更新日:2020/06/11
私たちの生活を支える無線通信。その需要は今後も爆発的に増えていきます。現在の無線通信需要に応えるべく、無線通信市場では5Gの実用化が本格化しつつあります。一方で、無線需要の増加率が継続し、年に1.5倍というスピードで無線通信の需要が増大していった場合、10年後には約60倍になるため、次世代の無線通信システムにおいてはさらなる大容量化が欠かせません。将来の無線通信需要に備えて、NTTは「テラビット級無線伝送の実現」を目標に研究開発に取り組んでいます。その取り組みのひとつとして、今回取り上げるのはNTT未来ねっと研究所の「OAM多重伝送」という技術です。OAM多重伝送技術の研究チームの皆さんは、「毎秒100ギガビットの無線伝送」を世界で初めて成功させました。無線通信の分野で、「センター・オブ・エクセレンス(世界的にその分野における研究、産業創出、育成の中核となる研究拠点)」を目指しているという笹木氏、八木氏、李氏の3名に、研究開発の経緯や今後の展望について伺いました。
増大し続ける将来の無線通信需要に備えて、私たちはテラビット級無線伝送の実現を目標に研究開発に取り組んできました。無線通信の容量を増大するには、①空間多重数の増加、②伝送帯域幅の拡大、そして③変調多値数の増加の3つの方向性があります。図1をご覧いただくと分かりやすいのですが、①から③の3軸を広げて、図1の三角形を大きくすればするほど無線通信の容量は大きくなります。「OAM多重伝送技術」の研究では、①空間多重数を増加させ、②伝送帯域幅を拡大させるというアプローチを追求しています。
なお、「OAM多重伝送技術」は、NTTグループが2019年に発表した「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想*1」の中の「伝送容量の大容量化」に貢献しようとしています。
OAM(軌道角運動量)は、電磁気学および量子力学において電波の性質を表す物理量の一つです。電波の進行方向に対して垂直な平面上で位相が回転するように表される電波の性質で、この位相の回転数をOAMモードと呼びます。異なるOAMを持つ電波は重ね合わせても分離することができる特徴があり、この特徴を利用した無線伝送技術がOAM多重伝送技術です。図2はOAM多重伝送技術の原理を図で表したものです。電波は本来、平面で飛んでいくもの(平面波)ですが、図2のモード1、モード2、モード3のようにねじれた電波を生成することができます。モード1から3のように異なるOAMモードの電波にそれぞれ異なる信号を乗せて重ねて送信しても、受信側でそれらの信号を分離できるのです。
OAM多重伝送技術自体は以前からありましたが、私たちは2つの点において従来研究よりも優位であるといえます。1つめの優位点は、デジタル処理だけではなくアナログ回路でモードを生成・分離したことです。デジタル処理だけでは信号を多重伝送するための処理量が爆発してしまい、伝送速度に対して信号処理が間に合わない恐れがあります。アナログ回路を用いることで、ギガ単位の多重伝送を成功させることができました。
2つめの優位点は、OAM技術とMIMO技術*2とを統合し、多重数を飛躍的に増加させたことです。先ほど異なるOAMモードの電波にそれぞれ異なる信号を乗せて重ねて送信すると、受信側でそれらの信号を分離できるとお話しましたが、私たちはこのOAM多重伝送に、現在広く利用されているMIMO技術を統合した「OAM-MIMO多重伝送技術」を考案しました。MIMO技術を巧みに統合することによって、異なるOAMモード間で互いに干渉しない性質を維持しつつ、複数セットのOAM多重伝送を同時に行うことが可能となり、従来を凌駕する多重伝送が実現できます。この技術を用いた無線伝送を行える28GHz帯で動作する送受信装置を試作し、実験室において10mの距離で伝送実験を実施しました。OAM多重される複数の電波にデータ信号を乗せ、原理通り無線伝送が可能であることを確認しました。さらに、7.2から10.8Gbps*3のデータ信号11本を同時に処理できる信号処理技術を実現し、合計100Gbpsの大容量無線伝送に世界で初めて成功しました。
