更新日:2018/05/23
今回は地球温暖化の防止や環境負荷の低減といった課題の解決に繋がる、2つの基礎研究をご紹介します。「人工光合成」は、その名のとおり太陽光を使ってCO2からエネルギーを生み出す光合成のメカニズムを人工的に実現。そして「土に還る電池」は、あらゆるものにセンサが搭載されるIoT時代において、電池が回収できなくなる事態を想定し、「土に還る」ことを可能にした技術です。
1つ目:「人工光合成」
人工光合成は、研究所の半導体と触媒に関する技術を融合することで実現されています。まだ生み出されるエネルギーは微々たるものとはいえ、植物よりも効果的に燃料を生み出すことに成功している点で画期的といえます。
『本技術はよく「太陽光発電」と比較されますが、大きな違いは「燃料として蓄積できる点」です。太陽光発電はたしかに電気エネルギーを生み出しますが、それを貯めておくのは困難です。本技術であればその点をクリアできます。』
本研究の担当者である小野氏はそう説明してくださいました。
2つ目:「土に還る電池」
IoT化の動きは進む一方ですが、今後あらゆるものにセンサが取り付けられる時代になると、回収が困難になると予想されます。これは自然環境にダメージを与えてしまう可能性があります。
そうした未来の課題を見越して開発されているのが「土に還る電池」です。これは生物由来の材料(肥料成分)を処理し、特殊に開発されたカーボンを組み合わせることで電力を生み出しています。担当の野原氏によれば、特にこのカーボン技術が決め手になったといいます。
人工光合成:小野氏(以下、敬称略)
「人工光合成」の研究を始めたのは2015年頃からです。研究所の半導体と触媒に関する研究蓄積を活かせないかと考え、人工光合成のテーマを着想しました。
土に還る電池:野原氏(以下、敬称略)
私の「土に還る電池」は2年ほど前の秋から始めました。ただ電池に関する研究・ノウハウはそれ以前からありましたので、それが今回の技術に繋がっています。
人工光合成:小野
繰り返しになりますが、やはり太陽光発電に比べ「燃料として蓄積できる」点が最大の特徴です。CO2から燃料を生み出すので、将来的には炭素循環社会の実現に貢献できると考えています。
土に還る電池:野原
たとえばカドミウムや水銀を使わないなど、環境への負荷が「少ない」ことをうたっている電池はあります。しかし、完全に「土に還る」ことを標榜しているのは本技術だけですね。
ただ誤解していただきたくないのは、決して積極的にこれをばらまいておけば回収しなくて済む、ということを目指しているわけではありません。回収しようとした時に、どうしても漏れてしまうものもある。ここを解決しましょうと私たちは考えています。
人工光合成:小野
仕組み上、半導体が劣化しやすい本技術は人工光合成のプロセスが長続きしないので、いかに伸ばすか苦労しました。それを触媒によって大幅に伸ばしたのですが、そこに至るまで試行錯誤が多々ありました。
また「R&Dフォーラム2018」で初めて本技術を披露したのですが、そこでの見せ方にも苦労しました。人工光合成が起きているところをお見せするだけではどうしても地味なので、未来のライフスタイルを想像してもらうべく、家の模型を作るなどの工夫をしました。
土に還る電池:野原
技術面で一番工夫したのが、このカーボン材料です。実は私の手作りなのですが、これを作るには独自のノウハウが必要で、多くの試行錯誤がありました。
また技術面の話ではありませんが、本当に「土に還る」のかを検証するために植害試験というものを行いました。これは電池が植物に影響を与えないか、実際に植物を育てる試験です。今までこうした経験もなかったので、一から手探りで調べていった点にも苦労しました。
人工光合成:小野
本技術はまだ基礎研究の段階ですが、来場者の方から利用シーンのアイデアをいくつかいただけました。たとえば企業の工場内で、どうしても高濃度のCO2を出してしまう。室内だから太陽光発電は使えないし、自然エネルギーでは電力が安定しない。そんなシチュエーションに最適ではないかとお話をいただきました。
土に還る電池:野原
正直、最初は私たちの「土に還る」というコンセプトが受け入れられるのか不安でした。ただデモをする中で、多くの関心を持っていただけたと思います。利用シーンについても様々なアイデアをいただくきっかけになりました。
また多くの方に「これ、食べられますか?」「飲み込める電池はありませんか?」と尋ねられました。つまり、胃カメラ的なデバイスを想定されているのだと思います。これは今後の課題にしたいと考えています。
人工光合成:小野
性能の向上はもちろんですが、まだ基礎研究の段階ですので、実用化に関してはだいぶ先にはなってしまうと思います。ただ、たとえば屋外でのフィールド試験など、実用化に向けたハードルを乗り越えていきたいと思います。
土に還る電池:野原
本技術の目標として、市販されている電池の性能に近づけたいと考えています。やはりそうでなければ用途も広がっていかないと思いますので、そこは今後の課題です。
人工光合成:小野
今回の「R&Dフォーラム2018」で私たちのモチベーションも非常に上がりましたので、ぜひ読者の皆様からも「こんなことに使えないか」といったアイデアをいただけますと幸いです。
土に還る電池:野原
いま重要な問題意識として抱いているのは「電池だけが土に還っても仕方がない」という点です。この点については、別のチームが「土に還る回路」という形で取り組んでいます。私たちはこれを「ディスポーザブルエレクトロニクス」と呼んでいるのですが、まだこの分野は取り組んでいるプレイヤーが少ないと思いますので、ぜひ一緒に研究に取り組んでくださる方を求めています。
グループリーダ:小松
私からは二人への期待も込めつつお話しますと、まず小野の「人工光合成」は植物の効率性を超えていて、これ自体が凄いことなんですね。ただ実用化はかなり先になってしまう。だからこそ、いろんな方に応援していただきたい。
野原の「土に還る電池」については、本人の言うとおり、利用シーンがまだ見えてこない。どうしても私たち研究者は事業アイデアに乏しいんです。そこをぜひ事業会社の皆様にもご協力いただければと思います。
今日のお話でもお分かりいただけたのではと思いますが、私たちは「偉い」と呼ばれる研究者ではなく、「凄い!」と思われる研究者を目指しています。ぜひ、長い目で応援してくださればと思います。
取材日:2018年4月12日
インタビュアー:濱野 智史 (rakumo株式会社)