更新日:2021/10/01
最先端のテクノロジーから私たちの身近にあるIT機器のシステムまで、ビジネスやライフスタイルを支える技術の多くはNTTの研究開発によって生み出されてきました。多岐にわたる研究成果を生み出すNTTの研究所群の中で、この度、新しく地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現を目的とした、NTT宇宙環境エネルギー研究所が発足。こちらの研究所誕生の背景と研究の内容、抱負について前田裕二所長に聞きました。
6年前まで環境エネルギー研究所という研究所がありまして、そこでは低炭素でサステナブルな環境型社会の実現をめざし、NTTの通信ビルの省電力化、通信設備の長寿命化・省資源化、社会全体の環境負荷低減等に関する研究開発を行っていました。そんな折、NTTグループのエネルギー事業戦略と一体となったR&D強化に向けて、エネルギー系のR&DをNTTファシリティーズへ一元化することに伴い環境エネルギー研究所は2015年4月に廃止となりました。実は私もこの研究所の出身でして、入社した当時は電磁ノイズの研究などを行っていました。
廃止から6年を迎える中、新中期経営戦略に基づき、新たにスマートエネルギー事業の取り組みが始まるとともに、SDGsやESG経営への対応が企業の持続的成長に大きく影響するようになってきました。一方、技術面においては、核融合など次世代エネルギー実現の可能性が現実味を帯びてきたことに加え、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想に代表される既存技術の限界を打破し地球環境の再生に貢献できる新技術の可能性も出てきたわけです。私もずっと研究畑で環境エネルギー、医療・ヘルスケア、防災や危機管理の研究など様々な分野の研究に携わってきたものですから、これまでの経験を糧に大きなチャレンジに取り組もうということで、次世代エネルギーを含めたスマートエネルギー分野に革新をもたらす技術の創出と、地球環境の未来を革新させる技術の創出を目的として、新研究所が誕生したというのが経緯です。
環境エネルギー問題というと、どうしても足元を見てしまいます。弊社グループの中とか。それでは地球の中のNTTという会社のごく一部、ミクロ的なことしか見ていない。しかし、我々は太陽を含めた宇宙空間からものすごく影響を受けています。このため、宇宙という視点から、もっと広い視野、高い視点から自分たちのことをちゃんと見つめ直して、それを分析して未来予測や未来変革を起こす必要がある。そういった視点を持とうということで、「宇宙」という名前を付けました。
大きく言うと二つの方向があります。一つは「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」、もう一つは「レジリエント環境適応研究プロジェクト」です。
「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」は次の3つの研究に分かれています。
まず次世代エネルギー技術について。ITER機構(国際核融合研究機構、以下「ITER」)と包括連携を結び、ITERの核融合炉の成功をIOWNでサポートできないかと考えています。ITERのトカマク型の核融合炉は2025年にファーストプラズマ、2035年に完成する予定です。プラズマの温度は1億5000万度と計画されており、いわばミニ太陽を生み出そうとしているのです。この実験炉から出てくるセンサーデータは最大毎秒50ギガバイト。とんでもない量ですよね。我々はこの大量のセンサーデータをIOWNの超低遅延な高速大容量ネットワークで伝送し、それをデジタルツインコンピューティングでシミュレーションを行い、オペレーションを最適化することに貢献できないかと考えています。
また、3万6000キロの静止軌道衛星上で太陽光発電をして、そのエネルギーを地上に無線で送るという宇宙太陽光発電にも取り組みます。我々は特にレーザー光で無線給電する仕組みを作りたいと考えています。これまでの研究で、通信分野での光通信技術や光電変換技術を培ってきていますので、さらに研究を重ねて光無線通信技術や光電変換の高電圧化などにチャレンジしたいと思っています。
2つ目のエネルギーネットワーク技術については、NTTアノードエナジー株式会社と連携しながら進めています。直流と交流の電力を上手く連携させるとともに、再生エネルギーを上手く使いながら地産地消で、ある地域で発電した電気は地域の中で使い切るようなスタイルにできればと。需要と供給をコントロールして、需給バランスを最適化することで、その無駄をなくしていこうという研究を進めています。電気の無駄をなくして必要なところに必要な分を割り当てられるということは、ユーザーが意識することなくICTリソースを最適活用して最適な通信環境を提供する仕組みに繋がります。これがCF(コグニティブ・ファウンデーション)の考え方で、CFをエネルギーネットワークで実現するイメージです。
