更新日:2018/07/26

    血糖値を採血せずに計測できる「光音響を用いた非侵襲血糖センサ」NTT先端集積デバイス研究所

    糖尿病は日本で約300万人以上、世界全体で4億人弱の患者がおり、今後も増加すると言われています。その予防や治療に欠かせないのが血糖値の測定ですが、これまでは指先に針を刺して採血する方法が一般的でした。今回ご紹介する「光音響を用いた非侵襲血糖センサ」は、研究所独自の技術で非侵襲的に、つまり体を傷つけることなく血糖値を測定できます。

    NTT先端集積デバイス研究所の田中氏

    プレゼンテーション

    非侵襲センサであれば、従来困難だった連続的な血糖値モニタリングも可能に

    本技術の概要

    「光音響を用いた非侵襲血糖センサ」は、耳たぶにはさんだデバイスを通じて血糖値を測るのですが、なぜ採血をせずに測定可能なのでしょうか。それは体内のブドウ糖(グルコース)に特定の光を当て、その結果として発生する音をマイクでキャッチする「光音響法」によるものです。これはブドウ糖が特定の光(近赤外線)を吸収すると熱膨張して超音波を発生するという特性を利用しています。さらに本技術では、微細な音を増幅するための共鳴技術や、ブドウ糖以外の物質の反応を選り分ける光の照射手法といった独自の技術により、血糖値の測定を実現しています。

    イメージ図
    光音響式非侵襲血糖センサの利用イメージ

    本技術の特徴

    非侵襲的に血糖を測定できる本技術は、糖尿病の予防や治療のみならず、新たな可能性を秘めています。それは血糖値を連続的にモニタリングできることです。
    従来の指に針を刺す方法では、たとえば1日を通してどのように血糖が推移していくのかを継続的に測定するのは困難です。しかし血糖値は食事や運動といった活動によって常に変化しています。そこで本技術であれば、たとえば「急激な血糖値の増減」といった推移を検知し、利用者に早めに注意を促すといったことが可能です。これは糖尿病になりにくい生活習慣を身につける上でも役立ちますし、食べ過ぎを防止するダイエット等への活用も期待されています。

    イメージ図

    インタビュー

    医療関係ゆえの研究の難しさも。実証実験を経て、将来の実用化へ期待大

    話し手

    田中 雄次郎 氏
    田中 雄次郎 氏たなか ゆうじろう
    NTT先端集積デバイス研究所
    ソーシャルデバイス基盤研究部
    1. 開発の経緯
    ― まず、本技術の開発の背景や経緯からお話しを伺いしたいと思います。

    田中氏(以下、敬称略): 今回ご紹介した技術のような、非侵襲的な血糖値の測定に関するニーズは非常に高いものがあり、実は1990年代頃から様々なところで研究がなされてきた分野でした。私たちも10年ほどこの技術に関する基礎研究を積み重ねており、最初は生体で実験するのは難しいため、試験管の中で物理的な検証を行うところからスタートしました。現在では、大学病院との共同研究の形で、実際に生体での実証実験に取り組んでいるところです。

    2. 優位性・特徴について
    ― なるほど、かなり以前から研究されてきた分野なのですね。となると、他にも似たようなアプローチの技術があるかと思いますが、本技術の特に大きな優位性はどこになりますか?

    田中:技術的には、光の当て方や音のとり方を工夫したことでブドウ糖、つまり血糖だけを選択的に測定できる点が研究所独自のポイントです。またプレゼンテーションでも触れたように、非侵襲だからこそ連続的に計測できるのも強みです。たとえば小さな針をシールで体に貼り付け、NFCで血糖値をスマートフォンに送信するといった技術も存在していますが、どうしても針の違和感は否めませんし、採血方式では常時モニタリングは困難です。
    私たちの技術はこの点にこだわっており、耳たぶにつける方式を採用している理由の1つにもなっています。もちろん指先等も検討したのですが、これでは他の作業ができず常時モニタリングには向きません。耳であればイヤホンと同じで常に付けることも可能ですし、また耳たぶを挟む形が本技術の特徴である超音波の共鳴を起こしやすいため、現在の形になりました。

