOの特殊なレーザ光パルスを用いてスピンを表現し、全体が最も安定する磁石の向きを光学実験で求めていくというやり方です。

    図2

    光ファイバ上でスピンを安定させ、相互作用でイジング問題を解く

    「2000個のパルスを人工的なスピンと見立て、全体をもっとも安定にするスピンの向きを実験で求めることで、問題の答えを導き出していきます」

    組合せ最適化問題を、相互作用する複数の磁石(スピン)がもっとも安定する向きを考えるというイジングモデルに変換して解く「LASOLV」は、光ファイバリング共振器内に配置した位相感応増幅器(PSA:Phase Sensitive Amplifier)によって、数千個の光の粒、OPOパルスを発生させます。OPOは、位相が0またはπの2値のいずれかのみで発振する性質を持つため、位相0を上向きスピン、πを下向きスピンと割り当てることでスピンを表現します。OPOパルス間の相互作用は、全てのOPOパルスの振幅と位相を測定した情報をもとに生成した、パルス間の相互作用情報を持つ光パルスをもとのパルスに注入する、「測定・フィードバック法」を用いて行います。この手続きを、OPOがスイッチオフされている状態から、少しずつエネルギーを注入してOPOパルスの振幅がだんだんと大きくなる間、多数回(約1000回)繰り返します。エネルギーを注入した当初は不安定であったOPOパルスの位相は、光ファイバ共振器中を回るうちに定まり、最終的に最も安定な状態に落ち着きます。この最後の位相を見ることで、解きたい問題の答えが得られるという仕組みです。これは光ファイバを使って時間軸上でパルスを発生させているのが工夫点で、多数の光パルスに均質な環境を作ることができるので、イジング計算のためのスピンを増やすことが比較的容易という利点があります。安定性を高められるかどうかが大事ですが、現在は1kmの光ファイバで2000パルス、400万通りの相互作用を入れることが可能で、さらなる安定性と性能アップを求めた研究が続いています。

    図3

    この「LASOLV」の計算力を確認するために、組合せ最適化の一つであるMax Cut問題の測定を行いました。Max Cut問題とは、複数の点(ノード)とそれを結ぶ線(エッジ)からなるグラフ問題です。ノードを2つの部分集合に分割する際、異なる集合(グループ)のノード間に張られたエッジ数を最大にする分け方を求めるというものです。人をノード、「嫌い」という人間関係をエッジとすると、飲み会で仲の悪い人同士ができるだけ同じテーブルにならないよう、人を2つの組にどう分ければいいかを考える問題というとわかりやすいでしょうか。数人であれば簡単ですが、これが2000人になった場合は大変です。「LASOLV」でこの2000ノードの最大カット数の計算を行ったところ、良い解を5ms(0.005秒)で得ることに成功しました。

    図4
    図5

    今後の展開

    「性能アップとバリエーション、両軸での研究の進展が必要」

    現在は青に光る筐体の中に収まる1kmの光ファイバリングで2000ビットの計算が可能になっていますが、次は5kmの光ファイバで10万ビット・100億結合の規模に拡張し、従来のコンピュータに対する優位性を拡大しようとしています。光を用いることで、量子アニーリング装置などに比べて比較的簡単に規模を大きくできるのがメリットでもあります。とはいえ、性能をただ高めていくだけではなく、横にバリエーションを持った研究の展開も重要だと考えています。例えばニューロン、脳の神経回路の模倣などへの適用等、さまざまなアイデアを広げていく必要があるでしょう。また、理論が高度に進展している量子コンピュータと違って、このマシンの理論限界はまだ明らかになっていません。それを解明することも重要な研究課題です。応用の探索も重要です。創薬における候補物質の探索、無線通信システムのチャネルの最適化といったことが現在は候補に上がっていますが、いかにこのマシンの性能を活かせるキラーアプリを見つけられるかが鍵になります。

    現在、NTTのソフトウェアイノベーションセンタでは、ソフトウェア開発など「LASOLV」を使ったコンピューティングシステムを作る作業を進めています。近いうちにテストをできる環境を整え、先のステップに進んでいければと思っています。

    インタビューの様子

    編集後記

    OPOパルスの一生は、発生から消滅まで5msとごくわずかな時間です。「オシロスコープに波打つように映るOPOパルスはゆらゆら揺れるイソギンチャクのようで、生き物を育てているような感覚になる」という武居氏。最初は物理実験としてやり始めた研究でしたが、生まれたときは小さく揺らぎに満ちたOPOパルスが次第に成長し、秩序を作り始めるさまを見ていると、制御できる人工的な生命体を作っているようにも感じられると言います。理論限界がどこにあるのかまだわからないということですが、正確性に優れたデジタルコンピュータにはない、曖昧な問題の答えを探る面白さが感じられます。「LASOLV」が社会のさまざまな場面でどのような問題に応用され、役立っていくのか、今後の研究の進展が楽しみです。

    2019年4月18日取材
    魁生佳余子

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