IOWNを支える技術解説

光電融合デバイス技術

新たなデバイスにより通信やコンピューティングの大容量伝送・低消費電力を実現

光電融合デバイスとは、光と電気の機能を統合した技術です。「デジタルコヒーレント信号処理回路」は光信号の偏波、振幅、位相まで含めて信号処理を行うことで飛躍的な伝送容量の大容量化を可能とします。「光チップレット」は光電変換モジュールをLSIの直近で同一基板上に実装することで、LSI間のデータ伝送を効率化しチップからチップへより多くのデータをより遠くまで届けられるようになります。「メンブレン化合物半導体技術」は半導体レーザなどを薄膜状に作製する技術で、低消費電力かつ高速な動作を実現でき、シリコンフォトニクス回路上にも作製することができます。

技術背景・課題

IOWN構想を支える基盤技術の一つとして光電融合デバイス技術に取り組んでいます。NTTでは1960年代から光技術の研究開発を進め、長距離ネットワークへの導入から進め技術を蓄積してきました。昨今のAIや機械学習の発展に伴い多くのデータを伝送するニーズが高まっており、コンピューティング用途への導入に向けて技術開発を進めています。ここでは、コヒーレント光伝送向けデジタル信号処理回路(コヒーレントDSP: Digital Signal Processor)、光チップレットとそのキーデバイスであるメンブレン化合物半導体技術について紹介します。

技術の概要・特徴・内容

デジタルコヒーレント信号処理回路(コヒーレントDSP)では、光の偏波、振幅、位相 をすべてデジタルデータとして取り込み、高度な信号処理によって光ファイバ伝送路や光電子デバイスによる光信号歪みを補償します。これにより、飛躍的な伝送容量の大容量化を可能とします。

光チップレットは高速な電気信号を光信号に変換する光送信器および受信器で、より多くのデータをコンパクトに送ることを目標としています。高密度・小型化により、演算用LSIの直近からダイレクトに光信号に変え、より多数の演算用LSIを接続することができます。
メンブレン化合物半導体技術は、化合物半導体光デバイスを従来の10分の1以下の薄膜(メンブレン)状に作製する技術であり、低消費電力かつ高速な動作を実現することができます。また、薄膜状である特徴から、シリコンフォトニクス回路上への集積が容易であり、光電融合デバイスに適しています。

技術目標・成果・効果

ML/AI、クラウド、5Gによって情報通信トラヒックは指数関数的な増大を続けており、これを継続的に支える光ネットワークの大容量化に向けて、デジタル信号処理を活用して超高速コヒーレント光伝送を実現するコヒーレントDSPの開発を進めています(図1)。これまでに長距離伝送向け高性能版としては波長あたり伝送容量100Gbit/sから1.2Tbit/sまでを実用化し、次期向けとして1.6Tbit/sを開発しています。また、データセンタネットワークでは、高密度実装を実現するために、小型モジュール搭載向けに超低消費電力なDSPが要求されます。これまで、低電力版としては、最大容量 400Gbit/sを 10W 未満の消費電力で実現するDSPを実用化し、次期向けとして800Gbit/sを開発中です。

伝送容量の大容量化には、シンボルレートの高速化と変調多値度の高度化が必要です。加えて、伝送容量・伝送距離・周波数占有帯域をアプリケーションに応じて柔軟に構成できる適応変復調技術が必要です。NTT研究所では、偏波・振幅・位相を柔軟に制御する多値変調技術、細かい情報量の設定を可能にする符号化技術、およびそれらを低電力に実現するデジタル信号処理技術を研究し、これら新技術を搭載したコヒーレントDSPを開発しています。さらに、コヒーレントDSPを、光と電気の変換機能を集積したシリコンフォトニクス光回路、電気の増幅器等のアナログ電子回路と1つのパッケージに実装するコパッケージ実装により、圧倒的な小型化を実現します。