3つ目のサステナブルシステムでは、CO2変換技術に取り組みます。CO2をマイナスにする技術で、ネガティブエミッション技術とも呼ばれています。具体的には、人工光合成の効率化を推進したり、ゲノム編集を使って植物の光合成の効率を上げたり寿命を延ばしたりするなど、様々な角度からCO2を変換する技術に取り組んでいきます。また、例えば循環型材料に関しては、生分解性プラスチックというものはもう生まれていますが、ちょっと柔らかかったり使いづらかったりするところがあるので、分子レベルでタイマースイッチが入るような物を作りたいと思っています。通常はしっかりした素材に見えるけれども、例えば強い紫外線を当てると急に分解を始めるとか、そういった仕組みはもうできそうな段階にきています。普段当たり前のように使っているプラスチックが、タイマー付きの循環型素材にとって代わられると、サステナブルなライフスタイルに大きく貢献できます。こういった研究は精力的に進めていきたいと考えています。
「レジリエント環境適応研究プロジェクト」は、リスクマネジメントの分野で、次の3つの研究に分かれています。
ESG経営というのは、昨今、投資判断基準として重要視されるようになったこともあり、どの企業も取り組んでいます。ただ、多くの企業では、E(=Environment)とS(=Social)とG(=Governance)をバラバラにやっているというのが実情です。そこで我々は未来予測・未来変革をキーワードにESG経営のリスクマネジメント技術に取り組むことにしました。サイバー空間上でEとSとGをミックスさせて未来予測をどんどんやりつつ、風が吹けば桶屋がもうかるじゃないですけれども、こういった状況下で今これをすると来月株価が上がります、などのような予測をして、経営に資することができないかと考えています。新たな学術領域として「ESG経営科学」と名付けており、Eという物理の世界と、SとGという人間活動、経済社会をサイバー空間上でミックスするという難題にチャレンジしていきます。
2つ目の地球環境未来予測技術は、地球環境のモデルを作成するとともに、前出のESG経営科学で作成した人間・社会活動のモデルと連成し、未来を予測する地球環境未来予測シミュレータの実現をめざします。そのためには、気象や気候予測の高度化がキーになります。現在、気象庁を含め様々な機関で気象予測が行われていますが、線状降水帯などの極端気象については、まだまだ正確な予測ができていません。これは、洋上の水蒸気などレーダーの届かない位置での詳細な観測ができていないことが要因の一つと考えられています。我々はこれをもっともっと高度化したいと思っています。どうやって高度化するかというと、人工衛星を使った新たな技術を利用します。2020年5月29日に報道発表*していますが、低軌道衛星による超広域IoTセンサプラットフォームを活用します。これはJAXAの革新的衛星技術実証3号機のテーマに採択され、2022年に小型実証衛星が打上げられ、2023年度にかけての技術実証実験が行われます。人工衛星と通信技術は他の研究所で研究していますが、我々は超広域IoTセンサプラットフォームをどう活用するかを検討します。人工衛星は約500キロ上空をぐるぐる回りますが、市販の安価なIoTセンサを洋上に大量に配置し、データをこの人工衛星で一気に集めて地上に落として分析します。この技術を使って、超広域なIoTセンサネットワーク網を構築し、今まで以上に高精度な気象、気候予測を実現します。
3つ目のプロアクティブ環境適応技術は、地球環境未来予測技術で予測したデータを元に、極端化する気象や環境に対し実際に積極的に適応する技術の確立をめざすものです。将来的には極端気象制御やESG戦略に適応したいと考えていますが、現在取り組んでいるのは雷制御・充電技術と宇宙線バリア技術です。雷制御・充電は、まずはドローンを使って雷を制御したいと考えています。荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、これは決して夢物語じゃない。落ちちゃいけない所に雷が落ちると被害が出ますので、ドローンを使って落ちていい所だけに落とそうと。さらに雷のエネルギーを溜めてしまうことも実は考えています。雷充電と呼んでいますが、これにも今、真剣に取り組んでいます。宇宙線バリアに関しては、宇宙線によって半導体が誤動作するソフトエラーの評価・対策技術を発展させ、強力な電磁バリアで宇宙線を弾いてしまうような技術の実現もめざしています。
