FEATURE
探究のかたち
― 技術と暮らしをつなぐ研究者たち
安心とプライバシーの間にある未来
——人と人のつながりを支えるテクノロジーと社会受容のあり方
#テクノロジー #プライバシー #デジタルトラスト
街角のカメラ、駅、エレベーター、ビルの出入口――私たちの生活のあらゆる場面で人工知能(AI)と映像技術が活用され、安全や利便性は向上しています。その一方で、「プライバシーは本当に守られているのか?」という不安も残ります。また、こうした技術には必ず“プラス面”と“マイナス面”が共存します。だからこそ「どの情報を」「誰が」「何のために使うのか」をていねいに示すことが、技術の社会受容性やデジタルトラストを高める上で欠かせません。本記事では、AIや映像技術がもたらす安心や利便性を生かしながら、人や地域社会との関わりの中でコミュニティを支えるテクノロジーのあり方や、プライバシー保護と社会受容性を両立させる方法を2人の研究者と探ります。
「不安」と「安心」はなぜ同居するのか
生成AIの普及が急速に進む中、社会情報研究所ではAIと人間の協働やデジタルトラストの研究を行っています。こうした研究にお二人はどのような形で取り組まれているのでしょうか。
片桐 主に医療・ヘルスケア分野で、人びとの行動変容について研究しています。具体的には、「どのような人に、どのようなアプローチが効果的か?」「AIがどう支援すれば健康につながるか?」を評価する内容です。また、人とAIの関係性や協働のあり方についても研究しています。
亀石 研究は主に2つのテーマに取り組んでいます。1つは個人情報とプライバシーの保護、もう1つは人がAIを活用する際の課題探索です。例えば、スマートビルに設置してあるAI機能を持ったカメラのような設備が、どうすればそこで働く人や訪れる人に受け入れられるのか。こうした社会受容性を、技術面だけでなく利用者とのコミュニケーションも含めて検討しています。ここでいう社会受容性とは、技術的に実現できるかどうかだけでなく、人びとがその使われ方に納得し、受け入れられるかどうかという観点も含んでいます。
多くの人がプライバシーを守りたいと思う一方で、防犯カメラなどの有用性も感じていると思います。
亀石
そうですね。カメラを活用した技術への気持ちは不安と安心が同時に存在します。カメラに自分の姿や顔を撮られることへの気持ち悪さはあります。高性能なAIカメラの撮影画像の解析により、個人が追跡されるのではという不安は現実味を帯びています。一方で、子どもの「見守り」など、生活上の安心を感じる人も多いはずです。高齢の両親と離れて暮らしている人も同様でしょう。
受容性を高めるポイントは「何のために」「どのような情報を」「誰が」扱うのかを明確にすることです。これらが明確であれば、コミュニティにとってのマイナスよりもプラスが上回り、新しい技術を受け入れやすくなるのだと思います。
片桐
「何のために」「どのような情報が」のほか、「誰が」も重要かもしれません。カメラを設置したのが自治体や町内会なのか、それとも特定の事業者なのかによって受け止め方は変わるでしょう。
私自身についていえば、街中に防犯カメラが増え始めたころは、違和感がありました。今は例えば、1人でエレベーターに乗ってカメラがあると安心する場面も増えました。無意識にビルの管理会社や警備会社に「見守られている」と感じるからでしょう。防犯上の抑止効果と相まって心理的安全につながることがあります。
重要なのは、運用者への信頼と情報開示のていねいさです。透明性や説明責任を積み重ねることで、技術そのものや運用者への信頼が育まれ、社会的な受容、すなわちデジタルトラストにつながっていくのだと考えます。
コミュニティを担うのではなく支えるテクノロジー
記録映像の活用という点では、ドライブレコーダーの普及で事故の判断が公正になったとの指摘もあります。一方で窮屈さを感じる人もいます。
亀石 確かに、ドライブレコーダーの普及以前は、映像の記録がないために過失がないのに責任を問われる人がいたり、過失の割合が公正に処理されなかったりした可能性はありますね。そうしたケースが減るのは、技術が普及することによるプラスの効果です。一方で、もしかしたらタクシーやトラックのドライバーは、走行データが詳細に管理されるようになって居心地の悪さを感じているかもしれませんね。
片桐 同じ機器でも使い方や立場で受け止め方は変わる、という点で防犯カメラもドライブレコーダーも同じですね。
技術によるプラスを拡大しつつマイナスを抑制することに、技術そのものを利用できるところはないのでしょうか。
亀石
プライバシー保護の観点でいえば、目的外の情報を極力集めない処理が可能です。これによりプライバシー配慮を保ったまま混雑の把握などに生かせます。
例えば、防犯カメラの画像に映った人の顔が誰か分からないようにするといった処理が可能です。街中や施設の混雑具合の把握や人流解析のためにカメラ画像の活用が可能ですが、人の姿を四角や棒などの図形に変換する処理を施すことで、人数の計測や人流解析の目的に応じて、取得する情報を必要最小限に抑えることができます。
一方、こうした処理を行わなければ防犯カメラ映像は子どもや高齢者の見守りの目的にも利用できます。
片桐
