更新日:2019/04/11

    AIとビッグデータを活用し 救急隊の運用最適化を目指した研究が進むNTT未来ねっと研究所

    救急車による傷病者搬送は、搬送数が年々増加していることに伴い、搬送に要する時間も伸びています。搬送数が増える一方、救急車を含む救急隊を増やすことは費用がかかるために自治体としても負担が大きく、社会問題となっています。この課題を解決するために、消防庁消防大学校消防研究センター(以下消防研究センター)、NTT、NTTデータの3社はビッグデータやAIを用いた救急自動車最適運用システムの共同研究を2018年から開始し、自治体の協力のもとで実証実験も進んでいます。この研究に取り組むNTT未来ねっと研究所の前田氏に、シミュレーションの成果や今後の実証実験についてお話しを伺いました。

    話し手

    前田 篤彦 氏
    前田 篤彦 氏まえだ あつひこ
    NTT未来ねっと研究所
    ユビキタスサービスシステム研究部
    主任研究員
    博士(知識科学)

    プロジェクトの背景

    「延伸し続けている傷病者搬送時間の短縮と、効率運用化が求められています」

    救急隊が通報を受けてから現場に到着する現場到着所要時間、また病院まで傷病者を搬送するまでの病院搬送所要時間は年々増加傾向にあります。消防庁の全国平均データによれば、1996年には現場到着までが6分、搬送まで24.4分だったところが、2016年には到着までに8.5分、病院搬送までは39.3分とどちらも増え、かなり時間がかかっている状況にあります。今後高齢化社会が進めば救急隊の出動はもっと増えることが予想されますが、1分1秒を争う傷病者のためには、一刻でも早い到着と搬送が求められます。しかし救急車1台につき通常3名の隊員が同乗し、さらに24時間勤務となることが多いため、その倍以上の交代要員も必要となる救急隊を増やすことには限界もあり、救急隊の運用効率化は急務でもありました。

    そこで、救急車運用の課題を熟知している消防研究センターと、都市のビッグデータや地理空間情報を活用した各種予測技術や移動支援技術等の研究を進めてきたNTTで、共同研究を行うことになりました。期間は2018年の2月から3年間。救急ビッグデータを用いた救急自動車最適運用システムについての研究や、自治体の協力を得た実証実験を進めています。

    現場到着と病院搬送所要時間の推移のグラフ

    救急隊最適配置のシミュレーションでは効果を確認

    「シミュレーションでは大幅なコスト削減が可能という結果が出ています」

    共同研究においては以下の3つのテーマを設けました。

    • 【テーマ1】救急隊最適配置(協力:名古屋市消防局)
    • 【テーマ2】搬送先医療機関のリアルタイムな受入可能性を予測(協力:仙台市消防局)
    • 【テーマ3】安全搬送に適したルート提示(協力:藤沢市消防局)

    この中でも、テーマ1をメインに説明したいと思います。救急隊最適配置とは、救急事案が発生しそうな地域や時間を予測し、救急隊を適切な位置に配置し直すことで、救急車の現場到着と病院収容までの時間短縮をはかるシステムです。発生が多く予想されるエリアに救急車も多く配置することで、到着も搬送も時間短縮が見込めます。

    まず、協力していただいた名古屋市消防局の保存する過去8年分の救急搬送データと、過去の気象予報データ、また名古屋市の地域、時刻、年齢別のデータを使い、ニューラルネット等を用いて市全体の救急需要を1時間毎等、単位時間あたりで予測し、この予測に基づいて救急車を事前に必要な場所へ配置するためのアルゴリズムの検討を行いました。さらに、需要予測の結果を確認しながら、実際に救急隊が活動してみるという実証実験も実施し、実際に救急隊を再配置するにあたって、具体的にどのような問題が出てくるのかといったことの確認も行っています。こうしたシミュレーションの段階では、この救急需要予測と最適配置を行うことで、現状より大幅なコスト削減が見込めるという結果が出ています。今のところはシミュレーション段階ですが、今後はさらに本格的な実証実験も計画しています。

