NICの研究開発
通信事業者のネットワークソフトウェア領域における研究施策の探し方
NIC ネットワーク制御ソフトウェアプロジェクト
須永 聡(すなが さとし)
#アイディア#事業貢献#ソフトウェア開発工程
2026/4/23
はじめに
研究者の仕事というと与えられた研究対象を深く掘るイメージがあるかもしれません。でも実際には「次に何を研究対象にするか」を探すことから大事な仕事が始まります。通信事業者の研究では技術として新しいだけでなく将来の事業にどうつながるかまで考える必要があります。NTT グループは幅広い事業を展開する多様な事業会社から構成されておりネットワークイノベーションセンターが所属する NTT 研究所は各事業会社とは独立した研究所として基盤的な研究開発を行っています。NTT 研究所における研究開発のライフサイクルを図 1 に示します。我々は企業の研究所として研究施策の立案から商用化まで、長いスパンの研究施策に携わります。その中でも研究施策の新たな立ち上げは将来の企業価値を高めるための非常に重要なプロセスです。この記事ではネットワークソフトウェア領域の研究開発に携わる我々の組織がどのように「研究施策探し」を行うか、その概要を紹介します。
研究施策探しは難しさも面白さもあります。難しい点は「技術としての新規性」と「商用化」のどちらも達成できる見通しが立つ施策である必要があるという点です。我々の任務である研究開発の主目的が新しい価値の創造であり、なおかつビジネスへの貢献ですから。
面白い点は自由に発想してよいことです。アイディアに制限がありませんよね。あれこれ何をしようか考えることができます。
研究施策探しとは
研究施策探しとは文字通り何に取り組むか研究対象を探すことです。その我々のプロセス(活動)を紹介します。大まかには次のように進めます。
(1) アイディア出し → (2) 先行研究のサーベイ → (3) 関連組織へのヒアリング→ (4) 絞り込み
最初の (1) アイディア出しにより行ってみたいことを自由にどんどんリストアップします。現在の業務に限りません。例えば、これまでの取り組みからの課題、現行サービスの改良すべき点、既存技術では物足りないこと、日ごろ不便に感じること、面白そうな流行りの技術などです。アンテナを高くして世の中を見渡してみましょう。また何人か集まりブレインストーミングを行うこともあります。次に (2) 先行研究のサーベイです。ここが大切です。調べ方は一般の Web 検索による市中技術の調査および論文検索サービスによる先行研究の調査や特許検索サービスを活用した特許調査などを行います。このプロセスを通して考えたアイディアに関連する領域が既にどこまで行われているかが分かり、加えて課題が見えてきます。ここまでのサーベイができましたら次に (3) 関連組織へのヒアリングです。人とのコミュニケーションも研究開発業務の一環です。相手は社内から社外、海外へと幅広く行います。 NTT 研究所には四つの総合研究所があり、その配下に幅広い研究を行っている 14 の研究組織が存在します。そのためそれらの研究所の関連しそうなプロジェクトの方々と話すことも有益です。ビジネス面としての課題抽出は NTT グループ会社・事業会社へヒアリングを行います。サービスを運用する現場から生の声を聴くことにより思いがけない課題に気づかされることがあります。さらに我々から事業会社へ技術紹介や提案を行い、時には共同の Proof of Concept (PoC) を行うことにより新たな課題を引き出すこともあります。サービス面において顧客ニーズの調査・分析のために調査会社など社外へ依頼することもあります。また、世界中のマーケットに通用する技術を確立するため、国際標準に準拠するための標準化活動を行う場合もあります。標準技術で不足している点を見極めることで新たな研究施策が生まれることもあります。通信事業にとって有用なオープンソースソフトウェア (OSS) を活用する際は OSS コミュニティー活動に加わることによって我々が希望する要求仕様を盛り込むための働きかけを行うこともあります。そのようなケースでは実験や論文執筆を行うよりも作成したコードの投稿やレビューをしていただいた海外の方々を含むコントリビューターたちとコメントのやり取りをして進めることが取り組みの主体です。また他キャリアとの連携のため交渉なども行います。ここまでの活動により研究施策候補の (4) 絞り込みが段々なされていきます。そして新たな施策として承認を得るためプロジェクト会議などへの起案を行います。
