普段の私たちは、電波の存在を意識することはあまりありません。目に見えないうえに、意識しなくてもスマートフォンやパソコンが無線通信してくれるからです。しかし、ラジオやテレビ放送、スマートフォンのモバイル通信に無線LANなど、電波は私たちの生活のあらゆる場面に存在します。この電波は、空間をまっすぐ進むだけでなく、建物や人、地面など、さまざまな物体に当たりながら進路を変え、最終的に受信機に届きます。このように電波の伝わり方には、実は周囲の環境に関する情報がたくさん含まれています。
NTTアクセスサービスシステム研究所では、このような身近な電波の伝わり方の変化、つまり電波の揺らぎを手がかりに、機械学習等の技術を用いて機器の周囲でどんなことが起きているかを予想する「無線センシング技術」の研究開発を進めています。無線センシング技術は、カメラでの監視と比較して、人の姿を直接映さないためプライバシーの面で有利です。また、既存の通信インフラを活用できるため、追加のセンサーを設置せずに様々な場所でセンシングを行うことができます。
第6世代移動通信システム(6G)では、通信とセンシングを同じ電波で同時に実現するISAC(Integrated Sensing and Communications:センシングと通信の融合)が重要な技術テーマとして注目されています。標準化団体 3GPP(3rd Generation Partnership Project)では、ISACを活用した無線センシング技術のユースケースとして、人流の推定や自動運転時の障害物検知、ドローンの侵入検知といった様々なシナリオが議論されており、社会インフラの安全性向上、都市空間のスマート化、交通・防災分野の高度化など、多方面での応用が期待されています。
NTTアクセスサービスシステム研究所では、商用運用されている移動通信システムの基地局からの電波をそのまま活用して無線センシングを行うシステムのテストベットを開発しています。本システムでは、基地局が定期的に送っている同期用の参照信号を観測し、電波の強度と位相の情報を抽出します。その後、電波の強度と位相の情報を機械学習によって解析することで、機器周辺の状況推定を実現します。本システムにより、実際の街中の環境で無線センシング技術を検証することが可能になります。
NTTアクセスサービスシステム研究所では、実際の街中を対象とした無線センシング技術の実証実験を実施しています。2025年には上智大学と共同で、上智大学四谷キャンパスの屋外通路において、無線センシングによって通行した人数を推定する人流推定技術を検証し、平均誤差1.26人という高い精度を達成しました。
開発した無線センシングシステムを屋外通路の脇に設置し、商用運用中の4G基地局の電波から強度と位相の情報を取得しました。同時に、カメラによって正解データを収集し、深層学習によって本システムの周辺にいる10秒間の平均人数を推定しました。
通行者数が多い場合には電波の変動がより大きくなるため、特徴量としては、電波の強度の移動標準偏差を用います。また、変動が生じた方向等の空間的な情報は位相差によって得られるため、電波の位相差も特徴量として用います。これらの特徴量を入力として、深層学習によって通行者数を推定します。
また、屋外環境では風による揺れ等、様々な外乱の影響を受けるため、推定精度低下の要因となります。そこで、学習データにノイズを与えるデータ拡張技術を取り入れることで、深層学習モデルの頑健性を高め、外乱による影響を低減します。
特徴量設計の工夫とデータ拡張技術の導入によって通行者数の推定誤差を大幅に改善し、平均誤差1.26人を実現しました。本無線センシングシステムを用いることで、基地局の電波が届く範囲であればどこでも人流を推定することができます。
NTTアクセスサービスシステム研究所では、通信電波を活用して機器周辺の状況を推定する無線センシング技術の研究開発をしています。無線センシング技術を通して安全で快適なスマート社会の実現を目指しています。
電波の揺らぎで周りの様子がわかるなんて、無線センシングって不思議だよね。
そうだね。でも、人や物が動くと電波の伝わり方が変わるから、その変化パターンを解析すると周りの状況が分かってくるんだ。
なるほど、見えないけど空間の気配を感じ取ってるんだね。
そうそう。追加のセンサーなしで基地局の電波を使えるから、広い範囲を手軽にセンシングできるのが魅力なんだよ。
電波って通信するだけじゃなくて、まわりの世界も教えてくれるようになるんだね。