6G/IOWN時代の融合・協調ネットワーク:インクルーシブコアホワイトペーパ

サマリ

移動通信サービスは、音声通話から始まりデータ通信サービス、マルチメディア通信サービスなど世代を経るごとに発展を続け、生活や産業の基幹を担い続けてきた。 5Gでも高速大容量、低遅延、多接続といった技術的特徴をもち、それ以前のマルチメディア通信サービスを高度化するだけでなく、人工知能やIoT(Internet of Things)とともに、これからの産業や社会を支える基盤として新たな価値を提供することが期待されている。

5Gの次世代となる6Gの時代においては、「サイバー空間」と「物理空間」、「コンピューティング」と「ネットワーク」、「アナログ」と「デジタル」、「移動通信」と「固定通信」など、通信サービスそのものまたは環境変化として4つの多面的な『融合と協調』が進む。この多面的な融合と協調の進行により、5G以前のネットワークを使った通信サービスでは分断されてしまっていた、端末/デバイス・ネットワーク・アプリケーションの情報処理や情報流通をエンドツーエンドかつシームレスに連携させる必要性が高まる。これは新たな通信サービスとして期待が高まっている、CPS(Cyber-Physical Systems)AI統合型コミュニケーションを利用環境(サイバー空間および実空間)や端末・場所の制約や機能の制約を超えて実現することにつながると期待される。本ホワイトペーパは、4つの融合と協調を実現することで6G/IOWN時代のサービスを実現する基幹となるネットワークのアーキテクチャ【インクルーシブコア】の構想とアーキテクチャを提案するものである。

目次
1 . 6Gにむけたネットワークの進化
.6Gネットワークの要件・技術トレンド
.インクルーシブコアのコンセプト
. IOWNとインクルーシブコア
. サービスユースケース
. インクルーシブコアのアーキテクチャ
6-1 . ネットワーク融合サービス高速処理基盤
6-2 . ロバストネットワーク
6-3. 適応トランスポート
6-4. 認証・ID連携機能
7. おわりに
略語一覧
参考文献

. 6Gにむけたネットワークの進化

移動通信サービスは、音声通話やテキストメッセージなどの人と人とのコミュニケーションから始まり、3Gではテレビ電話などマルチメディア通信が可能となり、4GではAll-IP化されインターネットアクセスを含めたデータ通信により様々なアプリケーションが利用可能となることで、より豊かなコミュニケーションや趣味・娯楽の基盤となった。現在の最新世代である5GではIoTを代表例として人だけでなくモノもつながることで、人々の生活、ビジネスにおける価値創出や社会課題解決の基盤となった。

6Gでは、5Gまでの進化の発展に加えて、サイバー空間と物理空間が相互作用するサイバーフィジカルシステム(CPS: Cyber Physical Systems)として、実世界の映像やセンシング情報などの大容量かつ低遅延に送受信することを可能にしたり、高信頼かつ確定的な遅延で制御信号を受信側へ伝達することによる実世界へのフィードバック(アクチュエイト)を実現することが期待されている。また人工知能(AI: Artificial Intelligence)が通信サービスに統合され、実世界の人間の行動や事象をサイバー空間上で認知しAIが人間に代わってコミュニケーションをとることで様々な問題を解決することも想定されている。これらのサービスでは、人間で例えると頭脳と各器官との間で情報伝達する神経が、サイバーフィジカルシステムにおけるサイバー空間と物理空間の間の通信に相当し、人間の頭脳を使ったコミュニケーションがAI化され膨大な情報(知覚情報や動作指示)を通信を介して収集し意思決定を行うことになるため、膨大な情報の交換に加え、大量の情報を高速・低遅延な情報伝達が必要となる。

6Gに向けては、世界的にもデジタル世界・物理世界・人間世界の融合など、前述のサイバーフィジカルシステムやAI統合コミュニケーションを包む新たなサービスのビジョンが提案されている[1] [2] 。また、社会を支えるバックボーンシステムである、情報通信インフラとしてこれまでの世代同様にセキュリティの堅牢性や高い可用性・信頼性を含む”Trustworthiness”、地域・性別などを問わずあらゆる人が利用できる”Inclusiveness”、環境・社会・経済の発展を両立する”Sustainability”を向上することが求められている。

6G/IOWNのネットワークを利用するサービスは、このようなサービスの進化と社会的要請に継続的に応えるために、ネットワーク内外の多面的な融合・協調の進行に対応する必要がある。まずサイバー空間などデジタル化された空間・世界と物理的な空間・世界を結びつけCPSに代表されるサービスを実現する、サイバー空間と物理空間の融合・協調がある。物理空間上の人やモノの情報をサイバー空間上の人やモノへと相互かつ即時に対応づけ、両空間を常時同期させるために、通信を担うネットワークはよりサービスを実現する情報処理・アプリケーションと高度に連携し、大容量・低遅延な通信や確定的な品質で両空間の間の情報流通を実現することが求められる。

従来のネットワークは音声や映像、データをやり取りするための「通信」をサービスとして担い、クラウド上のサービスや端末上のアプリケーションにおいて、サービスに必要な「情報処理」を行ってきた。そして、「通信」を提供するネットワークと「情報処理」を行う端末とサービスのコンピューティングを分離し、インタフェースを定義することで、ネットワークとコンピューティングの間を独立して進化させ、多種多様なサービスを効率的に実現することができた。しかし、端末やサービスがネットワークを介してCPSなどのサービスを実現する場合、上述の通り大容量・低遅延な通信を多数のデバイスとサイバー空間上のモノ・コトを常時同期し続けるために行うことになる。端末やデバイスとサーバは大量の情報を処理できる能力が必要とされ、かつネットワークを介してリアルタイムにサイバー空間と同期することが必要となる。これに対し、ネットワークが1つの機能として「情報処理(コンピューティング)」を備え、端末やサーバでの情報処理を仲介・支援することで、エンドツーエンドのサービスを効率的に実現するために必要な情報処理と情報交流がする②コンピューティングとネットワークの融合を進めていく必要がある。

