コミュニケーション科学基礎研究所(CS研)が設立されて23年、そしてNTT再編に伴う新体制下で基礎研究を始めて14年が経ちました。この間にCS研の確たる骨格が形成され、基礎研究から生まれた技術が少しずつ世の中で使われるようになってきました。そして私たちは今、次の一歩を踏み出すための大きな転換期にあると考えています。
情報技術の「見えない」イノベーション
技術革新そのものがイノベーションであった蒸気機関や活版印刷機などの機械技術と比べると、情報技術は少し特殊な位置にあります。ある製品やサービスを指して、イノベーションが起きたと世の人は言うけれど、そして情報技術も使われているはずだけれど、情報技術の重要性が世の中の人に伝わっていないと、専門家は嘆きます。それが、【情報技術の見えない】イノベーションです。一方、製品やサービスに直接、あるいはすぐには反映されないところで、情報技術の各分野で何年かに一度とてもすごい技術革新が起きています。ところが、情報技術のさらにその中の一分野の専門家しかそのことに気がついていません。それが、情報技術の【見えないイノベーション】です。ですから、オープンハウスでご紹介する基礎研究成果の中にも、まだ誰も知らないイノベーションの種がたくさん潜んでいるに違いないのです。
果実のなる樹木を育て、世代を重ねて、進化させる
基礎研究の営みを図1にまとめました。些細な発想の転換や問題の発見が新しい研究の種になります。種を播き、水をやるとしばらくして芽が出てくるものがあります。さらに、肥料と陽の光を与えるといずれ論文や特許として花が咲きます。やがて花は果実となり、摘み取ることができるようになります。この種を播き樹木(き)を育て果実(み)を摘むまで(Phase 1)が基礎研究の根幹をなす最も重要な過程です。多様な果実を貯えると同時に、果実から新たな種を採り、再び播くことによって技術のさらなる進化を促します。
基礎研究の使命は、リスクを怖れずに困難な問題に敢えて挑むことにありますから、問題がいつ解けるのかを予測することが担当者でさえ難しいのです。最新の事例では、人間の感覚特性を利用して牽引力錯覚を引き起こす装置、ぶるなび3の発明があります。牽引力効果を維持したままぶるなびを小型化することは難しいだろうとずっと思っていたものが、ある日突然解けてしまって、10年前に開発したぶるなび1の1/20の大きさにすることができました。
図1 基礎研究の成果が世の中に出ていくまで
基礎研究は「時代」とともに在り
果実が人々の口に入ってはじめて滋養となるように、研究成果も技術として使われてこそ価値を持ちます。CS研発の基礎研究成果にも、実社会の中へ入っていく技術が生まれつつあり、その代表例を表1にまとめました。これらを分析してみると、種を播いてから10年の時間を要しているものが多いこと、実がなってから食卓に出るまで(Phase 2)の時間も多様であることがわかります。技術が完成しても時代のニーズに合わなければ使われることはありません。その時がいつ来るのか、それを予想することも多くの場合困難です。その時まで技術プールを維持し守るとともに、時が来たときにすぐに世に出せる体制を整えておかなければなりません。さらに、NTT研究所全体では、他業種企業とも連携しCo-Innovationによる市場創出(Phase 3)への取り組みを強化しています。
基礎研究の営みは決して世俗から離れた特別なものではありません。時代に寄り添い、時代と共に在るべきものです。ベル研を支えたジョン・ピアースが「優れた発想や計画はイノベーションには欠かせません。ただ何より時機が肝心です。」と言っていますが、市場導入の場はスピードが勝負になります[1] [2]。基礎研究は、その取り組む課題の選択において時代とともに在ると同時に、時代のスピード感に合わせた市場導入への貢献も求められています。私たちは、こうした時代の要請を見据えた上で、新たな革新技術の創出に向けた努力をなお一層進めてまいります。
表1:CS研発の成果例 - (研究開始から、問題解決、技術の完成、実サービスに至るまで)
【参考文献】
- [1] ジョン・ガートナー, “世界の技術を支配する ベル研究所の興亡”, 文藝春秋, 2013.
- [2] フレッド・ボーゲルスタイン, “アップルvs.グーグル: どちらが世界を支配するのか”, 新潮社, 2013.