更新日:2020/06/25

    物理世界の限界を突破し、多様性を価値として提供するデジタルツインコンピューティングの世界。NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ

    デジタルトランスフォーメーションによるスマートな社会の実現を目指し、あらゆる情報処理基盤に光の革新的な技術を取り込み、新しい情報通信基盤の実現を目指すIOWN構想。これを叶えるための三要素がオールフォトニクス・ネットワーク、コグニティブ・ファウンデーション、デジタルツインコンピューティングです。
    その中の一つ、デジタルツインコンピューティング(Digital Twin Computing、以下DTC)は、まずその構想の概要を伝えるため、2019年にコンセプトや特長、想定されるユースケースなどを記した「ホワイトペーパー」が公開され(現在は2.0版として更新)、わかりやすく解説されています。その後、2020年3月にはデジタルツインコンピューティング研究センタが立ち上がり、現在は専門分野のパートナーなども加え、具体的な議論を行う段階に入っています。今回はデジタルツインコンピューティング研究センタの戸嶋巌樹氏に、DTC構想の概要を改めて説明していただくとともに、それによって実現する未来の世界、また研究者として抱くDTC構想実現に向けた思いも語っていただきました。

    話し手

    戸嶋 巌樹 氏
    戸嶋 巌樹 氏としま いわき
    NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ
    第一ユニット
    主任研究員

    実世界のすべてをサイバー空間上に複製し、相互作用させる世界へ。

    デジタルツインを大きく発展させ、デジタルツインコンピューティングという新しい段階へ。

    DTC構想は具体的な技術として提示するものではなく、新たなデジタル社会の実現に向けた構想です。技術を積み上げていく従来の手法とはそこが大きく異なるところです。

    IoTの発達とともに広がってきた従来のデジタルツインは、設計や製造、自動運転などの分野で活用されています。仮想空間にモノの形状や状態、機能などをそっくり写像してデジタルの双子(デジタルツイン)として再現し、シミュレーションや分析に使われていますが、例を挙げれば複雑な飛行機のエンジン設計や、製造現場におけるロボットの制御、近年では自動運転のアルゴリズム制御にもデジタルツインが役立っています。広くいえば、医療の世界で病変を見つけるため、デジタル情報で自分の複製を作るCTスキャンも一種のデジタルツインといえます。ただ、現在のデジタルツインは目的に応じて対象となるデジタル情報と、その精度が決まります。CTスキャンの例なら病変部分のみで目的達成には十分であり、目的に応じて必要な部分が再現できていれば、それ以外は精密でなくても良いという状態です。このようにして作られたデジタルツインは個別の利用にとどまるため、デジタルツイン同士で相互作用(インタラクション)させることができるとは限りません。

    一方で、この先の社会はデジタルツインがもっと世の中に溢れ出す世界になっていくと考えられています。従来のデジタルツインを超え、NTTが実現しようとしている新しいデジタルの世界、それがDTC構想であり、モノだけではなく、社会やヒトまですべてがサイバー空間に複製され、交換・融合・複製等の演算(デジタルツイン演算)によって、さまざまなデジタルツインをインタラクションさせる、新しい計算パラダイムです。これまでの目的に応じて特化したデジタルツインでは、主に物理的なモノの制御やシミュレーションに使用がとどまっていました。しかし、DTC構想では社会やヒトそのものまでデジタルツイン化することで社会システムをより充実させ、創造的かつ新しい世代のデジタル社会の構築を目指しています。

    デジタルツインコンピューティング

    DTCにおける4つの特徴。

    これまでの再現に加え、試行・制御・創造がDTCで可能になる。

    DTCではこれまでのデジタルツインで可能だった「再現」に加え、「試行」「制御」「創造」が可能になります。「試行」は、これまで個々のデジタルツインだったものを統合し、デジタルツイン同士のインタラクションにより、複雑な事象においてもシミュレーションが可能になり、研究や開発で逃してきたチャンスを提供できる可能性が広がります。「制御」は、内面まで含む高度なインタラクションで自動的な合意を可能にし、例えば最適化の際に切り捨てられる意見も拾い上げた上での計算もできるようになります。また、さまざまな脅威に対する予測を行い、対応するといったこともこの範疇に入ります。そして「創造」は意思や感情を持ったヒトのデジタルツイン同士のインタラクションにより、意思決定やヒトの新たな能力を拡張するものです。

    この構想が実現した世界では、何十万人という大勢の人々の中の少数意見も拾い上げた画期的意思決定や、ヒトのデジタルツイン同士で皆が納得するまでの合議も可能になります。また、デジタルツインに仕事を任せて本人は趣味や別の用事に従事するといったこともできます。しかも、それらが現実世界では複雑な作業であっても、物理的制約から外れたサイバー空間では一瞬で終わってしまうかもしれません。DTCによる大規模で高精度な未来の予測や試行によって人知の可能性が広がり、豊かな感情表現や高度な合意形成、意思決定といったことに大きな価値を加えることができる、新しいデジタル社会が到来します。現在のインターネットの世界は、何でも簡単に検索でき、誰でも容易に情報発信ができることで最適化がはかられる一方、多くの人が同一の情報を信じることで多様性がむしろ低下しているようにも受け止められます。しかしデジタルツイン同士が合議し、新しい結論を導き出すようなことができれば創造性に貢献していると言えますし、シュリンクされつつあるデジタル社会での多様性を広げることにもなると考えます。

    Digital Twin Computingの特徴

    DTCを用いた実現例ではデジタルツインの規模を軸に、「創造」「制御」「試行」についてもう少しわかりやすい具体例を挙げます。ここでも特徴的なのは多様性です。都市の課題発見や解決には小さな声を拾い上げることができますし、地球や宇宙規模のシミュレーション等でも、ヒトを一つの点としてモデル化するのではなく、一人一人の個性を複製した上でのシミュレーション等が可能になっていきます。

