トップインタビュー 川添雄彦 NTT 常務執行役員 研究企画部門長

NTTの研究開発は世界をリードする基礎研究から事業会社のビジネス展開を支える研究開発、パートナー企業との新たな価値創造のための研究へと広がっています。その多岐に渡る研究成果を生み出すNTTの研究所とはどのような組織で、どのような未来を見据えているのか。研究開発を指揮する川添雄彦 NTT 常務執行役員 研究企画部門長に聞きました。

◆PROFILE:1987年NTTに入社。2008年研究企画部門担当部長、2014年サービスエボリューション研究所長、2016年サービスイノベーション総合研究所長、2018年取締役 研究企画部門長を経て、 2020年6月より現職。工学博士。

NTTの研究開発とは ―未来を変える技術革新―

― NTTの研究組織の特徴とはどのようなものでしょうか

多くの企業は自分の事業ドメインに限定した研究開発を実施しています。NTTの研究所の特徴は幅広いテーマに取り組んでいることです。この、幅広さには二つの意味があり、テーマの領域が幅広いという横の軸での意味もあれば、基礎研究、応用研究、実用化研究などの研究フェーズという意味での縦の軸の幅広さもあります。最近ICTに関わる企業の研究開発への投資状況を見ると、AIやIoTなど社会全体が注目している短期的な実用化成果に集中投下される傾向が見えるかと思います。海外の企業と日本の企業を比べた時に、投資額が2桁違うということもあります。NTTの研究所はトレンド研究も実施しますが、次の未来を見据えた新しい技術にもしっかりと目を向けています。今はまだ、注目されていない技術は将来花開くか否かのリスクはありますが、大きなチャンスにもなり得ると捉えています。また、トレンド研究テーマは研究としての「寿命:研究開発成果の有効期間」が短くなってきているため、競争力を長期間維持できるかが課題となっています。そのために、簡単には他社が追いつけない研究のベース技術の重要性が高まってきているのです。

最近発表した、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現に必要な技術には、短期的な研究では成し得ないテーマが多くあります。例えば、光の技術は、1960年代から脈々と取り組んできた研究テーマです。こうした長期的な研究テーマに取り組んでいる企業の数は、以前と比べると世界的に大きく減少したと感じています。この過去から現在に至る研究開発の取り組みを活かした研究がNTT研究所の特徴であり、競争力の源泉であると考えています。

― NTTが今後取り組むIOWNについて教えてください

IOWN構想を昨年5月に発表しました。光の技術をベースにしていますが、単純に現状のシステムを置き換えるものではありません。様々な技術の壁を取り除いて、さらなる発展を可能にする様々な研究テーマを横断するベース技術なのです。AIの技術を例とすると、最近ではアルゴリズムと学習データだけが追及されてしまう傾向にあります。実際、良いアルゴリズムと良い学習データが揃うと、ある程度のパフォーマンスが出せてしまいます。だから皆さん、次々とAIの利用が進んでいない分野を探して、その分野にAIを持ち込む研究開発を進めています。AIを使ったサービスは次々に開発されていきますが、これだけでは、研究としてはどこかで行き詰まってしまう可能性があります。それを避けるためにも、今の技術について何かしらの新しい技術的な基盤ができたら、さらなる新しい進歩が見込める、という考え方が重要で、そのために現状の技術的な領域をさらに拡張する必要があります。例えば、今の電気の処理から光の処理に変えるという発想は、これまでにない圧倒的なパフォーマンスの向上、ブレークスルーをもたらすことができます。そうなると何をすべきか、どういった進歩をするべきかということにつながります。アルゴリズムとデータだけで片付くようなゲインではなく、より大きな変化・進歩をもたらすことができるような研究開発が重要であり、その最たる例がIOWN構想だと思っています。