    3. 苦労・工夫した点
    ― 本技術はまだ基礎研究の段階とのことですが、長年の開発で実証実験をする段階にたどりつくまで様々な苦労や試行錯誤があったと思うのですが、いかがでしょうか。

    田中:技術的な点でいいますと、本技術は光が体内のブドウ糖に当たり、それが熱を生み出し、それが音に変わって、共鳴を起こして増幅させて……と、物理的にかなり複雑な組み合わせになっています。そのため、血糖値のみを測定するための解析が難しく、試行錯誤の連続でしたが、その甲斐もあって独自性の高い技術になっています。
    またそれ以外の側面として、本技術は血糖値を測るセンサである以上、実用化に向けた実証実験は生体で行う必要があります。しかし私たちはそもそも医療関係の研究を行っていたわけではないため知見も少なく、実証実験までのハードルは非常に高いものでした。昨年より、大学病院との共同研究という形で研究倫理審査も通過し臨床実験を行っているのですが、こうした生体を対象にした技術の研究・開発の環境整備には非常に苦労しています。
    また現在は健常者の方を対象に、人間ドックで行うような糖負荷試験といって、砂糖水を飲んでいただいて血糖値の変動を起こした上で測定しています。現状では本技術での測定も行いつつ、通常の採血法による血糖値と比較する必要があり、被験者の方への負担も考えながら実験計画を立てています。

    4. 反響について
    ― 「R&Dフォーラム2018」での反響はいかかでしたでしょうか?

    田中:医療に関する知識がある方々からは、本技術の重要性やインパクトをすぐに理解いただき、手応えを感じました。また本技術は医療機器としての可能性以外にも、たとえば血糖値の推移をモニタリングすることで「食べ過ぎです」「運動しましょう」といったアラームを出すことにも使えますので、ヘルスケア/健康器具の一種としての可能性もあります。糖尿病は生活習慣病の中でもよく知られていますので、皆様からは様々な期待の声をいただけました。

    5. 今後の展開について
    ― それでは、今後の予定についてお聞かせください。

    田中:本技術はまだ基礎研究の段階ですので実用化や事業化は未定ですが、今後は臨床実験を重ねて精度を検証し、当面は国際会議や論文等で研究成果を発表しています。もちろん実用化に向けた課題もまだまだ多く、たとえば個人差・誤差要因の切り分けによる精度向上や、センサの小型化などもそうです。将来的にはウェアラブル・デバイスとして、センサを付けていることも意識しないでいいような形を目指したいと考えています。
    また先ほどもお話したように、本技術は医療機器として展開するのではなく、ヘルスケア・デバイスとして展開するのも1つだと思っています。精度もそこまでシビアに求めず、血糖値も「数値」ではなく「段階表示」等にするだけでもダイエットや生活習慣の改善に役立ちます。糖尿病は世界的にも患者の増加している現代病ですので、市場的にも決して日本に限られたものではなく、世界的なニーズも高いと考えています。

    ― 心拍数のように気軽に血糖値を計測できるようになると、非常に大きなインパクトがありますね。それでは最後に、読者の方に向けたメッセージを一言いただけますでしょうか。

    田中:いまはダイエット等への展開イメージをお話しましたが、おそらくこの他にも「血糖値を非侵襲的に測定する」という活用先があるのではと考えています。「こんなことにも使えないか」といった利用シーンやニーズがありましたら、ぜひ私たちとしてはお声がけいただけると幸いです。また、研究所はもちろん通信に関する研究が中心なのですが、本技術のような生体センサや、私たちの研究所では次世代のエネルギやインフラ技術等、様々な分野で研究を行っています。基礎研究が中心ですので事業化はまだ先にはなってしまいますが、ぜひこうした研究にも興味を持っていただけると嬉しいです。

    ― 本日は来るべき将来に向けて、とても期待が高まるお話をありがとうございました。

    取材日:2018年6月5日
    インタビュアー:濱野 智史 (rakumo株式会社)

    【参考情報】

    Tanaka, Y., T. Tajima, and M. Seyama. "Acoustic Modal Analysis of Resonant Photoacoustic Spectroscopy with Dual-Wavelength Differential Detection for Noninvasive Glucose Monitoring." IEEE sensors letters 1.3 (2017): 1-4.

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