NTT人間情報研究所は、人を中心とし、人の能力を最大限に活かすICTの研究開発を通して、新たな価値を創造し豊かな社会の実現を目指してまいります。
NTT人間情報研究所
所長 木下 真吾
「人間中心を基本原則として、ヒトを情報通信処理可能にする」
これが、人間情報研究所のビジョンです。
ヒトを情報通信処理する? ちょっとおどろおどろしい感じがしますので丁寧に説明したいと思います。
まず、人間中心とは何でしょう? 人の徹底的な理解と共感がポイントとなります。みなさんは、自分のことをどれだけ理解しているでしょうか? 身近な人のことは? 性別や国籍の違い、障がいの有無など自分とは異なる多様な人々のことはどうでしょうか?
ろう学校のドキュメンタリー番組を見て、とても印象に残っている場面があります。生徒たちは「耳が聞こえるようになる魔法の薬があったら飲みますか?」という問いに対して、少し迷ったあと「やっぱり飲みません」と答えました。このとき、ろう者の方と私が感じる当たり前の違いの大きさに気づかされました。人を本当に理解することの難しさを実感しました。
人間中心を実践する上で、特に、私たちテクノロジーに従事するものが意識すべき点は何でしょう? それは、人間中心で考えたつもりでも、実は、技術中心となってしまっている危険性が常にあるということです。
認知症ケアで有名な大牟田市の方にお話を聞いたときもそうでした。話題は、認知症の徘徊対策の話になりました。私たち技術者は、GPSを利用するという安易な対策を思い浮かべがちです。しかし、大牟田市の方は、テクノロジーに過度に頼りすぎると、地域のみんなで支えるという意識が希薄となり、人や地域の継続的な幸せには繋がらないという危機感から、テクノロジーだけに頼りすぎない徹底した人間中心の街づくりを心がけていました。
人間中心を徹底し、テクノロジーを正しく活用した最近の成功事例としては、オリィ研究所が開発した分身ロボットがあげられるのではないでしょうか。
私は、この分身ロボットを通じて、重度障害で寝たきりの方(パイロットと呼ばれてます)とコミュニケーションする機会がありました。とてもシンプルなロボットで、口はなく、手も顔も目も必要最小限しか動かないのですが、今まで経験したことがないような人の存在感と優しさがそこにありました。パイロットの方が生き生きと嬉しそうにされている様子が伝わってくるのです。この臨場感は、寝たきりとなった方の思いを徹底的に理解、共感し、社会にサービス実装しようとする覚悟と細やかなテクノロジーやデザインの改善が形となったのでしょう。
また、テクノロジーの進展は、意図せず人間中心の解を生むこともあります。最近、私の地域の小中学校でもオンライン授業が始まりましたが、これまで、不登校だった生徒がオンライン授業に出席し始めたのです。こうした状況は、全国的な傾向のようです。それまで居心地の悪かったリアルな空間は、オンライン空間となることで、一瞬で快適な空間へと変わったのです。
このように、私たちは、人のことを分かっているようで、実は分かってないことが多いのです。そして、人をきちんと理解した上で、テクノロジーを正しく活用できている例もまだ多くありません。こうした課題は、現時点でも難しい課題ですが、今後さらに重要になってくるでしょう。それは、人の活動空間が、リアルな空間から、SNSやリモート会議などのオンライン・リモート空間、そして、メタバースなどに代表されるサイバー空間へ拡大し多様化されるからです。さらに、その先に誕生するリアル空間とサイバー空間が交錯するポリフォニーな共生空間では尚更です。こうした多層的な世界では、人々は、リアル空間とサイバー空間で、それぞれ独立な自己を持てるようになります。特に、サイバー空間では、リアルな社会での人のつながりや、身体の障害、性別や国の違いなど、リアル社会に存在するさまざまな制約が簡単に取り払われるため、自己の自由度が格段に向上します。さらに先の共生空間では、リアルとサイバー空間がシームレスに交錯するため、そこに存在する多重な自己も交錯を余儀なくされます。また、さらに進んだ世界では、人工知能やロボティクスの高度化に伴い、本人が主体として制御できない別の自己が誕生するでしょう。このような未来社会において、自己の多重化、複雑化、他己化の結果、人を理解するということが、今までと全く別次元の課題となるのです。
こうした未来において豊かな社会を実現するためには、多様化・複雑化するリアル・サイバー空間での人の徹底的な理解と、真に人のためになるテクノロジーの研究開発が鍵となります。すなわち、リアル空間、リモート空間、サイバー空間、さらに共生空間における、人の知覚、思考、感情、身体、行動の徹底解明と、それを多様な価値観に基づき豊かな社会に導くこれらのアルゴリズムの研究開発が重要となります。これは、「ヒトの情報通信処理」そのものと言えます。
人間情報研究所は、来たるリアル・サイバー共生世界における人間中心の豊かな社会実現を目指し、「人間中心を基本原則として、ヒトを情報通信処理可能にする」ことをミッションとし研究開発を推進していきます。具体的には、人の知覚・思考・感情・身体・行動などの情報通信処理、すなわち、データ化とアルゴリズム化を、人工知能、集団思考・行動分析、サイバネティクス、メディア処理、空間情報処理、マンマシンインタフェースといったテクノロジーを強みに、認知科学、心理学、デザイン、アートなどを組み合わせ、学祭的・総合的に取り組んでいきます。そして、「研究者が志をもち、わくわくし続けること」、「圧倒的なテクノロジーでスケーラブルかつ持続的に社会に役立つこと」、「未来を予測するのではなく、創造すること」、「直感力を鍛え、独創的であること」をモットーに研究者全員で研究開発を推進します。
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