近未来のスマートな世界を支えるコミュニケーション基盤「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」。現在2030年頃の実現をめざし、研究開発が進められています。当特集の第1回連載「IOWN構想とは? その社会的背景と目的」でご紹介した通り、IOWNは次の3つの主要技術分野から構成されています。
今回は上記のなかのデジタルツインコンピューティングについて解説していきます。デジタルツインコンピューティングは、ネットワークから端末までフォトニクス(光)ベースの技術を導入したオールフォトニクス・ネットワーク、あらゆるICTリソースを最適に制御するコグニティブ・ファウンデーションをベースに、<新しいサービス、アプリケーションの世界>をめざしています。それでは、デジタルツインコンピューティングがつくりだす世界像を見ていきましょう。
近年、デジタルツインという言葉がよく使われています。ツインとは双子のことで、モノやヒトをデジタル表現することによって、現実世界(リアル)のツイン(双子)をデジタル上に構築することを意味します。
従来のデジタルツインの枠組みは、例えば自動車やロボットなどに代表される実世界の個々の対象をサイバー空間上に写像し、それに対して分析・予測などを行うものでした。また、その分析・予測などの結果を実世界に逆写像することで活用してきました。
NTTが提唱するデジタルツインコンピューティングでは、従来のデジタルツインの概念を発展させて、多様な産業やモノとヒトのデジタルツインを自在に掛け合わせて演算を行うことにより、都市におけるヒトと自動車など、これまで総合的に扱うことができなかった組合せを高精度に再現し、さらに未来の予測ができるようになります。
また、実世界の物理的な再現を超えた、ヒトの内面をも含む相互作用をサイバー空間上で実現することを可能とする新たな計算パラダイムをめざしています。これは、多様なデジタルツインから成る仮想社会をサイバー空間に構成したり、実世界では単一である実体のデジタルツインをサイバー空間上で複製し、あるいは、異なるデジタルツイン間で構成要素の一部を交換、融合し、実空間には存在しないデジタルツインの生成を可能にするという挑戦です。これは一方で、相互の互換性がなく、いわゆるサイロ化した従来からのデジタルツインをシームレスに連携させることも意味しています。
ここでモノとヒトに関するデジタル化について、最近の30年から40年の歴史を振り返ってみます。1985年ころに電子メールが登場し、コミュニケーションに使われ始めました。このことは、ヒトを中心にしたデジタル化の発展ととらえることができます。
その後、1995年ごろよりインターネットが登場し、同時に商品、時刻表、地図のような生活やサービスの向上に直結するモノ情報のデジタル化が加速します。次に2005年ごろよりSNSによるヒトの新たなコミュニケーションの時代が到来しました。
そして現在は2015年ごろから始まった、IoT(Internet of Things)とAI(人工知能)によるモノのデジタル化の時代です。このようにデジタル化の近年の歴史を振り返ると、私たちはヒトとモノのデジタル化を交互に繰り返してきたととらえることが可能です。
このような繰り返しから、また最近のデジタルツインの導入が進むIoTの発展状況をみると、今後は、おそらく再度ヒトのデジタル化の順番が到来するものと考えています。また、重要なのは、価値というのは直線・比例的に増加するのでなく、あるところで爆発・非連続的に増える傾向にあるということです。そろそろ、その「時」がやってくるのではないかという予測をしています。
デジタルツインコンピューティングの大きな特長として、ヒト、特に個人の内面のデジタル表現に挑戦することがあげられます。ヒトの外面だけでなく内面、例えば意識や思考を表現することによって、ヒトの行動やコミュニケーションなどの社会的側面についても高度な相互作用を行うことができると考えています。
また、ヒトそれぞれの個性を表現することで、平均値として統計データ化された無個性な個体間の相互作用ではなく、個々人の特徴を踏まえた多様性に基づく相互作用が可能となるでしょう。
これらの特長により、多様なモノやヒトどうしが、実世界の制約を超えて高度な相互作用を行える仮想社会を創生できると考えています。
デジタルツインコンピューティングにおけるヒトのデジタル表現は、ヒトの外面に関する表現だけでなく、意識や思考といった内面のデジタル表現を可能にすることが重要です。
この難しい目標を達成する手段として大きく2つのアプローチがあると考えています。1番目の方法は計算機を用いて私たち人間の能力を模倣し、それを繰り返しながら「より人間に近づけていく」方法です。例えば音や声を認識する技術や会話によりコミュニケーションする技術がこの方法で進展している代表例です。
2番目の方法はいわば究極的な方法で、私たち人の脳や身体を生理学的に解明し、その結果を計算機に転写する手法です。近年脳神経科学を代表するこの分野は大きく進展しており、工学的に利用可能な研究成果も生まれています。私たちはこれら2つのアプローチのそれぞれ優れた部分を利用し、ヒトのデジタル化の目標に向かうことを考えています。
次に、NTTの研究所がこれまで取り組んできたひとつめの<より人間に近づけていく>アプローチについての関連技術を紹介します。
デジタルツインコンピューティングのテクノロジーやアーキテクチャの構築していくうえで、レイヤ構造の中間に「共通層」を設ける"砂時計"の構造を追加できるか、ということが重要になります。
インターネットにおけるIP層のように、「共通層」に据えることで下部のネットワーク層と上部のアプリケーション層がうまく融合して機能することが可能となります。この共通層である、くびれの部分はデジタルツインコンピューティングのアーキテクチャにおけるデジタルツイン層が担うことになります。
このデジタルツイン層は、実空間からさまざまにセンシングしたデータから生成されるデジタルツインや、デジタルツイン間の演算を通して生成される派生デジタルツインを保持します。これらの保持されたデジタルツインが、さまざまな仮想社会を構築するための基本的な構成要素になります。
今後、社会科学、人文科学などを含めた幅広い学際的なパートナーとともに、デジタルツインコンピューティングを真に有用なものにしていこうと考えています。さらに、構想実現に向けては、多様な産業界とのコラボレーションも重要です。今後、パートナーを開拓し多くの知恵を集め、よりスマートな世界を実現する未来を切り拓いていきます。
※当稿は「NTT R&Dフォーラム2019 特別セッション/ヒトと社会のデジタル化世界 ─ デジタルツインコンピューティング ─」から抜粋・再構成したものです。
NTTは、2019年6月10日に策定・発表したデジタルツインコンピューティング構想(Digital Twin Computing Initiative)を、さまざまなパートナーとともに具現化していく第一歩として、デジタルツインの概念と構成要素を検討、記述したドキュメントを「ditigal twin computing reference document(以下、リファレンスドキュメント)」として公開しました。