さらに、6Gでは衛星・海中・自営無線など、従来のセルラ無線だけではない無線アクセスの多様化が想定され、さらにIOWNの光通信基盤を使った固定アクセスなども広がることで、様々な特徴・特性を持った移動アクセス回線・固定アクセス回線が利用可能となることが想定される。一方で、サービスはアクセスを問わず、様々なアクセス回線上でそのサービスに必要な品質・機能面でのネットワーク要件を達成する必要があることから、多様な移動・固定アクセスを適応的に使い分け、それらの回線種別や品質によらず一定の機能や品質を担保し共通的なサービスを利用する移動と固定の融合が本格的に実現も求められる。

最後に、IoTの普及によりセンサなど様々なデータのデジタル化が進み、様々な社会環境や生物のデータがネットワークを介してアクセス可能となってきている。現在センサから得られたデータは、TCP/IPによりパケットとして分割され通信がおこなわれている。しかし、ロボットや車など様々な機器の内部の制御信号や人間の知覚・触覚などの感覚は、必ずしもパケット化されておらず、デジタル信号やアナログ信号で機械内部のアクチュエータと制御機能部や人間の体内の脳と神経系で情報を効率的に伝送している。パケット化そのものの処理においても電力消費の増加、遅延の増加、コストの増加などがあり、すべての情報を正確・迅速に物理空間情報をサイバー空間にマッピングするには、パケット化されていないデジタル信号やアナログ信号をネットワークを介して通信し,多様なデータ・通信形式による情報交流を実現するデジタルとアナログの融合・協調も想定される。

こうしたコンセプト実現にむけた代表的な研究課題として、人間同士、人間と機械、機械とサイバー空間のインタラクションをその場にいるかのような深いレベルで実現するエクストリームなサービス体感の創出[3] [4] [5] や、通信だけでなくデバイスや機器・クラウドも含め遍在するネットワークやコンピュータを有機的に結合し、様々なユースケースで求められる性能や規模、障害耐性に柔軟に対応可能なシステムの研究課題が提起されている[6] [7] [8] 。また、人工知能(AI: Artificial Intelligence)や機械学習(ML: Machine Learning)を効率性や品質/性能確保と耐障害性確保など様々な場面で用い各段に改善させる通信インフラの実現[9] 、機密性・完全性・可用性の確保やプライバシ保証などセキュリティの実現[10] 、カーボンニュートラルなどエネルギー消費や環境保護に向けたサステナビリティの強化、通信インフラのあらゆる面でのコスト効率化やデジタルデバイドの解消などカバレッジの拡大などの課題が示されている。

これまでに述べた、ビジョン・コンセプトに資するネットワークの実現に向けて、NTT研究所では6G/IOWN世代のネットワークアーキテクチャとしてインクルーシブコアの研究開発を推進している。インクルーシブコアは、「融合・協調」を行うネットワークであり、サイバーフィジカルシステムを含む多様なサービスの実現を通じて、”Trustworthiness”/”Inclusiveness”/”Sustainability”などの普遍的な価値の創造に貢献する。

2.6Gネットワークの要件・技術トレンド

本章では、インクルーシブコアを含めた6Gのネットワークの要件、技術トレンドについて概説する。

6Gのネットワークでは、主な利用シナリオとして、Ultra Broadband CommunicationUbiquitous SensingMission Critical CommunicationUniversal CoverageUltra Massive ConnectionIntelligent Connectionなど、5Gを超える超高速・低遅延・低ジッタやカバレッジの拡大などの特徴を生かしたシナリオ提案されている[11] 。また、これらの利用シナリオの実現に必要な定量的なKPIとして、ピークデータレート、端末密度、カバレッジ、測定精度、エネルギー効率、信頼性、遅延、ユーザエクスぺリエンストデータレートが挙げられている。また定性的な要件として、持続可能性、セキュリティ/信頼性/頑健性、自律性、拡張性などがある。[1]

技術トレンドとしては、6Gでは多くの無線技術を組み合わせる必要があるとされ、さらにIOWNとの融合や移動通信以外との技術とのインテグレーションによって新たな価値を実現していくものと考えられている。現在、6Gで想定されている無線分野の技術動向としては以下があげられる。 [12] [13]

  • 基本的な無線技術の改善(大容量化・効率化・等):
    Sub-THz/THz
    帯への拡張、周波数共用、Massive/分散MIMOOAM多重、TDD/FDDの利点を生かすFull duplex技術、異なる無線技術間でも中断なくロバストなデータ送受信が可能なモビリティ管理、および継続的な改善(カバレッジ、エネルギー効率、周波数および上位レイヤの効率)
  • 無線アクセスのトポロジ・ネットワークの進化:
    サイドリンク、メッシュ/マルチホップ無線、Non-Terrestrial Network (NTN)の活用、等
  • AIの活用や分散型クラウドへの適用を想定した無線技術の進化
  • 無線による通信とセンシングの融合技術

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図 1 無線伝送大容量化にむけた研究の方向性
(出展:NTT技術ジャーナル(20193月号) 「テラビット級無線伝送をめざす 大容量OAM多重伝送技術」https://journal.ntt.co.jp/article/3558)

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図 2 OAM多重伝送技術の原理
(出展:NTT技術ジャーナル(20193月号) 「テラビット級無線伝送をめざす 大容量OAM多重伝送技術」https://journal.ntt.co.jp/article/3558)

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図 3 衛星やHAPSを用いる空・海・宇宙へのカバレッジ拡張イメージ
(出展:NTT技術ジャーナル(20219) 5G evolution & 6Gに向けたNTN技術の研究」https://journal.ntt.co.jp/article/15191)

また、無線通信だけでなく、コアネットワーク・オペレーション分野の技術動向として以下があげられる。 [7] [9] [12] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20]

  • コンピューティングとデータサービスの追加
  • ネットワークのシンプル化・プロトコルスタックの削減
  • ネットワーク内も含む分散型クラウドコンピューティング
  • 複数のアクセス技術方式の統合運用
  • 超低遅延、高信頼を支えるコアネットワークの伝送/交換制御
  • 広域での時刻同期・確定性通信
  • セキュリティの高度化
  • 堅牢性、耐障害性の向上
  • AI-OpS
  • AI-による無線・ネットワークトランスポートレイヤ制御