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図1 コヒーレントDSPの概要

光チップレットの研究ビジョンは、図2に示すように光電変換モジュール(赤枠部)をLSIの直近で同一基板上に実装(コパッケージ実装)することです。現在の全てのLSIは単体でパッケージ内に実装され電気接続のみが基板下部から出ている形態です。この場合、基板下部からの接続端子数の制限や電気配線の抵抗による損失で、トータルとしてのデータ伝送の容量と距離の増加は限定的となってきています。そこで、電気接続の一部を光接続にすることで、より多くのデータをより遠くまで送ることができるようになります。

それを実現するのが、図2中央に示す、電気チップと光半導体チップの接続・実装技術と、図2右下に示す光半導体チップです。指先に載るほど小さいチップは、NTT独自のメンブレン化合物半導体技術による素子を複数備えており、この素子で光信号の生成などを小型かつ低消費電力で行うことができます。これを電気チップと積層してファイバを接続することで光送信器としてモジュール化しました。

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図2 光チップレットの概要

光電融合デバイスへの適用のために、メンブレン化合物半導体技術においては、低消費電力で高速に動作できる光デバイス(半導体レーザや光変調器、受光器など)を高密度に集積することが必要となります。図2(青枠部)には、16個の半導体レーザを1つに集積したチップを示しています。具体的には図3に示すように、シリコン基板上にメンブレン化合物半導体からなるレーザとSiOxからなる光導波路を一体集積することで、1つのチップの片端面から16ポートでの出力を実現しています。それぞれのレーザ部分は、俯瞰図と断面図に示すような構造をしています。化合物半導体の厚さは300nm程度の薄膜であり、発光層の上下が屈折率の小さい材料(SiO2、SiOx)で挟まれ、横方向に電流を流せる構造であることが特徴です。この構造により、発光した光を強く発光層に閉じ込めることができるため、低消費電力で高速な動作を実現することができます。ここで示したレーザは、レーザに流す電流量の増減による変調動作(直接変調)によって、100Gbit/s以上での高速動作が可能です。

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図3 メンブレン化合物半導体技術の概要

今後の技術課題として、メンブレン化合物半導体技術はウェハプロセス技術の完成度を高め、また光チップレットはLSIの直近に配置してコパッケージを行うことが挙げられます。

想定される適用分野・PoC

これらのデバイスや技術はIOWNサービスへの適用と歩調を合わせて技術開発を進めています。IOWN1.0のサービスを支えるIOWN-APNの一部として、DSPは適用が進められています。また、光チップレットおよびその中のキーデバイスであるメンブレン化合物半導体技術は、IOWN3.0の時代に使用することを目標としています。

具体的な適用例として、DSPと光送受信回路のコパッケージ実装により、1波長あたり800Gb/s、さらには1Tbit/s超級のデジタルコヒーレント光伝送をより小型低電力に実現できます。これにより、QSFP-DDやOSFP といった小型光トランシーバモジュールへの実装が可能となり、大容量の光伝送システムを低電力・高密度に実現することが可能となります。データセンタネットワークやコアメトロといった基幹系の伝送システムを支える光電融合デバイスとして展開されることをめざしています。

光チップレットは演算用LSIを接続する足回りとしてサーバやコンピューティングシステムに使うことで、従来のラックスケール単位のリソース管理から、より細かい単位で最適に管理でき(ディスアグリゲートでき)、サーバボックスを超えた範囲のより多くのリソースを接続できます。

今後の展望

今後の展望を図4に示します。IOWN1.0サービスは2023年度に開始しており、IOWN2.0、IOWN3.0が順次展開される予定です。それに合わせて、光電融合デバイス(図4のPEC: Photonics-Electronics Convergenceに対応)も、導入済みのものはシステム拡大とともにより広く普及させ、現在技術開発中のものは導入をめざしていきます。

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図4 IOWNサービスと光電融合のロードマップ