機械(コンピュータあるいは人工知能)を人間と対峙させて語る時代は終わりつつあるとみています。これからは、情報科学技術を我が身の内に抱きつつ、人間自身も含めた世界全体を読み解き、探り、デザインする力が必要になります。21世紀の15年間で経験した情報環境の激しい変貌を念頭におきながら、さらなる15年後、2030年を想定し、未来に向けての羅針盤となるべき基礎研究とは何かについて考えていかなければなりません。本講演では起こり得る価値の転換について3つの視点からお話ししたいと思います。
計測から解読へ
第一に、センサーを使って実世界の物理量を捉える計測の時代から、実世界・仮想世界の二つの時空間に流れる多様な情報を理解する解読の時代に移ります。音の収録機器であったマイクロフォンは、音環境理解チップに置き換わり、これは、耳や目などの視聴覚感覚器が大脳前頭野を含めた視聴覚情報処理系に進化することに相当します。実世界において進みつつあるセンシングデバイスの知能化はその端緒とも言えるでしょう。同様のことは仮想世界でも起きています。そこでは新しいセキュリティ技術も必要となるはずです。
分析から探索へ
第二に、大量に収集されたデータを統計手法によって分析する時代から、制御や判断に必要な結論を即座に獲得する探索の時代に移ります。Big Data時代の探索には大きな特徴が2つあり、まず探索結果が確率値付きで返されるという点、そして高速かつ安価な探索が実用上の鍵になるという点です。Big Dataの到来によって情報科学という学問領野に実験科学的要素が加わりつつありますが、この2つの点は実験科学や製造科学においてアッセイ(スクリーニング)法が生産性向上の鍵であることと似ています。
実装からデザインへ
第三に、情報処理の技術を機械から実世界に向けて駆動(アクチュエート)する実装の時代から、実世界・仮想世界とそれらをつなぐCPS(Cyber Physical System)との全体を最適化するデザインの時代に移ります。この世界全体をデザインする営みそのものも解読の対象ですから、再帰的な手順によって世界は大きな螺旋を描いていくことになります。今取り組みつつある研究のそれぞれは、この世界の解読、探索、デザインという一連の流れのどこかに位置付けることができます。
【関連文献】
- [1] 前田英作, “基礎研究は「時代」とともに在り,”NTT技術ジャー ナル, Vol. 26, No. 9, pp. 12-15, 2014.
(http://www.ntt.co.jp/journal/1409/files/jn201409012.pdf)
- [2] 前田英作,“基礎研究は「時代」とともに在り,”オープンハウス2014所長講演
(https://www.rd.ntt/cs/event/openhouse/2014/talk/director/index.html)
- [3] 前田英作, “学術へ向かうことの密かな愉悦, ”電子情報通信学会, 情報・システムソサイエティ誌, Vol. 19, No.2, pp. 21-22, 2014.
(http://www.ieice.org/iss/jpn/Publications/society_mag/pdf/Vol19No2.pdf)