現在、我が国のFiber to the Home (FTTH)世帯カバー率は98%以上と、世界的にも高い水準となっており、今後は膨大な数の通信装置をいかに低コストに運用していくかが重要な課題の一つとなっています。NTTアクセスサービスシステム研究所では、設備保守・維持コストの抜本的な削減に向けて、光アクセスネットワークの伝送距離拡大による通信局舎数の削減を検討しています。FTTH向けの光アクセスネットワークとして普及しているPassive Optical Network (PON)システムにおいて、通信局舎側に伝送路損失補償用の光増幅器を設置する場合、光増幅器を複数ユーザで共有することで経済的な伝送距離の拡大が期待できます(図1(a))。また、伝送路上に中継用の光増幅器を設置しないため、装置故障時の駆けつけ保守が不要となります。このような通信局舎側に光増幅器を設置する構成において、上り通信は受信器側に光増幅器を配置する前置光増幅の構成となり、信号は伝送によって強度が低下した後に光増幅器に入力されるため、光増幅器の放出する光の雑音(自然放出光)による影響を大きく受け、伝送距離が制限されます。そこで、伝送距離拡大によるPONシステムの経済化を目的として、前置光増幅に加えて、低雑音な光増幅手法である分布ラマン増幅技術(Distributed Raman Amplification: DRA)の適用を検討しました。
光アクセスネットワークの上り信号増幅に対してDRAを適用した場合の装置構成を図1(b)に示します。 DRAでは、適切な波長の励起光を伝送路に対して入射することで誘導ラマン散乱の効果によって信号光を増幅することができます。この手法では伝送路自体が増幅媒体となるため、信号光は伝送路を伝搬する過程で徐々に増幅されます。これにより伝送路内での信号光強度が高く保たれるため、DRAでは前置光増幅に比べて自然放出光による影響を受けにくく、高い伝送距離拡大効果が期待できます。以下では、光アクセスネットワークとして、最大10 Gbpsの伝送速度を持つ10G-EPON のPR30クラス (許容伝送路損失29 dB)を想定し、上り通信の伝送特性を評価した結果を紹介します。 10G-EPON上り波長帯(1270 nm)におけるラマン利得の測定結果(励起光500 mWの場合)を図2(a)に示します。伝送路として標準的なシングルモードファイバ(損失0.4 dB/km @1270 nm)を用いた場合、30 km地点で12 dB程度の利得を得ることがわかりました。 また符号誤り率の測定を行った結果、前置光増幅器として半導体光増幅器(SOA)を用い、DRAを用いない場合の許容伝送路損失は、従来比+6.6 dBの35.6 dBでした(図2(b))。これに対してSOAに加えてDRAを用いることで、従来比+14.5 dBとなる43.5 dBの許容伝送路損失を達成できることがわかりました。この結果より、本技術を活用することで従来のアクセス区間(損失29 dB)に対してさらに37 kmの伝送距離の拡大が期待できます。