NTT知的財産センタ

知的財産と研究開発の新しい関係

福井(NTTソノリティ)——— まず、はじめに私の方からPSZの概要をお話ししましょう。PSZは一言でいうと、“音の世界”において究極のプライベート空間をつくるメディア処理技術です。オフィスや家庭、移動中などの生活空間の中で、聴きたい音、聴きたくない音は人によってさまざまです。さらに現在のテレワークやWEB会議の普及により、会議音声を聴く可能性がある場所は大きく広がりました。そこで、イヤホンやヘッドホン未装着で「聴きたい音」のみを届け、「聴かれたくない音、聴きたくない音」を届けないようにするといった究極のプライベートな音響空間の実現をめざすのがPSZのコンセプトです。

久間(NTT知的財産センタ)——— PSZの出願担当者として、発明原稿をはじめて見たときに、“これは非常に面白い技術だな”と思ったのをよく覚えています。ものすごく将来性を感じる技術で、なおかつ製品化に繋がる技術だと。まずは、基本特許として広い権利範囲を抑えつつ、より多くのユースケースを想定した周辺特許を抑えていく必要があると考えました。

福井——— 当時、基本技術の特許化にあたって不安もありました。技術者の感覚でいうと、少しシンプルすぎるかな、という懸念もあって・・・。

久間——— そうでしたね。ただ、外部機関からも新規性、進歩性を評価されたことで、この技術は非常に先進性があるという手ごたえが確信に変わりました。当初、コンセプトとひとつのユースケースからスタートしたのですが、そこからユースケースの掘り下げをスタートしました。これは研究開発チーム内でも議論してもらい、私たち知的財産センタでも議論し、それらをすりあわせる形でした。

福井——— 研究開発チーム内での議論も活発におこないましたが、やはり網羅的に権利化のことも含めて考えるのは、知的財産センタの協力なくしては不可能な作業でした。それと、これは研究開発に携わる者としての感想ですが、そのようなユースケースの議論が、研究開発にとっても非常にプラスになるのです。次の研究テーマのヒントやインスピレーションを私は議論のなかから、たくさんもらいました。

久間——— そうですね。技術を権利化していくという、言葉は悪いですが“流れ作業”的な感じでは全くなくて、非常に協働的なイメージでしたよね。

ユースケースまで見据えた
権利化の重要性

久間——— 知的財産戦略の基本的な考え方として、他社から類似製品が出されないよう広い範囲の権利を取得できるか、他社の実施を立証できるという監視性を備えているか等の、事業を守るという観点での知的財産的な側面と、もう一方で大きな市場があるという市場可能性の両輪から、権利として抑えるべき内容を発想することが必要だと思っています。

福井——— 言い換えれば、それがIP戦略の本質的な部分ですからね。

久間——— さらに言えば、“根幹の技術と一部のユースケースの権利範囲”だけを押さえるのでは、今はダメだと思うのです。PSZの場合は、航空機シートや自動車シート、WEB会議環境などにおいて製品化または、その検討が進んでいます。さらに言えば、ウェアラブルデバイスとしての市場も考えられます。つまり、どうしても目の前の課題解決の技術に集中しがちなわけですが、実際に技術が使われることを想像して、さまざまな可能性から幅広く権利範囲を拡充する必要があります。現在も研究開発は継続しているので、研究開発と知的財産が並走しているイメージですよね。

福井——— 全く同感です。研究開発の立場から言えば、世界的な動向としてオープンイノベーションの流れがあります。協業者との連携や競合者のビジネス動向を見据えて、どのような権利を取得するのか、最適解を選択する。これはもう、知的財産センタとの共同作業なしには成し得ないですよね。

久間——— 知的財産担当としては、現在の協業者だけでなく将来的に想定される協業者の事業戦略にも充分留意しながら、権利取得を考えていくことになります。当たり前の話かもしれませんが、技術と知的財産が連携しながら最終的には、事業に寄り添っていくというイメージです。あと “イノベーションのアイデアは真似されやすい”という側面があります。イノベーションの根幹は“気づき”にあるケースが多く、誰かが気づいてしまった後は、その発想を他の対象へと応用し易くなります。ひとつひとつのユースケースをしっかりと見て、抜け漏れなく権利化をしていくことが大事だと考えています。

福井——— いまのお話は、すごくよく分かります。自分としてはPSZを“カテゴリー・イノベーション”として捉えています。これは、文字通り、ひとつのカテゴリーのイノベーションという意味で、PSZの場合はパーソナルな音響世界ということになるわけですが、そのなかにはビジネスや暮らし、エンターテイメント、教育といったさまざまなシーンがあります。この非常に可能性のある新しいカテゴリーから、世界を変えたいと考えています。そのようなパッションを常に忘れないようにと思っていますね。

よりスピーディーに。
よりアグレッシブに

福井——— 最後に、少し“PSZ開発秘話”といったところをお話ししましょう。実はPSZがNTTグループ内で注目されたのは昨年のR&Dフォーラムでした。その頃は、私も研究所在籍でした(NTTメディアインテリジェンス研究所/当時)。そして、今年の9月1日にはPSZ技術などを中核とした音響関連事業をおこなうNTTソノリティ株式会社が設立されました。

久間——— 組織の立ち上げなど、色々なことがありました。まさに激動の一年でしたよね(笑)。従来のNTTグループのスピード感でいえば、異例の早さだと思います。

福井——— ただ、ひとつ言えるのは、いわゆる“ベンチャーの世界"の感覚で言えば、これが普通のスピードなんですよね。決して早いとはいえない。しかし、これもNTTグループがグローバルビジネスを強化するなかで、従来のスピード感は更新されていくものだと考えています。

久間——— 知的財産戦略でいえばスピード感とあわせて、よりアグレッシブな知的財産戦略も重要です。さきほどの話とも連動しますが、協業者や競合者の動向を考慮して、“ここの権利範囲は早目に取得しよう”という、いわゆる「攻めの知的財産」がより必要になってきます。そして、その戦略の原点となるのが、これは研究開発でも同じだと思いますが、ユースケースを見据えることであり、もっと広義でいえば、ユースケースの背景にあるライフスタイルの変化や社会的な課題といったものを視野に入れることだと思います。

福井——— 同感ですね。グローバルで戦うことに前提とすれば、国際市場でパテントの隙間を狙ってくるのは日本国内の比ではないですからね。まとめとして、ものすごく平たく言うと、戦略をもって“より迅速に”“よりガツガツと”いうことでしょうか(笑)。

久間——— そうですね。これからもよろしくお願いします。

Profile

NTTソノリティ株式会社 福井勝宏

福井勝宏

NTTソノリティ株式会社

2004年4月 NTT研究所に入社。音響信号処理の研究開発に従事。
2011年から2017年まで、NTTグループ会社にて、遠隔会議用マイクスピーカ、音響エコーキャンセラ関連技術の製品開発、プロモーション等を行う。
2018年に、プライベート音響空間を実現するパーソナライズドサウンドゾーン(PSZ)技術を開発。
2021年9月より、NTTソノリティ株式会社イノベーション部長。
博士(工学)の学位取得。

NTT知的財産センタ 久間大輔

久間大輔

NTT知的財産センタ

2007年NTT東日本入社。2009年NTT-ME NWビジネス事業本部にて、専用線網であるXePhionの方式検討や技術検証などネットワークエンジニアとして従事。
2015年NTT知的財産センタに異動。画像や音響信号処理技術を中心に権利化業務、特許戦略の策定を行う。
現在は、特許ライセンス交渉や特許侵害訴訟の対応に従事。