3.インクルーシブコアのコンセプト

インクルーシブコアでは、これまでに述べた6Gのビジョンとネットワーク要件や技術動向を踏まえて、6G/IOWNのサービスを支えるコアネットワークとして必要なコンセプトや特徴的なユースケース、アーキテクチャや技術方式を策定した。本章では、コンセプトについて概説する。

4G以前のネットワークサービスは音声や映像、データを運ぶ通信サービスを提供し、サービスに必要な情報処理アプリケーションはクラウドもしくはデータセンタ上のサーバと端末上に配備される。この結果、情報処理機能を端末とクラウドに集中させ端末・ネットワーク・クラウドの間で交換する情報量を最小化する形でサービスは実現されており、ネットワークを介してやり取りする端末とサーバの間の情報交換量・同期処理を減らす目的で情報圧縮や符号化を行っている。しかし、一般的に端末が保持する計算資源や機能に差があることから、クラウド上のサーバアプリケーションはネットワークの機能や性能、端末の機能に応じた開発が必要となり、端末の機能差分、処理性能の制約により利用可能なアプリケーションが制約されるなどの課題があった。

4Gのサービス開始以降、NFV(Network Function Virtualization)によるネットワークの仮想化・ソフトウェア化が進み、汎用サーバ化や共用化によるコスト削減や保守業務の効率化が図られ、vEPC(Virtualized Evolved Packet Core)vIMSなどの導入が進んだ。さらに、5Gではクラウド技術をベースとするアーキテクチャが採用され、5GCSBA(Service Based Architecture)を採用しクラウドネイティブ化されたネットワーク機能であるCNF(Cloud-native Network Function)が導入された。加えて、MEC(Multi-access Edge Computing)の導入により、情報処理を行うサーバアプリケーションがインターネットを介さずに通信ネットワークの入り口であるエッジ近傍に配備可能となることで、主に低遅延化を必要とするアプリケーションを用いたサービスが提供されている[21] 。

さらに、ネットワークの機能やユーザの認証情報などと連携してクラウドやエッジコンピューティング環境のサーバアプリケーションとの認証・接続処理を自動化したり、端末位置に応じた移動制御による低遅延・大容量なMECアプリケーションをどこでも快適に利用できるようになることが期待される。

仮想化・クラウド技術はNFVMECの基盤として共通的に採用されており、技術の共通性から今後は仕様や技術の共通化が進み、コンピューティング基盤をNFVMECで共用して展開・構築されていくことが予想される。さらに、RAN(Radio Access Network)の仮想化であるvRAN(virtualized Radio Access Network)の展開が今後進むことで、より端末の近傍に設置される装置にも仮想化・クラウド技術が適用され、技術的な共通性からMECアプリケーションがネットワークのエッジだけでなくRANも含め広域に展開されコンピューティング基盤のリソースを共用する。そして最終的に図4で示すような、インクルーシブコアで想定しているネットワーク全体にコンピューティングリソースが遍在する環境の実現が期待される。[1] [6] [16] [22]

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図 4 これまでのネットワークから5G/MECを経たインクルーシブコアへの進化

インクルーシブコアは、このようなネットワーク上に遍在するコンピューティング基盤上に、ネットワーク機能とアプリケーション機能を混在させ密に連携することでコンピューティングサービスを実現する。このコンピューティングサービスは、端末のコンピューティング機能だけでなく、クラウドのコンピューティング機能とネットワーク内のコンピューティング機能など分散しているコンピューティングリソースを複合的に組合せ、ユーザのサービスに必要な情報処理と通信機能を一体で構成する。

1つの実現例として、従来は端末とクラウド上のサーバとの通信や通信のための情報変換処理などが発生し遅延を生じさせていたが、端末とクラウド上のサービスのサーバアプリケーションをネットワーク内の特定コンピューティング基盤に集約すると、この通信やそれに伴う情報処理は不要となり、リアルタイムな連携が可能となる。また、移動だけでなく固定アクセスなど多様なアクセス回線を終端する複数の機能と情報処理アプリケーションを同一のコンピューティング基盤上に一体で構成することで、通信回線を問わずシームレスにサービスを継続することが可能となる。さらに、ネットワーク内のコンピューティング機能において、ユーザの情報を強固に守るセキュリティ確保のため高度な暗号化・秘密計算を行うことで、ユーザのプライバシなどの機微な情報を安全に管理/保証する。また、分散したコンピューティング機能間はネットワーク内であるため、IOWN APN(All Photonic Network)上で光波長を使った接続や従来のVPN接続など、多彩な接続方式に対応することが可能であり、IOWNの光通信技術により従来のTCP/IPでは困難な高性能かつ低消費電力な通信と情報処理アプリケーションが動作するコンピューティング機能を一体ですることが可能になる。

インクルーシブコアでは前述のとおりネットワーク内のコンピュートリソースも含めた分散型アプリケーションを構成し、サービス(サーバ)側機能、ユーザ(端末)側の機能や処理と協調して高度な通信機能を要する高機能なサービスを場所や利用形態(端末)を問わず利用可能とする。このユーザ側・サービス側の機能をネットワーク内で代替するコンピューティング基盤が、ネットワーク融合サービス高速処理基盤」(ISAP: In-network Service Accelerator Platform)である。ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)は、ユーザ毎の属性、ネットワーク接続環境や状態、利用サービスに応じて、情報処理アプリケーション、ネットワーク機能に必要なコンピューティング資源をユーザ毎に割り当てた分散コンピューティング空間を形成する。また、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)は分散コンピューティング空間の形成において、情報処理アプリケーションやネットワーク機能の要件に応じてハードウェアアクセラレータを活用して、情報処理アプリケーションとネットワーク処理を複合的に組合せた高速・低遅延処理を行うことで、エンドツーエンドにサービスに必要な高速・低遅延なデータ交流・情報流通をサポートする。

5にネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)を含むインクルーシブコアのアーキテクチャを示す。ユーザ毎の仮想的な端末にネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)上のGPUを含んだコンピュートリソースを割り当て、仮想端末上で高解像度3D映像のレンダリングを行い、その結果を非圧縮映像で伝送し端末は映像表示だけを行うことで、GPUなどの演算能力のない低機能な端末であっても送信された映像の表示と操作UIさえあれば、高解像な3D映像の表示や編集を実現するユースケースの実現などが期待できることを示している。

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図 5 インクルーシブコアのアーキテクチャ

4.IOWNとインクルーシブコア

本章では、IOWN構想におけるインクルーシブコアの位置づけについて述べる。
インクルーシブコアはIOWNにおける「ネットワークサービス」を規定するアーキテクチャモデルである。APN(All Photonic Network)やコグニティブファウンデーション、デジタルツインコンピューティングと連携することで、光波長などのIOWNのリソース、デジタルツインコンピューティングやコグニティブファウンデーションの機能群と連携し ICTリソースを組み合わせることでインクルーシブコアがエンドエンドなネットワークサービスの提供を可能とする。

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図 6 IOWNにおけるインクルーシブコアの位置づけ

5.サービスユースケース

インクルーシブコアと中核をなすネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)は、ネットワークを中心としユーザ近傍の通信機器やクラウドなど様々な場所で、ユーザの利用する端末やサービスに成り代わりその機能や役割の一部を肩代わりしながら、ユーザとサービスの間の通信と情報処理のセッションを仲介し、端末の処理能力や回線種別の制約を超えて分散コンピューティング機能を提供することで高度なサービスの実現に寄与する。

この効果を象徴的に示すユースケースとして、図3に示すようなリアルタイムな超高解像度映像中継やメタバースなどの3Dなどの映像配信を行うケースにおいて、超解像度映像や3Dコンテンツをユーザの視聴状態(端末能力や解像度、視聴角度など)に基づき映像合成や3D描画などの高度な情報処理を行い配信するサービスへの適用があげられる。このようなユースケースでは、端末に3Dコンテンツの再生や高解像度映像を視聴状態に応じて描画する高度な映像処理機能やハードウェア機能性能が求められる。一方で、スマートフォンなどの機能・性能が制限される端末も含め、あらゆる端末や場所において機能により制約なくこのような高度なサービスするためには、ユーザ端末において実行する映像処理や3Dコンテンツのレンダリングやカスタマイズ機能をネットワークやクラウドなどの端末以外のシステム上で実現し、その結果を即座に端末上で表示だけするといった方法が考えられる。これにより、画面が小さいなど機能や性能の制約をネットワーク融合サービス処理基盤(ISAP)において代替するため、例えば3D表示ができない端末など、端末の機能や性能の制約によらないサービスが可能となる。

また、3D映像表示が可能な比較的高機能な端末には、最大限の解像度で3Dの映像を低遅延にリアルタイム配信するため、クラウドからの素材伝送もメモリ間の同期を行い高速なストレージアクセスを行いGPU上で3D映像を合成する。合成された映像を低遅延に画面転送するために、非圧縮映像伝送に適した通信方式として、例えばHDMI over Ethernetのような通信方式を用いる。これにより高機能端末に対しても複雑かつ高解像度な映像処理をネットワーク融合サービス処理基盤(ISAP)で行うことでより低遅延に高品質なサービス体験が実現される。

また、端末とネットワーク融合サービス高速処理基盤の間の通信は、上位のアプリケーションが意識せずプロトコル非依存の抽象化APIレイヤを介して、6G/IOWNのネットワークの特徴を生かした非圧縮なリアルタイム伝送プロトコルを用いた映像配信が可能とし高精細な3D画像・映像アプリケーションを用意に開発可能な環境を提供する。

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図 7 サービスユースケース(様々な端末に対する3D映像の低遅延リアルタイム配信)

これはあくまでインクルーシブコアとネットワーク融合サービス高速処理基盤が実現する象徴的なユースケースの例を示したにすぎず、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)上で様々な機能を搭載することで多様なユースケースが実現される。他にも多種多様な映像ソースから、ユーザの嗜好、端末やネットワークの環境、映像サービスプロバイダの制御要求などに基づくパーソナライズされた超高精細・没入映像サービスや、自動走行する自動車や農機の運行制御と協調した車両遠隔監視のための通信ネットワークの最適な冗長構成制御や通信レートの最適化による安全運行管理、さらにはユーザ本人に成り代わりサイバー空間上で他のユーザとのインタラクションやeコマースサービスの利用などを行うAIアバター機能の真正性保証やエンドツーエンドでの安全な情報流通を実現する。

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図 8 インクルーシブコアのユースケース

6.インクルーシブコアのアーキテクチャ

インクルーシブコアではネットワーク融合サービス高速処理基盤において、ネットワークに加え端末やクラウドのコンピューティングリソースも利用して、サービスや端末のアプリケーション機能とネットワーク機能を一体で構成する。インクルーシブコアが実現するコンピューティングサービス機能は、コンピューティングリソースを端末やユーザに提供する機能であり、6G向けに検討が進んでいる。5Gまでは、通信(コミュニケーション)サービスをネットワークが提供していたが、図9に示すように分散したコンピューティング基盤上でコンピューティングサービスデータサービスをネットワークとして実現するものである。

fig9.png図 9 ネットワーク分散コンピューティングのアーキテクチャモデル

コンピューティングサービスを実現するためには、図10に示すように、6Gコアネットワーク機能として、通信セッションの制御と連動したコンピューティング機能の制御機能において、ユーザや端末個々のコンピューティング機能の起動制御を実施する。また、音声・映像・データを転送する従来のユーザプレーン機能に追加してデータプレーン機能を設けコンピューティング機能とそのデータ転送を担う。また、このデータプレーンは、様々なマイクロサービスを用いて実現された分散コンピューティングにおいて、ネットワークワイドに複数のマイクロサービスを連鎖的に処理するためサービスメッシュの機能が検討されている[22] 。

