2023/05/24

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、炭素原子のみからつくられるシート状の物質であるグラフェン※1を立体化するNTT独自の技術※2を用いて、立体的な細胞塊※3の繋がった神経ネットワーク※4から長期的に神経活動を計測することに成功しました。
立体化したグラフェンが培養細胞の足場※5になると同時に電極として機能することで、従来困難だった、複数の細胞塊からの長期的な計測(70日間)を可能にしました。細胞塊の繋がった神経ネットワークは、同期と非同期の混ざった神経活動※6の時空間パターンを示し、日数の経過に伴ってそのパターンが変化することも示されました。
本成果は、脳の特徴的な構造を模した培養組織 (立体細胞塊のネットワーク)において神経機能を可視化することに成功したものであり、発生学や創薬研究を加速するBrain-on-a-chipの要素技術として活用されることが期待されます。
脳は神経細胞を素子としたネットワークとして機能する臓器であり、その素子がどのように集合して機能するのか、どのように成長するのか、明らかにされていないことが沢山あります。素子である神経細胞のレベルから集合体である脳まで統合的に仕組みを理解するために、細胞を積み上げて脳らしい培養組織を形成し、さらにその培養組織をデバイスチップ上に載せて生体情報を収集する、Brain-on-a-chip(脳模倣培養モデル)が近年注目されています。これまでに、神経細胞を立体的に積み上げるために足場を形成する組織工学※7の技術や、神経電極※8を立体化することで、立体細胞塊から神経活動を計測するデバイス技術が開発されてきました。一方で、複数の立体細胞塊のそれぞれに電極を配置・計測することが難しいという課題がありました。 これまでにグラフェンと呼ばれる炭素原子の薄層を曲げて立体化する独自技術を開発しており、さらに円筒状になったグラフェン内部で神経細胞を育てることで立体細胞塊を形成することに成功しています。グラフェンは、導電性に優れているため神経電極として注目されています。また、その柔軟性が立体化技術の構成に必須であることに加え、従来の電極材料である金属と比べると生体適合性※9や透明性に優れ、細胞の生育や観察にも適しています。これらの利点により、立体的細胞塊の形成と計測電極としての機能を両立できる可能性を秘めていました。
本研究では、立体化したグラフェンを計測電極として用いることで、グラフェン内部で育てた立体細胞塊の活動計測に成功しました (図1)。円筒状の立体電極の内部に立体細胞塊が形成されるため、立体細胞塊と電極とのペアを簡単に構成することができ、その接触を安定して保つことができます。実際に、平坦な電極上に立体細胞塊を培養した場合と比べて、3倍以上の神経活動が計測され、70日間にわたって安定して計測できることを実証しました (図2)。 本研究では立体化する計測電極を多点(8×8点)で配置した電極アレイ※10を作製し、複数の立体細胞塊からの計測を実現しました。1つ1つの電極に対応した立体細胞塊からの独立な信号計測により個々の立体細胞塊同士が繋がった神経ネットワークの活動計測が可能です (図1)。従来の立体的でない2次元電極を用いた場合、培養細胞は平面的で一様なネットワークが形成され、細胞間で同期した活動※11が支配的です。一方で、立体細胞塊ネットワークでは、同期と非同期が混在した多様な神経活動の時空間パターン※12が生じ、さらにそのパターンは培養日数の経過に伴って変遷しました。実際の脳の中でも、細胞塊を個々のモジュール※13とした構造が多様なパターンを生み出していることが知られています。本研究では、立体細胞塊の形成と信号計測の技術を両立することで、脳内に見られる特徴的な構造(立体・モジュール構造)をもった培養神経が同期と非同期が混在した脳に近い神経活動のパターンを示すことを明らかにし、さらにその成長過程をモニタリングすることに成功しました(図3)。本技術は、脳らしい神経ネットワーク形成の一部をチップ状に再現することで、脳の機能への理解をより深める研究に寄与します。
NTTでは、これまで生体組織に対して親和性の高い種々の導電性材料を研究してきましたが、今回はグラフェンが生体適合性と導電性に優れた薄膜材料である点に着目し、自己立体化技術を用いることで細胞の足場としての機能と電極としての機能を両立しました。 立体化する薄膜は、グラフェンとパリレンC※14と呼ばれるポリマー薄膜により構成されています(図1上部)。これらは、いずれも生体に優しい材料であり、立体化のプロセスで細胞にダメージを与えないことを確認しています。 また、これまでのグラフェンとパリレンCの二層ではグラフェンを円筒の内側にすることが難しいという課題がありましたが、今回我々はグラフェンをパリレンCの両面に張り付けた三層構造にすることで、電極となるグラフェン面を内側にした立体化に成功ました。
個々の電極で細胞塊とのペアを形成・維持できる利点により、アレイ化した細胞塊のそれぞれから神経活動を安定して計測することが可能です。そのため、細胞塊同士がどのように結合を形成しているか、ネットワークに関する空間的な情報を取得することができます。 さらに、長期計測の利点も併せることで、その結合の状態が細胞塊の成長に従ってどのように変化するのか可視化することが可能になりました。
個々の立体細胞塊に複数の電極を配置して個々の立体細胞塊内部での信号分布を可視化することで、より詳細な細胞塊神経ネットワークの形成過程の観察が期待できます。今回扱った神経細胞は1種類のみですが、脳を構成する他の細胞や異なる領野の神経細胞、さらには疾患に関連する細胞を混ぜることで、多様な組織構造や状態を再現できるモデルとしての発展が期待できます。 また、脳に似た環境で神経ネットワークの機能や薬剤の効き目を調べるためのBrain-on-a-chip実現に向けた要素技術の進展に寄与します。
著者名 : K. Sakai, T. F. Teshima, T. Goto, H. Nakashima, M. Yamaguchi
タイトル: Self-Folding Graphene-Based Interface for Brain-Like Modular 3D Tissue
論文誌名: Advanced Functional Materials
掲載日時 : 2023年5月1日(英国時間)