研究開発に不可欠な「野心のマーケティング」とは?非連続な発想で研究に挑戦
核融合や宇宙太陽光発電など、社会が一変するような技術を研究開発するNTT宇宙環境エネルギー研究所の課題は、長期的な視野で「野心的な研究」をマーケティングし、社会実装するまでのプロセスをエコシステムとして組織することです。
今回は、同研究所で企画部長とレジリエント環境適応研究プロジェクトのプロジェクトマネージャーを兼務する秋山一也氏に、研究における野心のマーケティングについて聞きました。
※所属は取材当時のものです。
秋山 一也 (あきやま かずや)
NTT宇宙環境エネルギー研究所企画部長 兼 レジリエント環境適応研究プロジェクト プロジェクトマネージャー
名古屋大学理学部物理学科を卒業後、同大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻を修了(理学修士)。1997年にNTTに入社後、太陽電池、二次電池、燃料電池などの研究に従事。NTT西日本で環境経営推進室担当課長、株式会社エネットで経営企画部長などを務めたのち、2020年7月よりNTT宇宙環境エネルギー研究所にて、グループリーダーとして核融合最適オペレーションや宇宙太陽光発電といった研究テーマを立ち上げ、2022年7月より現職。
1. 野心をマーケティングせよ 企画部長の仕事は「マーケティングエージェント」
現在の仕事について教えてください。
NTT宇宙環境エネルギー研究所には、大きくわけて「レジリエント環境適応研究プロジェクト」と「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」の2つの研究プロジェクトがあります。私は企画部長として、これらの研究プロジェクト全体を管理しています。また、プロジェクトマネージャーとしてレジリエント環境適応研究プロジェクトを担当しています。
企画部長として仕事をする上で大切にしていることは何ですか?
研究における「マーケティングエージェント」として、研究者をサポートすることを何よりも大切にしています。
研究者のアウトプットである研究成果は、ただ「出しっぱなし」にしていても意味がないと思っています。アウトプットしたものが、社会にとってよいインプットになることが何よりも大切です。でも実際の研究者は研究で忙しく、どのようにアウトプットするかを考えるまで手が回りません。
そこで企画部長の出番です。私の企画部長としての仕事は、組織の目標を研究者に翻訳するとともに、研究者が生み出したアウトプットを、その技術を使う側に翻訳することです。
プロジェクトマネージャーとして仕事をしていく上で大切にしていることは何でしょうか?
プロジェクトマネージャーの仕事は、研究者に自身の持っている価値に気づいてもらい、創造性を引き出すことです。
NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究テーマは壮大なものが多く、研究者が自分の仕事の価値に気づかないことも多いのです。そこで、企画部長の「研究のマーケティング」の知見も活かしながら仕事の価値に気づいてもらう、そして支援をしていく、というのがプロジェクトマネージャーの仕事ですね。
2. 核融合、宇宙太陽光発電そして未来予測の社会実装
社会実装として具体的に取組んでいることを教えてください。
NTT宇宙環境エネルギー研究所のプロジェクトは、社会実装に非常に長い時間がかかるものが多いため、現時点で社会実装が行われているものはありません。私たちは野心的なプロジェクトにフォーカスしており、長期的な視野で社会実装を行い、社会を大きく変えることをマイルストーンとしています。
研究開発中のプロジェクト「核融合発電」を例に話をしましょう。核融合発電の燃料のひとつである重水素は、海水に無尽蔵に存在していること、現在の原子力発電(核分裂反応による発電)に比べてクリーンであることから、次世代のエネルギー源として期待されています。ちなみに実用化は、2040〜2050年だといわれています。
ほかにも、宇宙空間で太陽光発電を行い、レーザやマイクロ波で地上に送電する「宇宙太陽光発電」にも取組んでいます。こちらの実現は2030年以降になると考えられています。
このように私たちの研究では、実現すれば生活を一変させてしまうほどのインパクトがあるものばかりを扱っています。
あえて「最も野心的なプロジェクト」として挙げるなら何でしょうか?