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図 10 ネットワーク分散コンピューティングのアーキテクチャモデル

6-1.ネットワーク融合サービス高速処理基盤【ISAP

現在の5Gネットワークおよびエッジコンピューティングでは、通信サービスとコンピューティングサービスが分離して提供されており、端末・エッジ・クラウド間のデータ流通はモバイルネットワークやデータセンタ間ネットワークなどの区間ことに分断されている。また、情報処理アプリケーションサービスが動作する端末・エッジ・クラウド間接続はネットワーク機能・レイヤを抽象化し、上位レイヤのプロトコルを用いたオーバレイ接続で分散コンピューティング環境が実現されており、ネットワークの性能・機能と完全に独立しており両者の連携が十分に行えていない。

アプリケーションレベルではモノリシックなアーキテクチャから、マイクロサービスアーキテクチャへ変革し柔軟性・信頼性・拡張性の向上が進んだが、上位レイヤ処理でによるマイクロサービス間の接続や連携を行っていることで、ソケット、キューイング/バッファリング、ヘッダ付与/削除などのサーバアプリケーションやオペレーションシステムによるCPU処理がマイクロサービス間のやり取りの度に発生することで累積し性能のボトルネックを生じている。

インクルーシブコアでは、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)において、ネットワーク内に散在した情報処理アプリケーションの高度な演算機能を協調して動作させ、さらに高性能・低遅延処理を実現する。端末やクラウドのアプリケーション機能を一部肩代わりし、ネットワークの通信機能と密に連携・接続することで、現状ネットワークを介すことで分断されている端末とサービスの情報や処理が、直接連携し処理内容の最適化、アクセラレータを含む計算リソースの最適な割り当てによりエンドエンドで情報交流の超高速化・低遅延化を実現する。

ネットワーク融合サービス高速処理基盤は、分散コンピューティング機能をユーザ毎に提供する。端末側のアプリケーション処理やクラウド側のアプリケーション処理の起動・終了などのイベントと協調してネットワーク内の適切な位置のコンピューティング基盤に必要なアプリケーション、ネットワーク機能を一体で起動し、端末やクラウド側のアプリケーション処理との間でユーザ側・サービス側のデータプレーンのセッションを設定することで、分散アプリケーション機能をユーザ毎に設定する。

コンピューティング機能とデータプレーンのセッションの制御では、ユーザ(端末)側のイベントとサービス(サーバ)側のイベントを用いる。ユーザ側のイベントは、端末のネットワークへの位置登録や通信セッション、ハンドオーバなどのモバイルネットワークでの制御イベントが該当する。また、サービス側イベントは、アプリケーションの認証やサービス起動のイベント、サイバー空間上での行動などを用いる。両者のイベントを収集・解析し、サーバレスにより必要時・必要なサーバにのみ適切な計算リソースをアプリケーションに割り当てて起動する。必要時に必要な計算リソースを割当るサーバレスにより、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)では多種多様なアプリケーションや処理に対しもリソース利用効率を高めることができる。

またネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)で起動されるアプリケーションはレンダリング、暗号計算など高度な演算処理を必要とするだけでなく、端末側・クラウド側の処理と分散コンピューティングで連携するため、大容量データを低遅延・高速に転送する必要がある。このため、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)はアプリケーションだけでなくネットワークへの接続機能も含めGPUFPGADPU/IPU、スマートNICなどのハードウェアにオフロードして処理する。このネットワーク処理のオフロードと、アクセラレータで処理する細分化されたマイクロサービスアプリケーションを連鎖させたハードウェアアクセラレータチェイニング方式により、ハードウェアアクセラレータを用いながらアプリケーション機能とネットワーク機能を柔軟に連鎖することができる。ハードウェアアクセラレータの活用により、高度な演算処理だけでなく、大容量なデータを高速に転送したり、機械の遠隔制御信号を確定的な遅延・周期で転送するなど、アプリケーション・ネットワークの遅延やロスによる誤動作などを防止することができサービス全体の堅牢性の向上につながる。

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図 11 ネットワーク融合サービス高速処理基盤の概要

6-2.ロバストネットワーク

通信ネットワークサービスにおいて、昨今、大規模な障害が発生しており、通信サービスの停止や各種サービス利用への影響が社会的な問題となっている。特に移動体通信網においては、大規模かつ長時間の故障が発生しており、音声通話やインターネットサービスへの影響だけでなく、移動体通信網において提供される各種アプリケーションサービスの利用にも影響が生じている。電子決済システムやコネクテッドカー、行政サービスに至るまで様々なサービスが通信インフラ上で提供されているため、通信サービスの停止は社会活動に甚大な被害をもたらす状況となる。今後は、移動・固定ネットワークにおいてミッションクリティカルなサービスの提供もますます増加していくことが想定されるため、通信ネットワークのロバスト化が重要な課題である。

大規模な通信障害については、監督機関への報告やCSRの取り組みとしての情報公開等が必要となるため、各社のサイトに情報が公開されている場合もあり、故障の原因の概要を把握することが可能である。 障害の大規模化や長時間化の共通的な原因や特徴としては、

①位置登録の処理等の制御プレーンの動作を起点として障害が発生する
②制御プレーンの輻輳がネットワーク全体に波及することで障害が大規模化する
③障害の影響が波及しデータベースの不整合等の問題が発生すると復旧が長時間化する

大規模・長時間の障害は、制御プレーンの動作に起因しているケースが多く、6Gに向けた制御プレーンの強化や問題発生の早期検知・回復手段が必要である。このような状況から、以下の2つの方針を設定した。