心掛けていること
研究施策探しの活動を通じて私の心掛けが次の三点です。 (a) 研究の意義 (b) 独自性 (c) 興味・関心 です。いずれも念頭に置いています。研究の意義は常に問われますので何のためか何の課題解決に役立つか自問自答しています。これがはっきりしていれば研究施策の目的が明確ですので揺らぎません。次の独自性は誰も行っていないかです。よって十分にサーベイする必要があります。ここに最も時間を費やし時間を費やすだけの価値があると私は考えています。調査により自身の持つ知識をアップデートしておきますとその先に何が必要か時代に合った発案ができるはずですから。そして興味・関心です。誰より自分自身が興味や好奇心を持ち続けられ意欲がわく研究施策かどうかです。面白くないことは誰もやる気が出ませんよね。人間ですから感情があります。興味があることなら夢中になって取り組めます。
実例 NFV における OSS 活用
ここでは「研究施策探し」の実例としてネットワーク機能の仮想化 NFV *1) における OSS 活用のケースを挙げておきます。アイディア出しの段階におきまして当時サーバーなどに普及し始めました仮想マシンや仮想化技術に注目しました。次にサーベイを行い NFVにおいて VNF *2), CNF *3) を管理・運用する VNFM *4) 機能が重要と分かり、その VNFM 機能の実現にオープンソースソフトウェアである OpenStack Tacker [1] を活用すれば迅速かつ低コストに開発できる可能性があることから研究施策の候補にしました。次いで関連組織へのヒアリングです。OpenStack につきましては NTT 研究所の一つであるソフトウェアイノベーションセンターが早期から開発コミュニティーへ参画していたため、そのノウハウや開発コミュニティーにおける人的コネクションの支援を受けてタイムリーに実装を進める体制が組めることが分かりました。事業会社へのヒアリングを行い NFV に対する事業ニーズの高まりに加えて、様々なベンダーが開発した VNF 製品を統合的に管理・運用できるようにしたい我々研究所の考えが事業会社と合致することが分かりました。そのためマルチベンダーの VNF 製品に適用できる Generic VNFM とするスペックを盛り込むこととし、OSS に通信要件である高信頼性の確保と併せて研究の方向性を見出しました(図 3)。このようにして研究施策とする絞り込みを行っています。ここまでが「研究施策探し」です。その後、開発に進み商用導入を成し遂げ NTT グループにおける NFV 技術を用いた事業 vRAN *5) 等に貢献しています。
おわりに
今回、ネットワークソフトウェア領域における「研究施策探し」がどのように進められるかについて述べました。何を行えば「技術としての新規性」と「商用化」のどちらも達成できるか先を見通すことが難しく悩みが尽きません。それでも面白さがあります。自由な発想の面白さです。加えて社内、社外ともにいろいろな人たちと出会い一緒に活動するコミュニケーションの楽しさもあります。この記事を通してネットワークソフトウェア領域における研究開発の楽しさが一人でも多くの方に共有できますと幸いです。
脚注(用語解説)
*1) NFV (Network Functions Virtualization) : ネットワーク機器の機能を汎用サーバーの仮想化基盤上に仮想マシン(ソフトウェア)として実装する方式。
*2) VNF (Virtual Network Function) : 仮想ネットワーク機能。ロードバランサーなどネットワーク機器の機能を仮想マシンによるソフトウェアとして実装したもの。
*3) CNF (Cloud-native (Container) Network Function) : ホスト OS 上に設けられたコンテナと呼ばれる専用領域にてアプリケーションを動作させる VNF。
*4) VNFM (Virtual Network Function Manager) : 仮想ネットワーク機能 VNF, CNF のライフサイクル管理や運用するためのオペレーション機能。
*5) vRAN (virtualized Radio Access Network) : スマートフォンと事業者の無線基地局を接続する無線アクセスネットワークの機能を仮想化技術によるソフトウェアとして実現したもの。
参考文献
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