    DTCを用いた実現例

    ヒトのチームでは、ヒトのデジタルツインのモデル化に着手。

    現段階はヒト・モノ・都市の3チームがそれぞれの議論を進めているフェーズ。

    2020年3月に立ち上がったDTC研究センタは50名以上の研究員がおり、ヒト、都市、モノの3つのチームに分かれています。都市やモノに関連するものは、詳細で大規模なシミュレーションが必要なので、IOWNの他の技術も使用して実現していくことになるでしょう。私はヒトのチームに所属していますが、ここは他とは少し質が異なります。我々の命題はヒトのデジタルツインをどう実現するかということです。さまざまな議論を重ねていますが、まずは技術的にどうするかということの前に、ヒトの内面や個性をどう定義し、どんな個性をどうモデル化していくかについて、あらゆる角度から検討するところからスタートしています。

    ヒトには一人一人その人を定義する個性があります。それは性格や価値観、判断基準や意思決定の癖、さらには見た目や声色などもそうでしょう。AIと比べられることも多いですが、AIは過去のデータに基づいて学習しますので、当時は正しかったとしても現在の価値観では誤りとするべきものについてもすべてを是とします。価値観の変容を受け入れ進歩するという側面では、人の複製とはいえません。ヒトのデジタルツインは個々の内面や社会的価値観まで再現し、それを常に更新していけるものでなければならないと思います。その他にもヒトのデジタルツインの実現には、想定されるだけでも多くのハードルがあります。プライバシーはもちろん、デジタルツインが仮想空間で犯罪を犯すなどトラブルがあったときはどう扱い、現実の人である本人がどうなるのか、倫理的なことも想定してモデル化しなければなりません。倫理の、特に現実の運用・使われ方も加味して、モデル化するということは、現実社会においても大変困難なことです。そのためにはNTTだけでは足りず、社会科学、人文科学、自然科学や応用化学をはじめ、行動科学や認知科学、コミュニケーション科学など、幅広く学際領域まで含めた専門家をパートナーにした議論を必要としており、より広く、多くのパートナーとの出会いを求め続けています。

    このDTC構想はホワイトペーパーにて概要が発表され、その後DTC研究センタが設置されました。IOWN構想が実現を目指すのは2030年としていますが、現在は「こういうことができればいいな」と、センタ内のチームや、それ以外の部署などともさまざまな議論を行っている段階です。DTC構想はIOWN構想の一部ですが、個人的な感触としては、オールフォトニクス・ネットワークやコグニティブ・ファウンデーションと比べてもはっきりした数値や目標を立てにくい分野ではないかと感じています。通常、研究といえば確かな技術が確立され、それを元にしたコンセプトが出てくることが大多数です。しかしDTC構想はまずコンセプトありきでスタートしました。そして実現のためには技術はこう進んで行かなければならない、そのために一緒に議論をしませんか、と協力を求めるというスタイルです。まだぼんやりとしたところがあるのも確かで、技術を積み上げる工学の世界から見れば地に足がついていないと思う人もいるでしょう。しかし正攻法だけでは新しいものは生まれません。これまでのNTTにはないやり方で、世界を切り開いていく一例となればと思っています。

    ホワイトペーパー
    ホワイトペーパー
    PDF(全24ページ/4,461KB)

    DTCによる多様性の提供が、新しい価値の創造へとつながる。

    構想実現のためにもパートナーと協力しながら、議論を重ねていく。

    GAFAなど世界をリードするIT企業がその技術を通じて実現しているのは、効率を重視した最大化・最適化であり、多様性をシュリンクさせていることは否めません。DTC構想が目指すのは、まさにその逆の世界です。仮想世界に多様な世界を作ることで社会全体を強くし、新しい価値を提供することに意味があります。効率化によって富を生み出すのではなく、多様性に付加価値をつけ、いろいろな人が生きやすい社会づくりに貢献するのが、DTC構想の本質ともいえると私自身は感じています。これは世界に向けてNTTの覚悟が表れている取り組みだと思いますし、この挑戦を成功させ、新しい価値の提供によって次の時代を切り開き、内外に存在感を示していきたいと考えています。

    取り組みは始まったばかりで、構想実現のためにあらゆる分野のパートナーを必要としています。これを共同で進めるためのコラボレーションフレームワークも用意しているので、このコンセプトに賛同し、関心を持っていただける方や企業、団体にはぜひご連絡をいただければと思います!

    編集後記

    サイバー空間にモノだけではなく社会やヒトまでもが拡張される、DTCの世界。特にデジタルで自分が複製され、自動的に意思決定や合議をしてくれると聞くとSFのようにも感じられますが、そうした世界の実現が夢ではなくなってきたことにはワクワクします。また、現在のデジタル社会で失われる傾向にあるという多様性が活かせるようになれば、世界は今とはまったく違った姿になっていることも想像できます。その世界がどんな風に実現されるのか、今後の興味が尽きません。
    戸嶋氏が個人的に挑んでみたいとするのは、現在代替できないといわれている分野の職業をデジタルツインにすることだそうです。現状でも既にロボットやAIに置き換わった業務はいくつもあります。しかし医者や美容師、弁護士など、その人だからこそ任せたい、という信用やセンスを元にした仕事はなかなか代えがきかないとされ、相談した法曹の専門家からもそう簡単ではないと言われたそうです。しかしそうした職業でもデジタルツインによってどこまで置き換えられるかが、挑戦のしどころ。もしその分野で結果が出せれば「世界が一歩進む」と、最後に力強い言葉をいただきました。

    2020年5月11日取材
    魁生 佳余子

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