(A)障害の発生や複雑化を回避するために制御プレーン自体をロバスト化する方式
(B)障害箇所や原因の更なる見える化・故障の予兆検知を実現する仕組み

(A)ロバストな信号制御バスの導入
制御プレーンのロバスト化を実現する仕組みとしてネットワーク機能間をつなぐ信号制御バスにおいて信号輻輳の発生を抑制する仕組みを導入する。 3GPPにおいても端末の登録処理に伴う負荷が課題として議論されてきた。特に、AMFは端末からのアクセス時に必ず経由する機能であるため、輻輳が発生しやすいポイントとなっている。AMFにおける処理負荷については、3GPPにおいて負荷分散やオーバヘッドの解消について標準化の中でも議論されている。通信キャリアとしては、輻輳時においても重要な通信に対してリソースを確保することが義務であり、最低限の通信手段を維持することが求められている。解決手段の一つとしては、端末からの通信アクセスに対して端末やサービス種別に応じた制御や規制を実施することがあげられる。輻輳が発生した際に、端末やサービスの優先度に応じて信号の処理を実施する。また、優先度に応じて端末からの通信アクセスの再送の間隔を広げ、AMFにおける信号処理の負荷増大を回避することができる。

制御プレーン内の機能間の信号については、信号量の増加の検知や信号量の削減が必要である。3GPPにおいては、機能間の信号を管理・制御するSCP(Service Communication Proxy)が提案されており、 SCPが一極集中的に信号を管理するアーキテクチャが提案されている。SCPにおいて端末やサービスの種別に応じた制御を実施することができれば、制御プレーンにおける信号輻輳をより柔軟に対処することが可能となる。また、SCPの導入によって機能の一元管理が可能となるため、必要なリソースの設計や追加設定が簡易になる。新規機能の追加時やリソース不足時のリソース増強  等の運用がスマート化されることになり、想定外の障害の発生等も抑止される可能性がある。さらに、機能間をつなぐ信号制御バス自体の冗長性を自動的に変更可能とすることにより、信号を振り分け、輻輳を緩和する効果が期待できる。

(B)故障の更なる見える化・予兆の検知
大規模・長時間の障害を防止するためのもう1つの方向性として故障原因・箇所とその影響を可視化することである。故障や異常の予兆の検知や故障原因・箇所の可視化が可能になれば、故障個所を切り離す、あるいは孤立化させることによって、故障の影響が周囲に波及するのを防ぐことが可能になる。結果的に故障が長時間化することを抑止することができる。そこで、コア網のアーキテクチャにおいて、故障の検知機能や故障発生時のシステムの挙動から故障の因果関係を分析する機能を配備することを検討した。ネットワーク内に機能を配備し、ネットワーク機能として故障回復までを実現することで、大規模な故障の発生を回避することを想定している。

5Gのコア網においては、NW機能が仮想化・コンテナ化されており、NW機能の運用・監視に加えて、NW機能を構成するコンテナやコンテナを支える物理基盤装置の運用・監視が必要となる。故障発生時の警報と故障箇所の紐付けや大量のログの分析等が課題となる。ソフトウェアに起因するNW機能の故障は単純なハードウェア故障とは異なり、機能の停止が徐々に発生する、処理がオーバーロードする等、単純な機能の停止とは異なる。故障の措置を迅速に実施し復旧させるためには、故障箇所の推定や状況の把握・推定が必要である。例えば、NW機能としてAUSFが停止した場合、関連するAMF等は正常に動作していてもNW機能間の信号の交流が途切れてしまい、端末登録等が実施できなくなる。AUSFCPUやメモリについては異常な動作となることが想定されるため、CPUやメモリのメトリクスの監視や信号の疎通の監視との組み合わせによって。故障の検知が可能となる。一方で、SBAの基盤部での故障の発生を例にすると、NW機能がそれぞれは正常に動作していても、NW機能間の信号のやり取りが損なわれてしまう。システムの通常の挙動としては、信号量が増加するとNW機能のCPUやメモリの使用率は比例的に増加するが、NW機能間の信号が途切れると、各NW機能のCPUやメモリは処理待ちとなり、空転状態となる。各NW機能の監視に加えて、NW機能間の信号の交流やその変化を複数ポイントで監視することが必要となる。以上の通り、NW機能における信号の流量やメモリ・CPUのメトリクスを同時的に複数個所で観測することによって、故障の見える化や予兆の検知が可能となる。複数のポイントでの複数のメトリクスの収集や分析については、統計手法の活用やAIの適用等が想定される。具体的な手法については今後の課題として検討する。

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図 12 ロバストネットワークのアーキテクチャ

6-3.適応トランスポート

現在、通信ネットワークを利用したアプリケーションは多様化している。Webブラウジングや動画の視聴のほかに、メタバース等のように仮想世界の環境や他のプレイヤーとのインタラクションを映像・音声・振動等のマルチメディア通信により実現するものもあれば、産業用通信のように機器の制御に関わる数値のみを通信したり、日々の環境の変化をセンシングするものもある。これらのアプリケーションは、それぞれ異なる通信要件(信頼性やリアルタイム性、スループット等)を持ち、想定される通信ネットワークの機能や性能に合致するように開発されている。また、通信ネットワークも多様化が進んでいる。4G 5Gそして6Gといったモバイルアクセス、NGN等の固定アクセス、人工衛星やHAPSによるNTN通信、IoTに用いられる低消費電力通信等の様々な通信ネットワークが現在存在し今後も登場すると目される。インクルーシブコアでは、こうした多様な通信ネットワークの包摂的な管理・制御・相互接続を実現する。したがって、アプリケーションの多様性と通信ネットワークの多様性の掛け算により、データを運ぶ方法(トランスポート)は多岐にわたり、その中から適切な方法を的確に選択すること自体が重要となる。

こういった考えのもと、端末やサーバが持つ通信におけるトランスポート機能を多種多様なアプリケーションと通信ネットワークへ適応させる「適応トランスポート技術」の実現を目指している。ここで、トランスポート機能とは、基本的にはOSI参照モデルではTCPUDP等のトランスポート層にあたるプロトコルの処理を行う機能にあたるものである。ただし、近年ではHTTPQUICのようにトランスポート層より上位レイヤであるが、その高い疎通性と汎用性からトランスポート層相当の役割を担いつつあるプロトコルが登場している。また一方で、非TCP/IPプロトコルスタックを用いた産業用アプリケーションも存在し、ローカル5Gとの融合によりその適用範囲が広がりつつある。インクルーシブコアの時代には、IOWNをインフラとして、従来のインターネットを前提とした汎用的な通信プロトコルだけではない、局所的な利用に留まるが高いパフォーマンスを発揮したり特殊要件を充足するような通信プロトコルも利用可能になることで、さらにサービスを高度で発展的なものにすることができると考える。適応トランスポート技術は、狭義のトランスポート層機能に留まらず、上位レイヤのプロトコルや、非TCP/IPプロトコルまでを含めて、アプリケーションに対し通信機能を提供しようとするものである。

