新しいサービスや社会を実現し、新しい価値を創造する先端技術を紹介します。
「光格子時計」は、2001年に東京大学の香取秀俊助教授(当時)が考案した原子時計です。レーザーを使って格子状の原子の入れ物(光格子)を作り、その格子の中に絶対零度近くまで冷やしたストロンチウム原子をそれぞれ1つずつ入れた構造になっています。
そしてそれらの原子が吸収する光の周波数(共鳴周波数)を測定して1秒の長さを決定します。格子内の多数の原子の共鳴周波数を一度に計測し平均値を求められるため、短時間で正確な時間を決定することができます。
現在の秒の定義に使われているセシウム原子時計の誤差は3000万年に1秒以下とされていますが、光格子時計では300億年に1秒と、それを大幅に上回る超高精度を実現できます。
この光格子時計を全国に配備し、次世代通信のインフラとして利用しようというのが「光格子時計ネットワーク構想」です(図1)。
光格子時計ネットワークの実現には、光格子時計の周波数をネットワークを通じて長距離にわたって高精度に伝送する技術が必要です。そこでNTTは、東京大学、NTT東日本と連携し、超高精度周波数伝送技術に関する実証実験を行いました(図2)。
実験では、東京大学のある本郷とNTT厚木研究センタのある厚木との間をNTT東日本により新たに約120kmの光ファイバで接続し、理化学研究所のある和光と本郷とを結ぶ約30kmの既存の回線と接続することで、全長約150kmのファイバ網を構築しました。
伝送の精度を評価するための実験では、まず和光から本郷へと伝送した光周波数基準を1本の光ファイバを使用して厚木に伝送し、もう1本の光ファイバでふたたび本郷へと戻すという全長約240kmのループ網を使用しました。
経路上にはA~Cの3つの中継局が設けられ、複数の区間に分けられています。そして本郷、厚木、中継局A、中継局Bには「リピーター(光周波数中継装置)」と呼ばれる機器が設置されました(RL1~RL5)。
伝送に使用する光ファイバは、日々の温度変化による光ファイバ自体の伸縮、敷設環境による振動などの影響を受けるため、精度の低下が発生します。リピーターは光周波数を中継するとともに、こうした精度の低下を可能な限り防ぐ働きを持ちます。リピーターを複数経由させることで、精度を保ったまま長距離の伝送が可能となるわけです。
今回使用したリピーターシステムでは、NTTで開発された「平面光波回路(PLC)」技術が用いられています。PLCチップはLSIと同様のプロセスで製造でき、製造の自動化やコスト低減が可能です。また、光ファイバと同じガラス素材で形成するため信号の損失が少なく、高い安定性と検出感度を確保できるという特長があります。さらに小型化も可能で、光ファイバの結合部、電気配線部を含めても120×90×10mm3というモジュールサイズを実現しています。
具体的には、伝送した光の一部を折り返し、元の光と比較して差分を検出したうえでそれを打ち消す成分を付加して送信し精度を向上させます。これにより測定時間に応じて精度が向上するわけですが、実験では1秒間で誤差3×10-16以下、2600秒で1×10-18以下という高い精度で光周波数を伝送できたことが確認できました。1時間以内の測定で必要な精度を確保できたわけです。
この実験により、光格子時計の周波数を、精度を保ったまま200km以上伝送できることが確認されました。これにより、各都道府県を結ぶ光格子時計ネットワークの構築が実現できることになります。
超高精度周波数伝送技術の確立により光格子時計ネットワークが実現すると、時刻同期を利用した通信サービスなどへの利用が可能となります(図3上)。具体的には光格子時計ネットワークからの光周波数を周波数変換装置で電気周波数に変換し、携帯基地局等の通信システムに供給します。これにより、現在よりも高精度で安定した時刻同期を実現できます。
また、相対論的な効果を使った標高差測定も可能です。アインシュタインによる一般相対性理論では、「重い物の周りでは時間は遅く流れる」という現象が論じられています。これを地上に当てはめれば、地球の中心から遠い、つまり標高が高い場所ほど時間は早く進むことになります。
仮に誤差1×10-18以下の超高精度な光格子時計を使用すれば、現在のGNSSによる測位を上回る1cm単位での標高差測定が可能です(図3下)。
NTTでは今後も遠隔地間での光格子時計周波数比較実験など、超高精度周波数伝送に関する研究を継続する予定です。また、さらに中継地点を増やしても安定的に運用が可能なリピーターの開発も進める予定です。
将来的には1000km級の超高精度周波数伝送を実現し、全国規模での光格子時計ネットワークの実現に寄与したいと考えています。