再生可能エネルギーで「環境負荷ゼロ」社会をめざすエネルギーネットワーク技術グループ

NTT宇宙環境エネルギー研究所の「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」では、地球環境への負荷をゼロにすべく、エネルギー技術の開発を進めています。

プロジェクトマネージャーを務める田中徹氏は、同プロジェクトのなかの「エネルギーネットワーク技術」のグループリーダーを兼務しながら、エネルギーと社会の新しい在り方を模索しています。

再生可能エネルギーの社会活用を進めるための「仮想エネルギー需給制御技術」、直流給電システムによって次世代の安心と安全をつくる「次世代エネルギー供給技術」を中心に話を伺いました。
※所属は取材当時のものです。

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

田中 徹 (たなか とおる) 技術士(電気電子部門)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 環境負荷ゼロ研究プロジェクト プロジェクトマネージャー。
東北大学工学部を卒業後、1998年に同大学院量子エネルギー工学研究科修士課程を修了。専門は電力システム。2020年より環境負荷ゼロ研究プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務める。3グループの研究テーマとともに、超レジリエントなスマート社会の実現に向け、新たなエネルギーネットワークに必須の仮想エネルギー需給制御技術と直流グリッドを活用した次世代エネルギー供給技術の開発などに携わる。

1. 地球の持続可能性実現に向けてエネルギーにできることを模索する

「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」のミッションについて教えてください。

田中氏 「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」のミッションは、クリーンエネルギーによる地産地消や発生したCO2を削減することで地球環境に与える影響をゼロにし、さらに災害にも強い社会の実現に向けたエネルギー技術を開発することです。

私たちが生きる文明社会は、環境負荷が大きいエネルギー技術に依存しています。20世紀に生まれた化石燃料に依存したエネルギー技術がその代表的なもので、副産物としてCO2を排出し、地球環境に大きな負荷を与えています。

そして現在、SDGs(持続可能な開発目標)で世界的に共有されているように、このまま環境負荷の大きなエネルギーを使い続けていくと、地球は持続不可能になるということが視野に入ってきました。

地球を持続可能にするためには、太陽光発電や風力発電など、CO2を排出しない再生可能エネルギーを活用する社会をつくることが必要です。そのためには、エネルギーの地産地消を促進する分散給電型のエネルギーネットワークを構築し、災害にも強くすることが必要で、私たちは革新的な技術によって実現しようとしています。

「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」における田中さんの役割を教えてください。

田中氏 私は「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」のプロジェクトマネージャーを担当しています。
プロジェクトには3つの研究テーマがあり、それぞれ核融合や宇宙発電などの「次世代エネルギー技術」、エネルギーを効率よく流通させる「エネルギーネットワーク技術」、空気中や水中のCO2を削減する「サステナブルシステム技術」の研究を進めています。

今回は、私がグループリーダーを兼務しているエネルギーネットワーク技術グループについてお話したいと思います。

エネルギーネットワーク技術グループは、どのようなアプローチで「環境負荷ゼロ」を実現するのでしょうか?

田中氏 今後、再生可能エネルギーが大量導入されていくことに伴って、エネルギーの流通の観点から、環境負荷ゼロに貢献していきます。

これを実現する技術として、再生可能エネルギーの大量導入が可能になる技術「仮想エネルギー需給制御技術」と、直流給電システムによって災害時に停電しない技術「次世代エネルギー供給技術」の社会実装を進めています。

2. 再生可能エネルギーの課題を克服する仮想エネルギー需給制御技術

なぜ、既存システムでは再生可能エネルギー導入が困難なのでしょうか?

田中氏 火力発電や原子力発電などに比べると、再生可能エネルギーは発電量を意図的にコントロールすることができない発電装置だからです。

電力供給では、供給側の発電所が「発電した電力」と、家庭などの需要家側の「消費する電力」が一致していなければなりません。

みなさんの家庭で常に安定して電気が使えているのは、供給側の事業者が需要者側の消費電力を気象条件や社会活動などの情報を元に事前に予測し、商用電力の火力発電で発電出力を調整したり、揚水発電で電力を蓄えたりすることで過不足を吸収し、適切に「需給バランス」を保っているからです。

一方、需給バランスが崩れると、電圧や周波数が変化してしまい、安定した電力供給ができなくなり、その変化が大きくなると停電に至ります。

再生可能エネルギーに話を戻しましょう。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは、天候によって発電量が大きく変動します。変動が大きいということは、発電と消費を一致させることが難しくなるということです。

さらに、再生可能エネルギーの導入量が多くなるほどこの変動量は大きくなり、発電と消費のバランスを取ることがより難しくなります。

たとえば、太陽光発電の場合、晴れの日と雨の日では1日の出力で約6倍から7倍もの差が生まれることがあります。すると、発電量の少ない雨の日に需要家側で消費量が増えた場合、供給不足となり停電に至ることがあります。

(画像出典:経済産業省「エネルギー白書2020」(図【第213-2-12】)をもとに作成)
(画像出典:経済産業省「エネルギー白書2020」(図【第213-2-12】)をもとに作成