さらに言えば、技術革新で「未来を変える」ことを可能にしたいと思っています。それは例えるなら、怖くて人類がそこを避けていた領域です。タイムトラベラーが登場するSF映画で、しばしば言われる言葉があります。過去に戻ったタイムトラベラーに対して、「未来に影響がでないように注意しなさい」と。現状の私たちの技術レベルは、分かっているデータなどを活用しながら将来を予測して、ある程度の対処策を考えて対応していくといった程度です。未来を変えるということは、より精度の高いシミュレーションと対応策を出していかないとできませんよね。失敗すれば、大変なことになってしまうかもしれません。間違えることは許されない。だから膨大なシミュレーションをして、世の中に対して丁寧なフィードバックをしていかなくてはいけません。将来的に関わってくるあらゆる影響物、それも全部含めてシミュレーションしていかなくてはいけない。それをやるためには、今までのアプローチでは駄目で、新しいやり方なり技術なりを作り出さないといけません。しかしそれができれば未来が変えられると思っています。ものすごく膨大な計算機リソースを必要とされると思いますがIOWN構想ではいずれ、その領域にたどり着きたいと思っています。

― 研究組織はどの様に進化するのでしょうか

脈々と継承している技術を活かし、さらに新たな価値創造を追い求める信念があれば、きっと我々が想像もしない様なイノベーションが起きる可能性があると確信しています。すなわち、自分達の基礎技術領域を深堀するとともに、応用研究領域として、これまで遭遇したことが無い技術とのコ・イノベーションを起こすことができるかが重要です。その両方の領域を推進できる組織に進化していくことが必要と考えています。未知なる領域の技術と出会うためには異分野のパートナーとの連携が必要であり、その連携の際に重要な事が同じ将来を夢見ることができるかということです。ビジネスとして考えなければいけないことはありますが、先ずはその技術で何ができるのかをしっかり議論できる相手であり、パートナーであることが重要です。もう一つ重要なのが、お互いに持つ技術をリスペクトできるかどうかです。今後、新たな研究テーマには積極的に取り組んでいきますし、必要であれば組織整備もしていきます。世界で誰も達成したことが無い夢の技術を実現し、具体的に世に貢献していける組織にしていきたいと考えています。

研究者、そして企業人として伝えたいこと

― 研究を行う企業に必要なこととはどのようなことでしょうか

研究者は当然ながらその研究の意義を一番良く理解しています。自分の会社にとっての意義も考えますが、主に技術の先導性など学術的な貢献としての意義です。一方、経営者もその研究の意義を考えますが、それは主に会社経営上の意義です。そこに、定め事としての隔たりがあります。研究者はその研究に対して良い意味で、自分自身が最大限、貢献することを使命と考えるため、時として自分を中心とした計画を描くことがあります。経営者はその価値を見出し、いち早く実用化したいと考えますから、例えば、「その研究は研究者を100人増やす、あるいは予算を100倍にすると100分の1の時間で達成できるのですか」と問うことがあります。この様な目線のズレが生じるのです。企業の研究が最大限のパフォーマンスを出すためには、その隔たりを双方から埋めることが重要となります。経営者は直近の成果も重要ですが、次の時代に何が競争力の源になるか、将来を見据えた判断をするために研究者と真剣に向き合うことが求められます。また、研究者は自分自身の枠を超えて、社会に最善の貢献をするためには何がベストかを考え実行することが求められます。せめぎ合いはあったとしても、双方がお互いを尊重した姿勢で研究に向かい、議論を経て、最良の折り合いをつけることが価値のある研究を推進する企業になるために大切なことだと考えます。

― 今の若き研究者に伝えたいことはどのようなことでしょうか

興味を持った研究領域を徹底的に探求してほしいと思います。その研究領域は一生かけて取り組む長い道のりのテーマもあれば、短期集中で答えを出すことができるテーマもあります。また、研究を進める過程で、素晴らしい結果がもたらされることもあれば、途中で諦めることが必要となることもあるかも知れません。どの様な場合でも、自分の興味は何か、それは確かなことということを正直に心に問いながら、その研究に向きあってほしいと思います。研究テーマにおいて困難な事態が発生して、そのテーマだけでなく「研究」自体を諦めてしまう人もいます。自分は研究には向かないのかな、実務的な業務の方が合っているのかなと。しかし、研究者を目指した以上、「研究したい」「真理を追求したい」「研究で世に貢献したい」という「志」が自分の中に深くあるはずです。そのマインドを捨てないで、次なる自分の興味を満たすテーマを見つけ、新たなチャレンジをしてもらいたいと思います。「野心」と「志」を区別して、研究という仕事に向き合うことが重要です。NTT研究所は研究者に広く門を開いています。様々な分野を幅広く、深く研究することを大切にしています。自分がやっている研究や興味が注目されてない領域だとあきらめないでください。研究者が活躍できる、自身の志を貫く幅広いチャンスがNTTには用意されています。