技術の使い方によって、目的に応じたプラス・マイナスのバランスを取れる一例だと思います。リアルタイムの見守りが目的なら、AIが群衆の危険行動や不審挙動を検知し、警察や警備会社、自治体へ即時通知する仕組みも考えられます。
仕組みそのものは現在の技術で実現可能でも、導入には目的や取得情報、運用方法のていねいな説明と、地域のコミュニティとの合意形成が不可欠になります。
テクノロジーの社会受容性を考える上では、技術そのものの性能だけでなく、それを受け止める地域におけるつながりや信頼関係のあり方も重要になるわけですね。地域のコミュニティは、以前と比べてつながりが弱くなったとしばしば指摘されます。
亀石 地域差はありますが、機能がすべて消えたわけではありません。2011年3月東日本大震災が発生した後、子どもの通う小学校から「安全のためしばらくの間なるべく保護者で送迎をしてください」という連絡がありました。現実にはなかなか送迎ができない日も多く、通学路にある理髪店が子どもを一時的に預かってくれていました。私が暮らす東京はそうしたコミュニティの機能が弱いと思われがちですが、「緩いつながり(Weak Ties)」は確かに残っています。
片桐 私が住んでいる地域では、大手チェーンのスーパーマーケットが小学生の食育のための見学会を開くなど、地域のための活動に取り組んでくれています。我が家に配達に来る宅配サービスの企業は、配達員による見守りサービスも提供しています。宅配便のドライバーが、困っている人を助けているのを見かけたこともあります。
亀石 以前は地域の住民によって構成されていたコミュニティの一部を、企業が担うようになったのかもしれません。
片桐 最近、小学生の息子が近所で転んで骨折しました。そのときに、たまたま通りかかった知り合いのお母さんが、連絡を受けた私が迎えに行くまでの間、息子と一緒にいてくれました。これが「地域で子どもを育てる」ということなのかと感じました。いくらカメラやAIといった技術が進歩しても、やはりコミュニティが担う役割は大きく、技術ですべてを代替できません。技術はコミュニティを代替するのではなく、支える方向で生かすべきです。研究・開発に携わる人たちはもっと考える必要がありそうです。
人と人のつながりを支えるテクノロジーで安心して暮らせる未来へ
優れた技術でもすぐに社会に受け入れられるとは限りません。社会受容性を高めるためにはどのような工夫ができるでしょうか。
片桐
社会受容性には多種多様な要素が関わってきます。大きなインパクトのある社会的な出来事が、テクノロジーの受容性を劇的に高めることもあります。例えば、コロナ禍のときには、オンラインでの会議や授業が一気に広がりました。
同時に、提供側の工夫も効果的です。以前出会った女性は、AI機能を搭載した家庭用の製品に名前をつけ、目や耳を描いて使っていました。日本では、擬人化したデザインや、イヌやネコのような親しみやすい意匠は受け入れられやすい傾向があります。そうしたデザイン面での工夫も、受容性を高める一要素かもしれません。
亀石 最近はファミリーレストランで、ネコ型の配膳ロボットを見かけることが増えました。娘がアルバイトをしている店舗では、バッテリーが減ってくると「充電してにゃあ!」などと話すそうです。こうした小さな工夫は、人とテクノロジーをつなぐきっかけとして大切ですね。
コミュニティが持つ力も重要なテーマだと思います。コミュニティの概念とは少し異なるかもしれませんが、人と人の“つながり”はテクノロジーでどう補強できるのでしょうか。
片桐 見守りや安心の基盤は、防犯カメラのような技術だけでなく、人と人との緩いつながりによって支えられている面もあります。例えば、普段からメッセージのやり取りをしているSNSは、そうした緩いつながりを保つ装置として有効です。広告やデータ利活用への懸念はあっても、社会全体ではプラスが大きいと考えます。技術は、地域の緩いつながりを維持するためにも使えますし、趣味や同窓会のような関係性を継続するのもサポートしてくれます。
亀石 一方で、子どもやお年寄りの見守りには地域における緩いつながりも重要です。仮にAI機能を搭載した街角カメラが代替できるとしても、設置費用などがかかりますし、誰かがその仕組みを運用していかなければならない。見守りの質は、“ちょっと気にかける大人が何人いるか”で変わる側面があります。
片桐 人と人のつながりをテクノロジーが支えるという考え方が必要なのだと思います。技術が間に入ることで、コミュニケーションがスムーズになる面もあります。この先AIがより普及していくと、思春期の子どもは母親から直接注意されても言うことを聞かないけれど、普段から子どもが使っているAIが母親からのメッセージを“翻訳”して伝えればすんなり従うといったことになるかもしれません。
亀石 すべてを技術が担うのではなく、家庭内のコミュニケーションや地域の緩いつながりによるコミュニティづくりと並走するのが現実的ですね。テクノロジーの社会受容性は、機能や性能だけでは成立しません。「何のために使うのか」「誰がどう運用するのか」をていねいに示し、地域や人のつながりを支える方向で活用していくことが求められるということでしょう。
片桐 安心とプライバシーの両立を図りながら、人がAIをはじめとする技術を信頼して共に生きる社会はどうしたらつくれるのか。その答えを探していくことが、人と人とがつながり、安心に暮らせるコミュニティづくりにつながっていくのかもしれませんね。