100Gbpsの大容量無線伝送の実験を経て、さらに2回実験を重ねました。1回目の実験は2019年2月に行い、もともと屋内10mの距離で伝送実験していたところを、屋外100mの距離で20Gbpsの無線伝送に成功しました。従来研究では、OAM多重伝送技術は短距離でしか使えないといわれており、従来の報告では40mが最長でしたが、私たちは100mという長距離でも使えることを実証しました。大前提として、この技術は「点と点をどれだけ太いパイプで繋げるか」ということが論点になります。3Gや4Gの時代は、一つの基地局がkm単位の範囲をカバーしていましたが、5G・6Gの時代では、基地局をさらに小さくして、100mほどの小さなエリアを高い周波数(28GHzなど)で繋げようとしています。5Gの小型基地局の最大容量は20Gbpsであり、この容量を得るためには現状光ファイバーで繋げるしか方法がないのですが、OAM多重伝送技術なら無線で繋げることができるかもしれません。つまり、100mで20Gbpsの無線伝送に成功した今回の実験から、OAM多重伝送技術は実用に耐えうる技術であるといえます。
さらに、2019年6月に行った実験では、OAM多重伝送と偏波多重伝送を組み合わせて使うことで、屋内10mの距離で200Gbpsの無線通信を達成し、空間多重数を11多重から21多重まで飛躍的に増やすことに成功しました。理論上では、OAM多重伝送と偏波多重伝送は同時に使えるだろうと考えられていましたが、今回の実験で組み合わせ可能だということを実証できました。電波は右螺旋・左螺旋、または水平偏波・垂直偏波などの自由度を持っていて、これまでは片側の偏波しか使っていませんでしたが、アンテナをうまく設計することで両方の偏波を使い、干渉を起こさずに多重数を増やすことができました。
笹木:今後はより高い周波数(100GHz超)を使うことで伝送帯域幅を広げ、さらなる大容量化を実現していきたいと考えています。具体的な数字で言うと、1Tbps級の大容量伝送無線通信を、40多重、10GHz幅、100m以上の距離で実現したいと思っています。さらに、インパクトのある成果を一方的に発信するだけでなく、国際会議の場でワークショップを開くなどして、大容量無線通信技術という分野における「センター・オブ・エクセレンス(世界的にその分野における研究、産業創出、育成の中核となる研究拠点)」を目指しています。技術の実用化が、世界トップレベルの研究成果を出し続けること、センター・オブ・エクセレンス獲得の強い後押しになります。読者のなかに事業会社の方がいらっしゃれば、実用化を踏まえてご一緒できたら嬉しいです。
八木:無線伝送の大容量化という分野で世の中のトップ争いをしているため、部分的な検討ではなく、無線伝送システム全体のことを考えて研究の立ち上げから実証までの計画を立て、それを完遂することが大変でした。実際に電波を出す実験をして、世界一というインパクトのある成果を実証することで世の中から注目していただけたように思います。苦労もたくさんありましたが、世界の有力な研究機関からの注目度が上がったこと、研究員としてのノウハウとスキルを獲得できたことにやりがいを感じています。
李:今はまだ研究中の技術ですが、これまでの4G・5Gの市場動向を踏まえると2030年ごろには6Gの実用化が始まるとみられますので、そのころにはこのような大容量無線通信技術がとても重要な技術になると考えています。
6Gスモールセル(小型基地局)のバックホールの無線化などを実現できたら面白いですよね。無線通信の大容量化は、みなさんが抱く未来の夢物語を実現させるものだと思っています。2030年ごろに想像しているすべての夢を支えるつもりで研究開発に挑んでいます。もっと注目していただけるよう、実用化できるよう尽力していきますので、応援のほどよろしくお願いします。
2019年にNTTグループが公表した新しい情報通信基盤IOWN。ここでは「伝送容量の大容量化」が重要な研究の一つとして位置づけられている。今回取材した「OAM多重伝送技術」はNTTグループの未来を担う研究といっても過言ではないだろう。新型コロナウイルスの流行は、私たちに恐怖と危機感をもたらしたが、学びもあった。特にリモートワークや遠隔教育を通じて、暮らしにおける無線通信技術の肝要さを痛感した。少々の音声や映像の乱れはあっても、外出や人と会って話す機会を失った時、オンラインでの会話が心に潤いを与えてくれることを知った。他者との新しい繋がり方を教えてもらった。世界では5Gの提供が始まり、さらには6Gの時代が迫っている。伝送通信の大容量化が実現するであろう2030年には、私たちはどんなデジタルライフを送っているだろうか。無線通信技術の発展は人類に夢と希望を与えてくれる。あなたが想像する未来の実現に期待したい。
2020年3月10日取材
外山 夏央