これからの日本の為に必要とされる「価値の論理」

― これからの研究で特に意識されている考え方はありますか

最も重要なことは、新しい価値の発見です。多くの研究は新しい価値の創出には及ばず、現在の技術のストレッチを目指しています。既に、限界が明らかに成りつつあるものや結論が見えてきたものもあります。それらの技術は、もはや技術の差異ではなく、膨大な計算機リソースを保有しているとか、蓄積されたデータが他を凌駕しているとか、その様な要因で優越が制されています。数で全てが決まる世界、すなわちデータやリソースを大量に持つ仕組みが技術を制する「数の論理」では、新しい価値を発見することは困難であると考えます。「数の論理」ではなく「価値の論理」がこれから益々、重要となります。どの様な価値が世の中にあるのかを探求し、それを実現するためには、何が課題で何を研究すべきか、どういったものを作るべきかを突き詰めていく。その先に新たな技術革新があるのだと思います。大変、険しい道であると理解していますが、研究者にとっては、大いにやりがいのある道だと思います。そういうものに研究開発の方向性を合わせていきたいと考えています。これまで様々な学問において、研究者が主軸においたのは原理原則の発見と解明でした。しかし、世の中の流れは余りにも規定概念に縛られた技術に向いてしまっています。何が新たな価値で、それはどの様な原理原則に基づいているのかを見つけ出していくことに力を注ぐことが重要です。NTTは、その様な研究を重視しています。研究者一人一人がスキルとセンスを磨き、解決困難な課題に立ち向かい、より良い社会の実現のために常に新しい価値を創出していくべきと思います。

― 社会をよりよく変化させるために何が必要とされているのでしょうか。

皆様がそれぞれの感性で社会の世界の変化に対する意思を見出すことでしょう。「より良い社会」という言葉を投げかけられると、皆様はどの様な社会を思い浮かべるでしょうか。多くは現状の改善、すなわち延長線上にあるものが多いのではないでしょうか。今に満足をしていれば、それをわざわざ変えたいとは思わないし、無理やり変化を起こすことはできません。「変わりたい」「変えるべき」という社会の意思を捉えることができるかが重要です。例えば災害が起きて、そこから立ち直りたい、という変化に対する意識が芽生えます。我々の感性を活かして社会の変化への意思を見つけていく、日本に主軸を置いた企業として、その感性をもとに社会の変革を提案し、再び世界の中で存在感を示していきたいと考えています。その感性を基に、さらに海外の優れたものを取り入れ、成果を出していくことができると確信しています。昨年、新しい海外の研究所を3つ作りました。マネジメントは日本流です。日本のマネジメントのもとに、世界の研究者が集ってくるというスタイルをとっています。既に、最難関の論文や国際会議での発表など確かな結果を残しています。買収ではなく連携という協力の仕方を取るマネジメントの仕方で成果を発揮している点に、やはり日本らしさを感じます。日本の力も、まだ世界にも通じると確信しました。日本を見限って世界に人材を求めるような閉塞的な話ではありません。日本の大学なり研究機関が今以上に、世界へのアプローチするための一つのスタイルができたと思います。今後も日本が核となって世界に新しい貢献ができるような研究開発を通じて、社会を豊かに人類に幸せをもたらしたいと思っています。

<取材後記>

新型コロナウィルス(COVID-19)は2019年12月以降、短期間で全世界に広がり多くの感染者、死者を出しています。この事態により、世界の人々の生活、経済は大きく変貌しました。この事を我々は予見することができず、治療や予防、拡大の防止などの対策に関し、現時点、世界の英知をもっても最善の答えを出すことができていません。本件の主たる学術領域は医学であっても人々の暮らしと働き方に、そして医学を始め多くの産業にICTは、これまで以上に深く関与しています。今回、テレワークや遠隔会議などにより、通信ネットワークのトラヒックが大幅に増えました。今後、更なる利用拡大が予想されます。社会からICTの研究開発に求められるもの、期待されることは変化します。この様な変化に対して、我々、NTTの研究者は日頃より、自らの研究分野において、技術革新の礎となる研究を実行する覚悟と責任を持ち、具体的に社会に貢献していくことを改めて認識する必要があります。変わりゆく世界に対し、人類に最善の価値を提供していくことにNTTの研究所は貢献していきます。