また、環境適応という意味では、被災して停電となった場合でも、先程説明した宇宙太陽光発電を地上で応用して、例えばNTTのビルから孤立した避難所や離島へレーザー光で無線給電するとか、光ファイバで電力を送って通信機器に給電するという光ファイバ給電技術も検討しています。
すぐに結果を求めることは考えていません。特に基礎研究の分野に関しては、10年くらいは成果が出ないテーマが結構あったりしますので。また、現在の会社の方針として、R&Dのリサーチ(R)のほうに重きを置いています。費用対効果としては確かに見えづらいですが、インパクファクターの高い論文をたくさん出すことなどを通して、とにかく地球のためになることしっかりやりたい。その結果が必ず事業貢献につながると考えています。
約40名でスタートし、1年経って約60名まで増やしました。しかし、まだまだ人員不足でして100名まで増やしたいです。中途採用の方とか新卒の方含めて、外部からスカウトしたり募集したり、公募をかけたりしたいと考えています。また、社内の研究所の中からも、もう少し人数を集められればと思っています。それから大学や他の研究機関との連携というのも、もちろん力を入れて進めていきます。
一番多いのは、元環境エネルギー研究所のメンバーですね。特にエネルギー、環境経営、そして通信EMCという電磁環境両立性の研究をやっていた人たちです。他の研究所から防災の研究をやっていた人たちやサステナブル技術をやっている人たちにも来ていただきましたし、NTTファシリティーズからも何名か来ていただいています。
多様な分野から募集したいと思っています。特に核融合に関しては、核融合シミュレーションの中身を分かっている人に是非来てほしいと思っています。シミュレーション自体は我々でなくてITER機構側が行うわけですけど、そういったスキルがある方がいないと測定データをどう扱ってよいのか勘所がわからないので。また、人工衛星とか宇宙通信とか、通信や宇宙に詳しい方にも来てほしいですね。それから、エネルギーマネジメントに関しても、ネットワークの知識が重要になってきますので、ネットワークスキルがある方にも来てほしいなと思っています。あとはそうですね、ゲノムの話が出ましたが、ゲノムのスキルがある方がいらっしゃれば歓迎したいです。
それから、人文系、社会科学系の人にもぜひ来ていただきたいです。事業会社にいらっしゃる方でも外部の方でも、たとえば経済学の出身の方、もし興味あれば来てほしいなと思っています。
そうなんですよ。確かに以前は人文系の方に来ていただいてもその方の将来のキャリアプランが描きにくかったのですが、今は時代が変わりましたよね。いろんな分野がミックスになっているのが普通ですし、むしろそうでないと新しい発想が産まれない。今やっている研究に社会人文系に詳しい方がいたら心強いと思う部分もあります。そういう方が活躍できる場もこの研究所にはあります。ですから、ご興味ある方にはまず来ていただけたらと思いますね。
今までのNTTらしからぬ、かなり先の話を含めた、とんでもないテーマをいろいろ考えていますので。もしご興味あれば是非、コンタクトをお願いします。これまでのNTTの研究所からすると、あまり考えてこなかったようなテーマがほとんどだと思います。新しい分野をこれからNTTが自らチャレンジしていくということで、スキルがないところが多々ありますので、ご一緒できるところがあれば是非お願いしたいと思っています。
今回ご紹介したテーマに限らず、やる気のある人で面白いテーマを挙げていただければ、いくらでも研究するチャンスは提供しますので、やる気のある人、パッションのある人にたくさん来てほしいと思っています。当研究所は、これまでどこにもなかったテーマや分野にも積極的に取り組んでいきます。一人ひとりのキャリアプランについてもきちんと対応します。研究所で長期間研究に没頭していると出世の機会を逃すのではと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そのような心配は無用です。現に私のように研究一筋でも所長になることも可能なのです。目の前の研究に集中できる喜びと楽しさをぜひ多くの皆さんに味わっていただきたいと願っています。
NTT宇宙環境エネルギー研究所
https://www.rd.ntt/se/
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け、エネルギー、環境分野をはじめとして、情報科学、人文系、社会科学系を含め多様な人材を募集しています。