基礎研究

社会に変革をもたらすコンセプトを実現する先端技術を紹介します。

インタビュー 山端元音特別研究員

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電子を正確に制御し、一つずつ正確に運ぶ単電子転送技術。将来的には電気標準分野や計測産業分野への貢献が期待されています。ここでは、シリコン単電子素子の研究に取り組む山端元音特別研究員にお話を伺いました。

◆PROFILE:
東京工業大学電子物理工学専攻 研究員(PD)(2009年10月~2010年3月、うち2009年11月~2010年1月はハーバード大学 客員研究員)、NTT物性科学基礎研究所(2010年4月~2020年9月、うち2015年5月~2015年7月はNational Physical Laboratory, UK 客員研究員)、NTT物性科学基礎研究所 特別研究員(2020年10月~)。

NTTの基礎研究―単電子転送技術とは

研究されている内容を教えてください。

電子を正確に制御し、ひとつずつ正確に運ぶ「単電子転送技術」の研究をしています。
研究にはシリコン単電子素子を使用します。単電子転送に使用するシリコン単電子素子は、2つの微細ゲート電極をシリコン細線上に並べ、その上部を上層ゲート電極で覆うという2層構造になっていますが、シリコン細線は約10ナノメートルと非常に小さいサイズになっています。
ゲート電極に負の電圧をかけることで、シリコン細線中に電子に対する障壁を形成することができます。そこで高い周波数を持った入力信号を使い、障壁を上げ下げすることで電子の流れを高速でオン/オフし、電子をひとつずつ捕獲し、転送します。

この素子の中で少数の電子がどのようにふるまうか、またそれをどのように正確に制御するかを探求しています。

図1 単電子転送技術
図1 単電子転送技術

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現在はどこまで研究が進んでいるのでしょうか。

単電子転送により正確で高精度な電流源を得ることができれば、将来的に電流の単位であるアンペアを最も直接的に定義する高精度な「電流標準」への応用につながります。
2014年には最高動作周波数3.5GHzの高速単電子転送に世界で初めて成功しました。単位時間当たりの転送電子数が増えれば観測される電流値も大きくなるため、動作周波数は電流標準への応用に向けた重要な指標です。
そしてもうひとつの重要な指標がエラー率です。2014年の時点で転送エラー率はかなり低いものと予想されていましたが、実証はされていませんでした。そこで高精度電流測定系を持つ英国国立物理学研究所(National Physical Laboratory、NPL)と共同研究を行い、実際に1GHzでの転送において9.2×10-7以下という世界最高精度であることを実証し、2016年に発表しました。

さらなる高速化、低エラー率に向けた今後の課題は何でしょうか。

以前より電流標準の目標値として「エラー率10-8以下」が知られています。近年、ようやく10-7程度までたどり着きましたが、そこからさらに1桁下げることは非常に難しいと感じています。実際に10-8のオーダーで計測を行うには、それを測定する側にさらに高い精度が要求されます。デバイスによっては既に10-9、10-10まで行けそうだ、という手ごたえはありますが、現状の測定系ではそれを実証できません。
電子の動きを計測するには、まったく違う手法を用いるなど、なんらかのブレークスルーが必要です。現在は産業技術総合研究所などとも共同研究を行い、まずは7乗のオーダーを切り、8乗のオーダーに入るようなものができないかとさまざまな取り組みをしていますが、私はどちらかというと電流値を上げるため素子を並列に素子を並べる、安定的に高精度なシリコン単電子素子を製作できる手法を確立する、など、主に素子側の工夫に取り組んでいます。