一方、休日の晴れた日には、消費量が少なくなりますが、発電量は多いため供給過剰となります。そうなると発電量を抑制しなければならない(出力制御)ため、せっかく発電した再生可能エネルギーを捨てなければならないのです。

再生可能エネルギー増加はよい影響だけをもたらすものと思っていましたが、電力供給の視点から見ると、ただ増えるだけでは意味がないのですね。

田中氏 そうなのです。そこで重要になるのが、私たちが研究を進めている仮想エネルギー需給制御技術です。先ほどから再生可能エネルギーは変動が大きく、扱いにくいという話をしてきましたが、この変動に合わせて需要側の消費を変化させれば需給バランスを保つことができます。

そこで私たちは、NTTの通信ビルの情報処理に使われている電力によって、再生可能エネルギーの変動を吸収しようと考えました。

情報処理というとコンピューター上の計算を思い浮かべますが、それがどのように再生エネルギーの変動と結びつくのでしょうか。

田中氏 たとえば、私たちは雨雲を移動させて好天にすることはできませんが、通信ビルの情報処理は、通信ネットワークを介して自由に移動させることができるものもあります。NTTグループ全体では国内消費電力量の約1%を消費しており、全国に通信ビルが点在していることから、情報処理を自由に移動させることで大きな消費電力の変化を生み出し、再生可能エネルギーの変動を吸収するのです。

具体的には、降雨によって太陽光発電の発電量が低下し、電力が不足しそうな地域にある通信ビルから、晴天で電力が余剰となりそうな地域の通信ビルへ情報処理を移行させます。そうすることで、降雨の地域では消費電力を下げて、需給逼迫を回避します。その一方、晴天の地域では消費電力を上げることで、太陽光発電による再生可能エネルギーを余すことなく使い切ることができるのです。

このような情報処理の地域間の移行を実現するために、私たちは、再生可能エネルギーの発電量に応じて、各地域の需給状況に応じて情報処理の移行する量とタイミングと移行先を最適化する技術、情報処理量と通信装置の消費電力量の追従性を高める技術、サービスの品質や設備の安定性に悪影響をおよぼさないよう制御する技術の開発を進めています。

(画像出典:NTT宇宙環境エネルギー研究所)
(画像出典:NTT宇宙環境エネルギー研究所)

日頃のスマートフォンの利用などで行われている情報処理が、再生可能エネルギーの活用に一役買うのですね。

田中氏 はい。ほかにも、蓄電池を変動吸収のために活用する研究も進めています。

日本各地にある通信ビルには大量の蓄電池が、緊急時に通信サービスを保持するためのバックアップ電源として設置されています。この電池に加えて電気自動車(以下、EV)の蓄電池も活用し、運行情報と連携してダイナミックに運用することで、より大きく充放電が可能となり、変動吸収に役立てられます。

3. 次世代エネルギー供給技術で大規模停電などの脅威から社会を守る

エネルギーネットワーク技術グループのもうひとつの柱である「次世代エネルギー供給技術」について教えてください。

田中氏 「次世代エネルギー供給技術」とは、直流システムをベースとした、次世代の安心な社会を実現するエネルギー供給システムです。
たとえば、現代社会において深刻な脅威のひとつに、停電があります。私たちの社会は電気で動くものが多く、電気の供給が断たれると、社会システムの大部分が維持できなくなります。

これまで極端気象や地震などによって停電のリスクはありましたが、たとえば電磁パルス(EMP)を用いた攻撃や、太陽フレアによって放出される宇宙線などのリスクへの対処も考えていく必要があります。

強力な電磁波や宇宙線は、電気・電子機器に内蔵されている半導体デバイスを故障や誤動作させる可能性があり、その影響範囲も広範囲であることから、電力供給をはじめとした社会インフラに壊滅的な被害をもたらす恐れがあります。

現実にそんなことが起こり得るのでしょうか?

田中氏 稀な事象だとはいわれていますが、起き得ることに事前に備えてこそ、安心な社会を実現できます。その対策となる次世代エネルギー供給技術として私たちが着目しているのが、直流システムによる給電です。

たしか中学校の理科などでは、家庭用の電源は交流だと習いました。

田中氏 そうです。現在の電力系統における主たる電源は交流です。発電所は遠隔地にあり、需要家に電力を供給するには、送る電圧を高くすれば電流が小さくなり送電線を細くすることができます。

一方、需要家は低い電圧を使うので、高い電圧から低い電圧に変換する必要があります。この変換器がかつて交流の方が安く簡単に作れることから交流が普及しています。

では、さまざまな電化製品は最終的には直流と交流のどちらで動いていると思いますか?