    また、残りのテーマですが、テーマ2は傷病者の受け入れ可能な医療機関をリアルタイムにランキング化し、受入先選定の時間を短縮するものです。現在は救急隊の経験や勘に頼っている部分を、解析によって受入可能性の高い病院の候補を示すことで運用の効率化をはかります。テーマ3は道路の段差や高低差情報をデータベース化し、走行ルートや道路状況の案内を行うことで、搬送時の安全性確保の支援についての検証を行います。この上記2テーマについても、救急隊の出動履歴や医療機関の受け入れ履歴等の情報からの受入優先度の推定アルゴリズム、段差警告システムのプロトタイプなどが既に作成されており、協力自治体の元で2020年には実証実験を行う予定です。

    技術全体図

    予測手法を組み合わせることで最適配置が可能に

    「データのさまざまな性質に対応するため、新しいやり方に挑戦しました」

    テーマ1のシステムを構築するにあたり、重要だったのは対象データの性質や構造をよくつかむことでした。傷病者発生というデータは、時空間のスケールを大きく捉えたときにはどんな特徴が捉えやすいのか?逆に、小さい範囲で区切ると見えてくるものは?周期性はどうか?非周期にのってくるものは?それらの原因は何か?今回は1kmのメッシュかつ時間単位で発生数を予測する必要がありましたが、時間単位では傷病者発生はほとんどゼロというエリアでも、長い目で見ると、地域ごとに特異な一定周期を帯びていることが見えたりするのです。これは、住宅地、病院、道路、歓楽街など、施設の種類ごとに傷病者が発生する曜日や時間帯が異なり、それでいて存在する施設の割合が地域ごとに異なるからだと思われます。このような性質が基本にあり、まずはこのような地域ごとの周期性に対応できる予測手法をベースとして開発しました。

    しかし、これだけではダメで、インフルエンザや熱中症のように、毎年微妙に周期や程度が変わりつつ、傷病者がゆるやかに増えたり減ったりするトレンドを作り出すものがあります。こういう性質に対応するには時系列データを扱うタイプのニューラルネットがフィットし、上記の手法とうまく組み合わせる方法も考案しました。

    とはいえ、この二つだけでもダメで、災害や天候の急変など、突発的な出来事で、突然大量に傷病者が発生するということもあります。これは現状ではまだすべて予測することは難しく、代表的な例だと、大雪などは数年に1回しか発生していないため、機械学習するにしても学習データが足りず、そもそも予測の手がかりとしている気象予報が大雪を外していることが多く、対応策をいろいろと検討しているところですが、このような細かな精度で傷病者発生を予測するシステムを作ったのは日本ではこの共同研究が初めてとなります。

    一方、傷病者発生予測後の救急車最適配置については、実際に救急の現場への調査を行いましたが、自治体ごとに救急車配置で求める条件が異なることがわかりました。これについては配置手法を切り替え可能にし、どのような自治体でも運用しやすい設計にしてあります。

    インタビューに答える、前田 篤彦 主任研究員

    今後の展開

    「2019年にさらに本格的な実証実験を実施予定です」

    考案した予測最適化アルゴリズムは、複雑な構造を持つデータや扱いにくい性質を持ったデータでも、予測手法を組み合わせることによって対応できることを証明しました。もっと細かい人口データなどが揃えば、予測精度をさらに上げることも可能です。ただ、天気は予報が外れることもあり、すべての突発的事象を予測することは最後まで難しいかもしれません。こちらについてはUIや運用手法を考えることで解決していこうとしています。今回は社会問題の解決という目的での研究ですが、例えば飲食のデリバリー予測など、この需要予測は商業的なものにも利用できると思います。発生確率が多い事象で、使えるデータが多ければ多いほど、高い精度での予測が可能になります。

    この共同研究は各地の消防署でも評価いただいており、実用化への高い期待がうかがえます。テーマ1については今年度中には同じく名古屋市消防局の協力をいただき、実際に救急車を移動させるような実証実験まで進むことを目指しています。ここで成果を出し、その他のテーマも合わせ、世の中の役に立つシステムを確立できればと考えています。

    2019年2月28日取材
    魁生佳余子

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