シリコン単電子素子を活用して、他にも研究を進めていると伺いました。

電流標準への応用に向けた研究と並行して、単電子の量子コヒーレント振動に関する研究を行っています。単電子転送は主に電子の粒子性を扱うものですが、電子は量子力学的な波動性もまた備えています。
そこで新たな測定手法を用い、実際に単電子を転送している、測定している時に、内部でどのような量子的振動が発生しているかを検出しました。具体的には「共鳴準位」というものを使い、電子の高速振動のある一瞬をストロボ撮影のように捉えることに成功し、2019年に論文として発表しました。これまで誰も見ることができなかったサブテラヘルツという高周波数の振動を観測できたことで、今後、超高速量子ビットなどに応用されればうれしいな、と思っています。
また、初期状態での電子の位置を固定する、素子内で1回だけ振動させる、など電子の高精度操作にも取り組みたいと思っています。

将来的には電気標準分野や計測産業分野への貢献へ

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将来どのような分野での応用が期待されているのでしょうか。

まずは先ほども申し上げた電流標準への応用です。単電子転送による高精度な電流に基づき、アンペアを正確に実現することが可能となります。実は抵抗の標準、電圧の標準は既に実用化されており、関連の研究はそれぞれノーベル賞を受賞しています。超高精度な電流標準が実現すれば、それらに匹敵するインパクトがあると思います。
また、それにより高精度かつ小型な「ポータブル標準素子」が実現すれば、測定機器の校正にかかるコストも削減可能です。
そして将来的にはIOWNの3要素のうち、オールフォトニクス・ネットワークの実現に必要とされる「超低消費電力」という側面でも貢献があると嬉しいな、と思っています。

NTTの強みはどのような点にあるとお考えでしょうか。

基礎研究では論文化が重要ですが、そこにたどり着くまでの試行錯誤は非常に大変です。まず自然界で起きている現象はいったい何なのかを考え、アイディアを出し、素子の作製・測定を行います。さらに、第三者にも理解してもらえるようにデータの解析を行い、第三者にも理解してもらえるよう論文を書く。それぞれのプロセスには長い時間がかかり、大きな成果を出すにはじっくりと腰を据えて取り組む必要があります。NTT物性科学基礎研究所にはそうした環境が整っています。
例えば先ほどの量子コヒーレント振動検出では、データ自体は2015年には揃っていて、アイディアもありました。ただ、まったく新しい発想であったため、外部の理論家との議論を1年以上かけて行うなど「第三者にも理解してもらえるように解析を行う」というところで非常に時間がかかりました。しかし、その段階でじっくりと考えたことによりインパクトの高い論文に仕上がったと思います。
また、NTTの強みとして、人材、ノウハウ、研究費のすべてが揃っていることがあげられます。例えばシリコン単電子素子の作製には、旧LSI研究所時代のノウハウが多く活用されています。また、大きなクリーンルームもあり、優秀な人材も揃っています。これだけの環境を新規に立ち上げるのは難しいのではないでしょうか。

これから単電子転送技術の研究に取り組みたいと思っている方へメッセージがあればお願いします。

私は、まだ世界では誰も見たことがなかった高精度な単電子転送を世界で初めて目にし、非常に興奮しました。自然界で現れる物理現象は複雑で、基本的に自分の思った通りにはいきません。その中からいかに意味のある有用な成果を抽出するか、というところには日々苦労しますが、「実際に起こっていること」を理解できたときには本当に面白いな、と感じます。じっくり腰を据えてひとつのことに取り組むことで、大きな成果が出る。これが基礎研究の醍醐味ではないでしょうか。
シリコンデバイスの研究に取り組んでいる私たちのグループは10名程度ですが、シリコンデバイスの作製、測定、理論構築、解析などすべてに関わって研究を進めています。私は大学時代からシリコンデバイスに関する研究をしていましたが、電子スピンや光、化合物半導体について研究していた方などいろいろな専門性を持った人が集まっています。そのためある程度広い範囲で研究を俯瞰できる、お互いの相乗効果が生まれるなどの利点があります。
そういったある程度広いつながりの中で、じっくり腰を据えて研究に取り組みたい、という方にはぜひNTTに来て欲しいですね。NTT物性科学基礎研究所ではポスドクなど様々なパスがありますので、これをお読みになって興味を持った方はぜひ一度調べてみて欲しいと思います。

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