現状のトランスポート機能は、主に以下の課題を抱えている。
A) 多種多様な通信ネットワークにそれぞれ適したトランスポート方式の選択:通信ネットワークはそれぞれ通信品質に特徴を持つため、適切なトランスポート方式も異なる
B) トランスポートを担う新たなプロトコルへの追従の困難性:トランスポート機能がアプリケーションと密に結合しているため、新たなトランスポート機能が登場した時にアプリケーションを開発し直す必要がある
C) アプリケーション開発の煩雑性:多様なアプリケーションがそれぞれ異なる通信要件を持ち、その通信要件に合致するトランスポート機能を検討しアプリケーションとして開発する必要がある。加えて、近年ネットワーク制御を曝露する方式やシステムが多く開発されているが、そのメリットを享受するためには、ネットワーク制御との連携も併せてアプリケーション開発を行う必要がある。

適応トランスポート技術は、アプリケーションに対してトランスポート機能を隠蔽しつつ(課題B C)、トランスポート機能は通信ネットワークの制御と連携しアプリケーションが求める要件を満たす(課題A)ことを実現する。関連する萌芽的な技術として、IETFTAPS WGでは抽象化APIを定義することでアプリケーションの開発とネットワークプログラミングの開発を疎結合化する取り組みがなされている。これは、主にトランスポート機能の隠蔽の一部に関わる。しかし、アプリケーションが求めるスループットに対する通信ネットワークの充足性の確認といったアプリケーションが持つ要件と通信ネットワークが持つ機能や性能の両面を加味してトランスポート機能を適応させる検討には至っていない。また通信ネットワークの制御との連携の観点で検討の余地がある。通信事業者は通信ネットワークの機能や性能は可制御・可観測なものとして扱うことができるため、よりアプリケーションの要件に合致した通信を実現することができ、通信サービス利用者にとっての利便性の向上や高臨場感につながる。

具体的には、大きく以下の構成要素によって適応トランスポート技術を構成する。

  1. プロトコル群の適応、選択・組み合わせ:アプリケーションからは見えない抽象化APIの下でプロトコル群を適応的に選択・組み合わせを行い、通信要件に合致する適切なトランスポート機能を実行する
  2. ネットワーク連動プロトコル最適制御:通信ネットワークが提供するネットワーク制御機能と連携して各プロトコルにとって最適な状態となるようにネットワークを制御する
  3. 新たなプロトコル群:TCP/IPプロトコルスタックに限らず、非TCP/IPを含む新たなプロトコルも抽象化APIの下で利用可能な仕組みを提供する

特にネットワーク制御との連携については、[7] で提案されているProgrammable UEと合わせて考えると、モバイルネットワーク接続とは独立の上位プロトコルを適応化するというだけにとどまらず、無線レイヤの通信機能の適応化をさらに組み合わせることによって、例えばCell-free distributed MIMO環境における無線通信制御やRAN UP機能における再送制御や誤り訂正の動作といった無線レイヤの通信機能を含めたクロスレイヤでの通信方式の最適化により、さらに通信パフォーマンスやレジリエンシーを向上させることが可能であるとも考えられる。

適応トランスポート技術の実現により、アプリケーション開発者や利用者は、接続する通信ネットワークを意識する必要が無く、また適切なトランスポート機能を選択する必要も無くなる。そして、新たな通信プロトコルの登場による端末やサーバの新規調達やアプリケーションのアップデートの必要性が低減し、システムの持続的な利活用やアプリケーションの進化の加速を実現する。

fig13.png

図 13 適応トランスポート技術

6-4.認証・ID連携機能

現在の3GPPネットワークでは、ネットワークオペレータが加入者を識別するためのID(回線契約ID)として、IMSISUPIなどを払い出し、これらの情報をUSIM内に格納の上、UEによるネットワークアクセス(registration)の際に、これらの情報を用いた認証を行うことで、NWへの接続サービスを提供している。また、サービスプロバイダは、ユーザにサービスアカウントIDを払い出し、本IDに基づく認証により、ユーザに各種サービスを提供している。

インクルーシブコアでは、ネットワークやサービスを利用する主体やシチュエーションが現在よりも多様化することを想定しており、様々な認証方式の提供とユースケースに応じた使い分けが必要となると考えている。例えば、公共端末(ソーシャルUE)を利用した高度リモートワークのユースケースでは、ユーザが自身の契約USIMを搭載したUEを所有していない状況でもソーシャルUEを用いてユーザ毎のネットワーク融合サービス高速処理基盤をネットワークを介して利用するために、生体情報を起点としたユーザ識別/認証が必要となる。また、自動運転車両の遠隔監視・制御のユースケースでは、車両内UEに紐づくネットワーク融合サービス高速処理基盤およびネットワークの提供のために、車両内UEへのID払い出しと認証が必要となる。AIアバターのユースケースでは、ネットワーク融合サービス高速処理基盤上のAIが自律的にネットワークやサービスを利用するために、AIへのID払い出しと認証が必要となる。また、インクルーシブコアでは、ユースケースやシチュエーションに応じて、最適なネットワークとネットワーク融合サービス高速処理基盤を構築することで、ユーザエクスペリエンスの向上を目指している。このため、ID連携の観点では、ネットワークにおけるデバイス、回線契約等のIDやサービスにおけるアカウントIDを、その時々の状況に適合する形で連携させ、それらのIDに紐づくデバイスやユーザの情報を取得することで、状況に応じた最適制御/設定を実施する仕組みが求められる。