実は、パソコンやテレビなどの電子部品が搭載されているものは内部では直流で動作しています。最近ではLEDも普及してきていますが、これも直流で動作しています。
ただし、家庭の電源は交流なので、このような製品は一度交流で受けて、装置の内部で直流に変換して供給しています。

NTTのような通信事業者が扱う情報処理装置は、装置の入力から直流で受けています。これまで、NTTの通信ビルでは直流の-48Vを採用していましたが、最近では情報通信装置の消費電力増加に伴い、電圧を直流380Vに上げた高電圧直流(HVDC)給電システムを導入しはじめています。

このHVDC給電システムは、直流で動作する情報通信装置に直接直流の電力を供給しており、また、バックアップ用としての蓄電池も直結していることから極めて高信頼なシステムです。

このシステムを活用して、通信ビルと周辺地域の需要家を直流380Vでネットワーク化する直流グリッドを構築することで、効率のよい電力融通と停電しない供給システムの実現が期待できます。

(画像出典:NTT宇宙環境エネルギー研究所)
(画像出典:NTT宇宙環境エネルギー研究所)

具体的には、通常時、周辺地域で発電された再生可能エネルギーが余剰となった場合、通信ビルのバックアップ用蓄電池に効率よく再生可能エネルギーを貯め、必要に応じて給電します。

また、災害時などに電力会社からの電力供給が途絶えた場合も、蓄電池やEVの蓄電池と再生可能エネルギーとを組み合わせることで、電力を融通することもできます。

この直流グリッドは複数の発電装置と複数の需要家を結ぶ構成となり、一度短絡・地絡や落雷などの事象が発生すると、影響範囲が大きくなる可能性があるため、素早い遮断や過電圧を抑制する対策技術を開発しています。

次世代エネルギー供給技術は、高信頼な直流システムを活用し、災害時にも電力供給が途絶えない自立分散型のシステムを確立していきます。

4. 人々の電気への意識を変える

研究内容が社会に与えるインパクトがとても大きいと感じます。

田中氏 そうですね。研究開発を通して人々の電気への意識にも影響を与えていきたいです。これからは、再生可能エネルギーを社会で広く活用していくことになります。それに伴って、これまでの電気に対する意識を変えていく必要があると思っています。

現在電気は、「まるで空気のようなもの」「あって当たり前のもの」などと思われています。電気が意識されるのは、それこそ停電が起きたときなどでしょう。平常時と非常時の意識に大きな落差があるのです。

そこで、これまでのエネルギーに対する意識を変えたいと思っています。
たとえば通常時、天気が良いときには太陽光発電の電気を比較的多く使うことができ、雨の日の発電量が少ないときには電気の使用を抑制しながら活動することで、再生可能エネルギーを意識しながら使っていきます。

一方、災害時こそ最低限の電気は安心して使うことができる、というような使い方の意識です。自然環境の状況に合わせた新たな晴耕雨読型の社会といった感じでしょうか。これには人の行動意識をも変革していく必要があるので、さらにチャレンジングな取組みになると思っています。

研究者になった経緯をお聞かせください。

田中氏 大学の頃からエネルギー問題を解決することを通して社会に貢献したいと思っていて、大学時代は核融合の研究をしていました。いわば人工太陽の研究で、燃料は海水から取れるので無尽蔵です。私は具体的には、融合炉を覆う容器の材料研究を進めていました。

その頃、太陽光発電や燃料電池等分散電源が出はじめてきたことから、全国に点在している通信ビルを起点としてこの分散電源と組み合わせることで、エネルギー問題を解決できるのではと思い、NTTに就職しました。

今、エネルギーネットワーク技術でこの研究を進めるとともに、「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」の研究テーマである「次世代エネルギー技術」では、核融合分野に関連した研究を進めています。「国際熱核融合実験炉《ITER(イーター)》」という巨大プロジェクトにおいて、プラズマの安定化に資するオペレーションの最適化を進めており、取組みの範囲が広がっています。

プロジェクトマネージャーの魅力ややりがいとは何でしょうか?

田中氏 プロジェクトを達成することや、チーム内の研究者の成長を感じられることが、プロジェクトマネージャーの魅力であり、やりがいです。

若い頃は、スキルが上がり自分が成長できていることに喜びを感じていました。その後、経験を積んでいくと、相手から「お前しかいない」と必要とされることによりモチベーションを感じるようになり、今のやりがいに至っています。

逆に、困難なことは何ですか?

田中氏 決断することです。私の仕事は研究の方向性を示すことにはじまり、日々さまざまなことを決めていかなければなりません。どっちの道を選ぶのか、これをやるのかやらないのか、単純に選択できないことが多々あり、また、決めたことがある意味間違っていることもあります。しかし、一番やってはいけないことは、「決めないこと」だと思っています。

周囲の意見も聞くべきことは聞いていきますが、最終的には自分で決めなくてはならないので、孤独でもあります。とはいえ、自分で決めたことだからその結果も受け入れることができ、だからこそ、それが次につながっていくのだと思います。

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

田中氏 わからないことがわかるように、できないことができるようになるということが研究の魅力で、もともと人に備わっている純粋な喜びなのだと思います。

そういった喜びを原動力にしながら新しい環境社会を創出していきたい、という想いを実現できる場所が当研究所にはあります。

仲間や周りのステークホルダーとともに取組むことで、さらに大きなことを成し遂げることができ、達成したときの喜びを共有できることも組織の醍醐味です。
これからも新しいテーマにどんどんチャレンジし、地球環境と未来革新に貢献していきたいと考えているので、当研究所の成長にぜひ期待してください。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

    Share

このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。
宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

NTT宇宙環境エネルギー研究所採用情報へ

NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究内容を見る