レジリエント環境適応研究プロジェクトで取組んでいる「地球再生シミュレーション技術」でしょうか。地球を観測して物理的なシミュレーションをすることは、これまでも行われてきましたが、私たちは、地球の生物・化学的なモデル化も行い、さらにそこに「人間活動」を加味したシミュレーションを行おうとしています。
人間社会をシミュレーションに反映することで、たとえば、ある企業がカーボンニュートラルの施策を行えば、都市においてどのような生活の変化があり、それが10年後の未来にどのようなインパクトがあるか、などの未来予測になりますし、導かれた結果をシミュレーション上で過去にフィードバックすることで、よりよい未来を導くことも可能となります。
さらに、地球規模の観測とモデル化によってサイバー空間上にもうひとつのバーチャルな双子の地球「デジタルツイン」をつくり、サイバー空間上で複数のモデルを連成させることによって、地球全体を再現し地球の再生過程をシミュレーションすることをめざしています。
近い将来における未来予測技術の社会実装目標として、まずはESGに関するNTTの将来におけるリスクを科学的に分析し、未来予測シナリオとして出力することによって、さまざまなリスクに対してもしなやかに適応できる経営戦略の策定に活用されることを想定しています。
3. 「新しさをつくる技術」をつくるということ
現在の研究職に就かれた背景について教えてください。
私はNTTに就職して、今年で25年になります。大学生の頃は宇宙物理を専攻し、X線を用いて超新星爆発や銀河中心など宇宙の活発に活動する領域を観測研究していました。研究室では、人工衛星の望遠鏡に搭載するX線ミラーの研究を行っていました。
しかし就職先を考えるとき、急速に広がりつつある通信の世界に可能性を感じて、NTTへの就職を考えました。1996年当時、まだ携帯電話を使っている人はあまり多くなく、インターネットはモデム回線によるものでした。現在のスマホでは「ギガ」の通信速度ですが、当時は「メガ」でもなく「キロ」の時代でした。
何とかNTTに入社し、支店で導入研修を受けているときに「研究がしたい」と希望を出したところ、エネルギーに関連したハードウェアの研究に携わることになりました。専門分野ではなかったのでゼロから勉強し、その後は紆余曲折を経て、NTT宇宙環境エネルギー研究所が立ち上がるタイミングで入所して現在のポストに就きました。
研究の魅力や達成感とは何でしょうか?
まだ多くの研究テーマが立ち上がったばかりですのでこれからというところですが、研究の魅力や達成感は、これまでにない何かを世界で最初に目撃できる、ということに尽きると思います。誰も足を踏み入れていない新雪に、自分の足跡を付けるような感覚でしょうか。「誰よりも早く理解したい」という欲求が満たされるだけなのですが、それが最も強く純粋な研究の魅力であり、達成感であると思います。
今後の目標について教えてください。
「非連続な発想」で研究に挑戦していきたいと思っています。
望遠鏡がなかった時代に空をどれだけ見つめても、神話しか生まれなかったように、「誰も見たことのないもの」を観測し理解することは、既存の技術ではできません。望遠鏡が生まれてはじめて、宇宙は観測できるものになり、さまざまな天体が発見されてはじめて、地球と宇宙の関係性が理解されるようになってきたのです。
既存の技術で観測できるもの、つくれるものは、大抵ほかの誰かがすでに観測しています。つまり、新しいものを見るため、つくるためには、自分たちで新しい技術そのものを生み出さなくてはならないのです。そうした技術を生み出すためには、これまでの延長線上ではなく、非連続な発想で挑む必要があります。
非連続な発想は容易ではありませんが、これまでの逆のことをやってみたり、「混ぜるな危険」なものをあえて混ぜてみたりと、とにかく常識にこだわらず非連続な発想のために試行錯誤しているのが、NTT宇宙環境エネルギー研究所の日常です。
研究に興味がある方へのメッセージをお願いします。
NTT宇宙環境エネルギー研究所はいわゆる理系ですが、「人間社会の未来を予測する」といった、人文科学や社会科学の知見を融合させた取組みを行っています。そのため、今後NTT宇宙環境エネルギー研究所では、ますます人文科学系や社会科学系の人材の採用を進めていく予定です。
たとえば、人間社会の未来予測には経済学の知見に加えて、環境、社会、哲学、倫理などの人文科学も必要不可欠です。
「理系だから」と思わずに、ぜひ文系の人にもドアをノックしていただきたいと思っています。
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