前述の認証・ID連携を実現する機能アーキテクチャとして、図15を検討している。ネットワークの認証では、デバイスやAIの認証に対応可能な新たな認証プロトコルを選択的に用いられるように拡張する(図 14の緑色吹き出し)。また、ネットワーク融合サービス高速処理基盤およびサービスの認証では、ネットワーク融合サービス高速処理基盤のIDを発行する通信事業者がIdPIDプロバイダ)としての機能を持ち、ネットワーク融合サービス高速処理基盤を介して利用される様々なサービスに対してもデバイス、AIなどの様々な認証やネットワークの認証と連動した認証を提供する(図 14の青色吹き出し)。さらに、ID連携としては、ネットワーク・ネットワーク融合サービス高速処理基盤・サービス・デバイスのIDを相互に紐づけるID連携機能を設け、相互にユーザおよびデバイスのプロファイルを取得することで、適応的なネットワークおよびネットワーク融合サービス高速処理基盤の構築を可能にする(図 14の黄色吹き出し)。

fig14.png

図 14 認証・ID連携機能

7.おわりに

本ホワイトペーパでは、6G/IOWNネットワーク上で様々な融合・協調による新たなサービスを実現するインクルーシブコアに至るコンセプトやユースケース、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)など中心的な技術要素ついて述べた。今後、多種多様な産業分野において5Gの活用が進む中で、6Gに向けても世界各地の団体・企業で検討が進んでおり、様々な提案がなされている。今後、3GPPなど国際標準化団体において6Gの定義も含め仕様化が計画されており、インクルーシブコアのアーキテクチャも業界のコンセンサスを得るべく幅広いステークホルダの方々との議論を通じて研究開発を推進していきたい。

本ホワイトペーパが、通信キャリアや装置ベンダだけでなく、端末メーカ、クラウドサービス事業者などNTTグループ外の方に向けてNTTが考える6G/IOWNのネットワークのアーキテクチャである「インクルーシブコア」を知っていただくきっかけとなり,フィードバックや新たな課題・解決の探索につなげていくことを期待している。また、SustainabilityInclusivenessTrustworthinessなどの普遍的な価値に対して、生活・社会基盤なるネットワークを通じて貢献するためには、幅広い分野の専門家や多様な産業分野における課題や論点をもとに、社会の基盤として真に有用なネットワークを作り上げていくことが必要であると考える.

インクルーシブコアのコンセプトやアーキテクチャについて,興味や関心、ご不明点のある方や、
共同でのアーキテクチャや技術確立に関心のある方は以下にご連絡ください.
<連絡先>inclusive-core@ntt.com

略語一覧

略語    定義
3GPP    3rd Generation Partnership Project
5GC    5th Generation Core network
AI     Artificial Intelligence
AMF    Access and Mobility Management Function
API     Application Programming Interface
APN    All Photonics Network
AUSF    Authentication Server Function
CNF    Cloud-native Network Function
CPS    Cyber-Physical System
CSR    Corporate Social Responsibility
DPU    Data Processing Unit
EPC    Evolved Packet Core
FDD    Frequency Division Duplex
FPGA    Field Programmable Gate Array
GPU    Graphics Processing Unit
HAPS    High Altitude Platform Station
HDMI    High-Definition Multimedia Interface
HTTP    Hypertext Transfer Protocol
IETF    Internet Engineering Task Force
IMS    IP Multimedia Subsystem
ISAP    In-network Service Acceleration Platform
IOWN   Innovative Optical and Wireless Network
IPU     Infrastructure Processing Unit
KPI     Key Performance Indicator
MEC    Multi-Access Edge Computing
MIMO    Multi Input Multi Output
ML     Machine Learning
NF     Network Function
NFV    Network Function Virtualization
NGN    Next Generation Network
NTN    Non Terrestrial Networks
OAM    Orbital Angular Momentum
OSI     Open Systems Interconnection
QUIC    Quick UDP Internet Connection
RAN    Radio Access Network
SBA    Service Based Architecture
SBI     Service Based Interface
SCP    Service Communication Proxy
SIM    Subscriber Identity Module
SUPI    Subscription Permanent Identifier
TCP    Transmission Control Protocol
TDD    Time Division Duplex
UI     User Interface
UP     User Plane
USIM    Universal Subscriber Identity Module
VPN    Virtual Private Network
vEPC    virtualized Evolved Packet Core
vIMS    virtualized IP Multimedia Subsystem
vRAN    virtualized Radio Access Network

参考文献

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[13] 株式会社NTTドコモ 「ドコモホワイトペーパ0版」 202211https://www.docomo.ne.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/
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[16] Hexa-X, “Deliverable D5.1 Initial 6G Architectural Components and Enablers,” December 2021, https://hexa-x.eu/wp-content/uploads/2022/03/Hexa-X_D5.1_full_version_v1.1.pdf
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[18] Hexa-X, “Deliverable D6.2 Design of service management and orchestration functionalities,” April 2022, https://hexa-x.eu/wp-content/uploads/2022/05/Hexa-X_D6.2_V1.1.pdf
[19] Hexa-X, “Deliverable D4.2 Analysis of 6G architectural enablers applicability and initial technological solutions,” October 2022, https://hexa-x.eu/wp-content/uploads/2022/10/Hexa-X_D5.2_v1.0.pdf
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[21] NTTドコモ、docomoMEChttps://www.mec.docomo.ne.jp/
[22] Next G Alliance,“6G Technologies for Wide Area Cloud Evolution,” May 2023, https://www.nextgalliance.org/white_papers/6g-technologies-for-wide-area-cloud-evolution/
[23] NGMN Alliance, “6G Requirements and Design Considerations,” v1.0 February 2023, https://www.ngmn.org/wp-content/uploads/NGMN_6G_Requirements_and_Design_Considerations.pdf
[24] NGMN Alliance, “6G Drivers and Visions,” April 2021, https://www.ngmn.org/wp-content/uploads/NGMN-6G-Drivers-and-Vision-V1.0_final_New.pdf
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